魔戦士ウォルター13

 墜落するハーピィをウォルターは受け止めた。

「敵勢五百ほど。人間です」

 ハーピィはウォルターの腕の中で言った。

 その数字に誰もが蒼白になった。

「我々はここを明け渡すつもりだったんです。その旨を伝えれば戦にならずに済むのではないでしょうか?」

 ウォルターの妹ローサの夫トリンが言った。

「人間は強欲だ。ただ領土が欲しいだけでは無いだろう。欲しいのは奴隷と、我々から採取する皮や羽毛だ」

 リザードマンの長、アックスがかぶりを振りながら言う。

「あまり時間が無い。簡潔に、戦うか戦わないか?」

 エルフのエスケリグが一同を見渡し最後にウォルターに向かって頷いた。

「イーシャ、その古城まではどう行けば良い?」

「通常通りなら山を下り、南下し西へ行く」

「敵中突破か」

 ウォルターの養父ドワーフのオルスターが言った。

「らしいな。イーシャ、皆を率いてくれ。俺が魔術で道を開いてしんがりを務める」

「馬鹿な、私も戦う」

「イーシャさん、駄目よ!」

 ウォルターの妹ローサが声を上げた。

「イーシャさんはお兄ちゃんの子供を抱えてるんだよ。無事に逃げなきゃ」

「ローサ、ありがとう。だが、誰の命も失われてはいけない。命は平等だ」

「長、敵が近付いてます! 御命令を!」

 上空から二十人ほどのハーピィが降り立ち姿勢を正した。

「徹底こうせ」

 イーシャの口をウォルターが唇を奪って防いだ。

 ウォルターは口づけを解くとイーシャの肩に両手を置いた。

「イーシャ、道は必ず俺が切り開く。お前は代表としてみんなを率いてくれ」

「ウォルター?」

「準備を調えてくれ。俺は行くぞ」

 ウォルターは仲間達に背を向け侵略者達を迎え撃つべく歩み出した。

「ウォルター!」

 イーシャの声が届く。

「ウォルター、準備が整い次第、お前の切り開いた道を我々は進むぞ!」

 リザードマンの長、アックスの声が聴こえた。ウォルターは振り返らずに手だけを上げて応じた。



 二



 五百の軍勢を脅威と思ったことは今までにだって無かった。

 だが、今回ばかりは違う。

 金のためではない、大切な人々、仲間の命を背負っているのだ。すっぽかすことなど眼中にない。

 眼前に展開する黒い影のような軍勢へウォルターは歩んで行く。

 歩く度に鮮明になって行く。

 どうやら傭兵と民兵の混成部隊のようだ。

 ウォルターは立ち止まると声を上げた。

「俺達はこの地を放棄する! だから」

「戦争は止めろって? 馬鹿いうな、俺達は戦利品も所望している。お前に用はない。ハーピィとリザードマンを全て差し出せ。そうすれば、お前は見逃してやろう」

 返答があった。笑い声と共に。

 アックスの言う通り、言うだけ無駄だったな。

 先手必勝。

「エクスプロージョン!」

 ウォルターは真ん中に向かって魔術を放った。

 爆発が起こり敵勢の一部が上空高く飛んだ。そして炭となった身体は地面に落ちるとグシャリと崩れた。

 ウォルターは兜のバイザーを下ろした。

「魔術師だ! 奴は魔術師だ!」

「エクスプロージョン! エクスプロージョン!」

 ウォルターは次々奥へ奥へ射程を伸ばした。

 道が開いた。

 馬の嘶きが聴こえ、トリンが操縦する馬車がハーピィの護衛を受けながら横を通り過ぎて行った。

 その必死な目はずっと前方へと向けられていた。

「ウォルター!」

「お兄ちゃん!」

 幌馬車の中からイーシャとローサの声がした。

 次の馬車は?

 振り返ろうとするが、立ち直った敵勢が道を埋めた。

 最初の馬車に追手が掛かったかは分からない。

 倒れるまで撃つ。

 ウォルターは既に己の命は無いものとして覚悟を決めていた。

 大爆発が起こり、敵勢を吹き飛ばしてゆくが、不意に敵側から声が轟いた。

「サイレンス!」

 何だと!?

 瞠目するウォルターは喉の辺りが締め付けられるのを感じた。

 魔術の餌食になってたまるかと抵抗したが、次に爆発魔法を唱えようとした瞬間、スペルが口から出て来なかった。

 サイレンス、魔術封じの魔術だ。

 何てこった。敵側にも魔術師がいたか。それも俺を凌ぐほどの。

「前進!」

 敵勢が津波のように押し寄せてきた。

「こうなりゃ、ボロ布になるまでやってやる! 死ねやあああっ!」

 ウォルターは斧を取り出し、単身敵へとぶつかろうとしていた。

「ディスペル」

 涼やかな声がし、ウォルターは喉から拘束が解かれるのを感じた。

「風よ、切り裂け!」

 ウォルターの左右を風の刃が通り過ぎ敵勢にぶつかった。

「お前を死なせないという条件でイーシャ殿を説得したのだから、勝手に死なないようにな」

 エルフのエスケリグが微笑んで隣に立った。

「我らリザードの戦士、五十人もこれにあり。イーシャ殿には恩がある、だからお前を死なせるわけにはいかん」

 リザードマンの長、アックスが手勢を率いて合流した。

「サイレンス!」

「アンチマジック!」

 敵側から飛んだスペル封じの魔術をエスケリグが同じく魔術で跳ね返した。

「今ので敵の魔術師は無力化できた」

「ならば」

 エスケリグとアックスがウォルターを見る。

「ああ、死力を尽くして全員を逃す。行くぞ!」

 戦列を整えつつある敵勢目掛けてウォルターは走った。友と仲間達が後に続く、その息遣いを頼もしく思いながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る