魔戦士ウォルター9

 工房からは鎚を振るう音が聴こえている。

 ウォルターは外で草むしりに励んでいた。

 ドワーフの鍛冶師オルスターは山の中に住んでいた。だが、そんな辺ぴなところに足を運んだのは、ウォルターが単に里帰りしたからだった。

 今、工房で鎚を叩いているドワーフこそがウォルターの育ての親であった。

「ちょうど良いところにウォルターが来てくれて助かったよ」

 そう言うのは妹のローサ。人間だ。ウォルターもローサもこの工房の主、オルスターに拾われた。二人とも戦災孤児だった。

 ローサはそろそろ十七歳になる。金髪の癖毛を一つに束ね、一生懸命草むしりに励んでいる。

「好きで帰って来たわけじゃない」

 ウォルターはうんざりしながら応じる。

 するとローサが笑った。

 元気な明るい可愛い娘に育った。

「そんなこと言って、毎回、草むしりの時期になると帰って来てくれるじゃない」

「ただの偶然だ」

 それは違った。ウォルターも家族の安否が気にかかったのだ。こんな山の中に盗賊が押し寄せるとは思わない。だが、それでも二人のことが心配だった。

「ウォルター」

 ローサが盛大に笑顔を作って見せた。

「私、結婚するんだ」

「そうか」

 ウォルターは一瞬の後、瞠目して応じた。

「結婚?!」

「うん。お父さんの後を継いでくれるって、今日からうちに泊まる予定なんだ」

 ウォルターはローサが遠くなって行くような気分になった。

「親父は認めたのか?」

「うん」

 その言葉にウォルターは己が仮面を被ろうとしていることに気付いた。

「だったら、幸せにな」

 何だ、この動揺は。俺の不愉快な気分は。ローサは可愛い、血も繋がっていない。だが、惚れていたわけでもないだろう。

「こんにちは」

 突然の声にウォルターは驚いた。

 まさか気配を読めなかったとは。

 慌てて臨戦態勢を取るも、腰に斧は無く、手には抜いた草を握っていた。

 そんな己に気付き、恥ずかしく思う。

「トリンと言います。ローサさんの言っていたお兄さんですね?」

 人間の青年が立っている。

「あ、ああ、血は繋がっては無いが」

 差し出された手を見ながらウォルターは草を捨て、衣服で手を拭うと、おずおずとこちらも差し出し握った。

「血は繋がってなくても家族だもん!」

 ローサが言った。

 すると煙の上がる工房からオルスターが出て来た。

「ウォルター、お前の斧、仕上がったぞ」

「あ、ああ」

 オルスターはドワーフなので背が低い。ウォルターの腰を少し超えたぐらいだろうか。

「オルスターさん、こんにちは、これからよろしくお願いします」

 トリンが言うとオルスターは満面の笑みを浮かべて頷いた。

「よぉ来た。ワシも一息吐きたい。ローサ、茶の準備を頼む」

「はい、父さん。トリンも遠慮なく行こう」

 三人が歩き始めたその背を見て、ウォルターは自分でも知らぬ間に声を上げていた。

「待て!」

 三人が振り返る。

「どうしたのウォルター?」

 ローサが尋ねた。

 ウォルターは一つ息を吐くと真剣な表情を向けて言った。

「トリン、お前は親父やローサが認めたようだが、俺はまだ認めちゃいねぇ」

「ごめんね、トリン、偏屈なのよ」

 ローサが言うとトリンは涼やかな笑みを浮かべた。

 どこかエルフのエスケリグを思わせた。

「どうすれば認めてもらえますか?」

「剣でも斧でも持ってこい。俺と勝負だ」

 ウォルターが言い終わると、ローサが冷ややかに言った。

「トリンをいじめるなんて最低」

 その言葉が胸に刺さり、自分も何て卑怯なことを言ってしまったのだろうかと思った。思ったのだが。

「良いですよ。私は剣を使います」

 トリンが腰の鞘から長剣を抜いた。太陽の光りを眩く照らすそれは手入れが行き届いていたものだろう。

 こうなってはウォルターも前言撤回などできなかった。

「ほれ」

 オルスターが歩み寄って来てウォルターに斧を渡す。

 両者は向かい合った。

 初めの合図は無かった。

「ハアアアッ!」

 トリンが剣を振り上げてウォルターを襲ってきた。

 ウォルターはそれを斧を振るって弾き返した。

 トリンが吹っ飛び、地面に横たわる。

「ウォルター酷いよ!」

 ローサが声を上げる。

「良いんだ、ローサ。ウォルターさん、私はまだまだ行きますよ!」

 そう言ってかかって来ては直線的な一撃を見破り、ウォルターはトリンを吹き飛ばし続けた。

 だが、これで三十回目だ。トリンが起き上がるのは。その目から闘志は消えていない。

「そんなにローサが好きか?」

「好きです! 彼女のためなら死ねます!」

 返って来た言葉にウォルターは唸った。

 認めた。

 しかし引き際が付けられない。もう、トリンの実力の無さは分かったがその根性が示すローサへの愛は疑うべきも無かった。

「トリン、もっと強くなれ。だが、親父とローサのこと、頼んだ」

 ウォルターは踵を返した。

「ちょっと、ウォルター、どこ行くの!?」

 ローサの声を背にウォルターは歩み出す。

「斧も仕上がった。俺はもう行く」

「ウォルター! キザな真似しても無駄よ! 旅の荷物家に置きっぱなしじゃない!」

「いい、そのぐらい」

「何意固地になってるのよ! 草むしりだってまだ残っているのに」

「そのぐらい、俺がいなくても平気だろうが」

「何が平気よ! トリンは明日から父さんの弟子になるんだから、草むしりなんてできないの! それに私一人でこんなにできっこないわよ! 逃げるの? 狼の牙なんてよばれてるみたいだけど、大したことないのね」

 何とでも思え。と、思った時、背中から抱きしめられた。

「今日は私とトリンの結婚の前祝いなの。居て、ウォルター。お願い」

 ウォルターはわざとらしく溜息を吐いた。

「分かった」

 振り返る。

 父オルスターが頷き、トリンは思いきり頭を下げた。

 これでは仕方が無い。

 というのは建前で、本当は置いて行く羽目になりそうだった旅の装備が惜しかったのだ。

 だが、誰にも悟られずに……。

 と、思ったがローサがウインクした。

 ウォルターは溜息を吐いた。

 この妹にはお見通しだったらしい。

 そうしてウォルターは再び家族のもとへと戻ったのであった。

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