魔戦士ウォルター52

 春の易しい日差しが降り注ぐ。

 馬と馬車と鷲がその下を進んで行く。

 不意に大鷲が先へと飛んだ。ぐんぐん地面を行く者達を引き放し、見えなくなった。

「戦争になっていなければ良いですが」

 大鷲となり偵察に出たファイアスパーの消えた辺りを見てカランが不安気に言った。

「そうですね、カランさん。でも、あなたのことはこのギャトレイがお守りいたしますよ」

 御者台でギャトレイは陽気な笑い声上げてゴブリンの英雄の歌を歌い始めた。

 のどかだ。

 ウォルターは馬上でそう思った。

 だが、落ち着かない自分がいる。

 隠し事なんてそんなものさ。

 エスケリグの言葉を思い出す。そして古城に接するかつてのコボルト達の里を奪った人間達は、おそらくハーピィの里を襲った奴らと一緒だろう。情け容赦が無い。それはそうだ、戦いなのだから。いつかは見つかる。だが、俺が帰るまでは見つからないでいてくれ。ウォルターはそう願った。

 上空からファイアスパーが降下した。地に降り立った頃には鷲ではなく元の姿に戻っていた。

「どうやらオーガーの里だったようだが、今はゴブリンが制圧している」

 ファイアスパーが言った。

「ゴブリンか。同族なら俺の出番だな」

 ギャトレイが胸を叩いた。鎧が鳴り響いた。

「距離からしてもこの間アスゲルドの里を襲った連中のねぐらだな。里としての機能は果たしてそうだ」

 ファイアスパーが応じた。

 このまま素通りし、野宿するか。ウォルターの脳裏にそういう考えが浮かんだが、カランとベレを疲弊させては駄目だと考え直して一同に伝えた。

「今日はそこで休む」

「それでこそ、狼牙だ。カランさん、ゴブリン達には最上のもてなしをさせますからね、大船に乗ったつもりでいて下さいよ」

 ギャトレイがダークエルフ姉妹を振り返る。

「最上だなんて、大丈夫です。休むことができれば満足ですから」

 幌の中からカランの声が聴こえた。

 そうして進んで行くと丘に差し掛かり、その上に木の杭の防壁、つまり里が築かれていた。

 門番は三人のゴブリンだった。その内の一人が大柄でホブゴブリンであった。

「よぉ、兄弟達、今夜一晩の宿を提供してもらえないかい?」

 ギャトレイが言うとホブゴブリンが応じた。

「宿を得たいだけの銭さえあれば何も言わん」

「だ、そうだ?」

 ギャトレイが言う。

 門番の二人のゴブリンが鉄の門扉を開いた。

 ゴブリン達は慌ただしく動いていた。先の戦いでオーガーは全滅している。それが全ての戦力だったらしい。幸運なことだ。

 浮足立っているゴブリンらに厩舎の場所を尋ねるがまだ把握できていないようでまともな答えが返って来なかった。

「見て来よう」

 ファイアスパーが鷲になり空へ舞った。

「まったく、なっとらん。すみませんね、カランさん」

 ギャトレイが言うとカランはかぶりを振って微笑み応じた。

「ここを手に入れたばかりなのですから、建物の位置を把握するだけでも大変ですよ」

「そう言っていただけて本当にありがたい。カランさんはまさに太陽の様にお優しい」

 そんな言葉を聴いてウォルターはギャトレイが猛アタックを仕掛けているのを悟った。二人が結ばれればギャトレイはダークエルフの里に残るだろう。ファイアスパーがどうするかは分からないが、帰りは寂しくなる。

 真紅の大鷲が戻って来た。

「こっちだ」

 人間に戻ったファイアスパーが先に発って歩き始めた。

 程なくして厩舎に辿り着いた。

 アスゲルドから受け取った金を支払い、馬車と馬とを預ける。

 陽はまだ高い。

「どうする? さっそく宿の手配に向かうか?」

 ギャトレイが尋ねる。

 その時だった。

 悲鳴が聴こえた。そして獰猛な唸り声も続く。

 こちらから見に行かなくともそいつはゴブリンを素手で吹き飛ばし、現れた。

 オーガーだった。

「生き残りがいたか」

 ファイアスパーが槍を振るう。と、ギャトレイが制した。

「ここはゴブリンの里。俺に良い格好をさせてくれ。人間の色男さん」

「フッ、分かった。油断はするなよ」

 ファイアスパーが言うとギャトレイはゆらゆら歩みながら腰の長剣を抜いてオーガーに迫った。

「うわああっ!?」

 膂力に弾き飛ばされる同族のゴブリンらがギャトレイの前でのびていた。

「聴け、オーガー、お前の相手はこのギャトレイだ」

 ギャトレイが名乗りを上げる。オーガーは彼を振り返って応じた。

「この里の最後の生き残りとして名誉ある戦いをする! ウガアアアアッ!」

 咆哮が木霊する。

 咄嗟にベレが弓に手を掛け矢で狙いを定めていた。

「ギャトレイだって?」

 俄かに集まって来たゴブリンらが囁き始めた。

「英雄じゃないか、陣風のギャトレイ。奴がそうなのか?」

 ギャトレイは駆けた。オーガーに突進した。

 オーガーが右腕を薙ぐ。が、残像を残して後退し、またもや影を残す素早い動作で剣を振るってオーガーの筋骨たくましい腕を分断した。

「ウガアアアッ!」

 怒り狂ったオーガーが飛びかかる。

 ギャトレイは避けた。ナックルを嵌めた左腕が襲うが避けて、避け続けた。ウォルターも観衆も黙り込んでいた。オーガーの起こす風の重い音色だけが聴こえた。

 オーガーの猛攻の前に避けるだけだったギャトレイが、頭上で剣を振り回す。

 と、今度はまた違った風の鋭い音色が響き渡り、一つの真空の円ができていた。

「こいつを食えるかな!? そらぁっ!」

 ギャトレイが気合と共に剣を振り下ろす。

 それを観察するのは不可能だった。次の瞬間にはオーガー身体が分断されていたからだ。

 崩れ落ちる死体を見てギャトレイは剣を掲げた。

 ゴブリン達が歓声を上げる。

「英雄ギャトレイ!」

 ゴブリンらが畏敬の眼差しを向ける中、ギャトレイは戻って来た。

「ま、こんなもんよ。どうでした、カランさん?」

「あのような技を会得なされていたのですね。凄いです、ギャトレイさん」

 するとせっかくの雰囲気をゴブリン達が壊した。

「あなたは英雄ギャトレイ! 陣風ですね!?」

 ゴブリンの代表者が尋ねるが、ギャトレイはかぶりを振った。

「人違いだ。俺はただのホブゴブリンの傭兵ギャトレイだ」

 ギャトレイが応じると、それを信じたゴブリン達は幾分気を落とした様子だったが、彼の勝利を讃えてくれた。

「お前、本当に陣風か?」

 宿への道を歩みながらウォルターは最後尾でギャトレイに尋ねた。

 陣風はまさに英雄の呼び名の高い異名を誇った通り名だった。それがゴブリンであることは初めて知ったが。

「さぁ、どうだろうな」

 ギャトレイは英雄の歌を歌い始めた。

 そういうならそういうことにしておこう。歩み始めた背を見てウォルターは詮索を止めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る