魔戦士ウォルター12

 あらゆる種族が繁栄のために敵対し、領地を奪い合い、殺し合い、傷つけあっている。

 傭兵にとっては稼ぎ時だ。

 だが、ウォルターの背にはドワーフの養父オルスター、ローサにトリンがいる。

 大きな戦乱と欲望の兆しを感じたウォルターは、まず、彼の生まれ故郷、オルスターの工房を訪れた。

 突然の帰還に三人とも驚いていた。

 だが、ウォルターの勘は当たっていた。

 二日もせぬうちにこんな辺ぴな山奥にゴブリンの一団が訪れたのだ。

 戦っても勝てる見込みは無かった訳ではない。

 ウォルターの魔術もあれば、ドワーフの養父オルスターも斧を振るえる剛力の持ち主だ。ローサの夫トリンは剣こそ携帯し、自己鍛錬したようだが、まだまだだ。

 特にローサはお腹にトリンの子を身ごもっていた。

 ウォルターだっていつでも帰って来れるわけではない。

 オルスターはあっさりと工房を捨てたが、ローサは生家を離れるのを良しとしなかった。

 結局、出た結論は、ハーピィ族のイーシャ達を頼ろうという結論だった。

 イーシャは俺の妻だ。

 ウォルターがそう言うと、ローサはようやく生家を離れる決意をしたのだった。

 紛争の続く各地を迂回するようにしていて一行はある町に入った。

 町の人々は迫り来るまだ見ぬ脅威達に武者震いしていた。

 ウォルターはそこで孤児院を訪れた。

「ウォルター、久しぶりだな」

 かつての相棒エルフのエスケリグが顔を出した。

「エスケリグ、少しの間世話になりたいのだが」

 すると、エスケリグはかぶりを振った。

「それは良い判断とは言えない」

「やっぱり戦争か?」

「ああ、近々そうなる気配がある。勝てぬ戦だろう。俺は町のために戦うつもりなど無い。身重の妻と孤児達を引き連れてどこかへ避難するつもりだった」

 神妙な顔でエスケリグが言った。

「だったら一緒に行かないか?」

「当てがあるのか?」

「ああ。ハーピィ族のところだ。今頃、リザードマンの一部も加わっているだろう」

「それは心強い。待っててくれ妻を説得する」

 エスケリグの妻、メアリーは二十も半ばほどの女性だった。孤児は全部で十五人。メアリーはローサと共に身重だ。馬車を確保する必要がある。それと食料だ。

 ウォルターとエスケリグは留守をオルスターとトリンに任せて近隣の里から幌付きの荷馬車を三台手に入れた。

「エルフ、逃げるのか!?」

 町の外で一行が出立しようとすると、目ざとく町の者達が現れ、激昂していた。

「二度と来るな、お前も、薄汚い孤児達も、野垂れ死ねば良い!」

 そんな奴らだったがウォルターが一睨みすると、捨て台詞を吐いて引いて行った。

 町の人間だったエスケリグの妻メアリーは気にし過ぎているようだが、それをローサが慰める。

 年は離れていたが身重の二人は気が合っていた。

 馬車は先頭をウォルターが、続いてトリン、最後にエスケリグが操ることになった。

 一行は出立した。

 幸いだった。三日も経たぬうちにオークの一団が攻め入り、町は乗っ取られ、生き残った人々は処断、あるいは奴隷となってしまっていた。

 どこもかしこもそんな雰囲気だった。

 俺は傭兵だ。あれほど戦を、争いごとを何とも思わなかった俺が、今は助かりたい一心に、俺達の行く末に神の手があることを願っている。

 ウォルター達は馬車を走らせた。

 それから十日後に、一行はハーピィ族のイーシャの里へと着いた。

 虚空からハーピィ達が降り、地面を轟かせリザードマン達が駆けつける。

「アッシュだ、気高きアッシュ!」

 ハーピィ達が声を上げる。

「ウォルター、久しぶりだな」

 リザードマンの長、アックスが進み出る。

「ああ、アックス。俺達も逃げて来た。イーシャに取り次いでくれ」

「イーシャ殿は身重の状態だ。ハーピィの方々、このウォルター達をお通しても大丈夫かな?」

「勿論だ」

 ハーピィ達に先導され、三台の荷馬車はリザードマンの護衛を受けて丘陵を上がって、山脈の麓まで来た。

 ハーピィにリザードマン、ローサは平気だったが、メアリーと孤児達は少々怖がっていた。

「イーシャ殿、ウォルターが来ました」

 山の中腹に辿り着くと森に向かってアックスが声を上げた。

 程なくして頭上に翼をはためかせ、ウォルターの最愛の人が現れた。

「ウォルター、気高きアッシュ、よく来た」

「イーシャ、俺達を保護してくれないか?」

 スラリとした身体は羽毛に包まれていたが、お腹が大きくなっていた。イーシャは瞳の無い目を厳しく歪ませた。

「それは良くない。ここも欲深い者達に目を付けられている」

「ここもか」

 ウォルターはガクリと肩を落とした。

「イーシャさん。ウォルターの妹のローサです。イーシャさん達はどうするつもりでいたのですか?」

 ローサが尋ねるとイーシャは頷いた。

「ウォルターの妹ローサ。私達はここで抗うつもりでいた」

「戦うしか無いのですか?」

 ローサの夫トリンが続いて尋ねる。

「いや、それがこれより西方に森深き古城を見付けた。そこの主とは話がついている。良い時に来たな、ウォルター」

 リザードマンの長、アックスが言った。

「アックス殿の言う通り、我々はここを捨て、誰も知らない古城へ向かうつもりだ。ウォルター、来てくれるか?」

 イーシャがウォルターを見上げて言った。

 ウォルターは仲間達を振り返った。

 養父オルスターが、エルフのエスケリグが頷いた。

「決まりだね」

 ローサが明るい口調で言った。

「いつ出立なさるのですか?」

 エスケリグの妻メアリーが、子供達をなだめながら問う。

「明日。と、言っている暇も無いだろう。イーシャ殿?」

 アックスが言うとハーピィ族の長は頷いた。

「もっともだ。荷はまとめてある。皆に出立の合図を送れ」

 イーシャがそう言った時だった。

「長、敵襲! 敵襲!」

 空高くハーピィ族の兵士が現われ言った。と、その右肩は矢に貫かれた。

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