魔戦士ウォルター51
清貧に過ごした冬だった。
名残惜しいが、季節は待ってくれない。雪が溶け、その下に眠っていた草花が顔を出す。出発の時期だった。
冬の間、守ってくれた家を手分けして掃除すると、その間にウォルターは馬車の具合を確かめに厩舎へ出向いた。
三頭の馬はしっかり世話をされていたようで、決して駄馬ではないが毛艶が良く、元気にウォルターを出迎えた。
明日には出発する予定だ。ウォルターはその旨を何故かアスゲルドに告げたくなり、家へと向かっていた。
門番二人とキングオブ門番のビアンカが歓迎し、アスゲルドもウォルターを好意的に迎えてくれた。
「明日、ここを発つ」
ウォルターが言うとアスゲルドは頷いた。
「里の戦力が減ってしまうか」
「いや、俺がいなくとも、お前達はこれまでこうしてやってこれたじゃないか」
「ウォルターの言う通りだよ、アスゲルド」
ビアンカがカラカラと笑って言った。
「そうだな。だが、よく寄ってくれた。前々からお前の旅路に持って行って貰いたいと思ったものがあってな」
アスゲルドはそう言うと暖炉のある部屋を歩き、タンスから巾着袋を取り出した。
「まずはこれだ」
アスゲルドがウォルターに差し出した。
受け取っただけで音がし、それが何なのか分かっていた。銭だ。
「ここまでしてもらうわけには」
ウォルターが返そうとすると、アスゲルドはウォルターの手を握り締めた。
「オーガーに襲われたときに快勝できたその礼だ。是非受け取ってくれ」
「それなら種で充分過ぎるほど貰った」
ウォルターは本当はこのお金があれば仲間達もある程度は余裕を持って旅を過ごすことができるだろうと思った。しかし、世話になり過ぎだ。
不意にビアンカが割って入り、二人の手に更に大きな彼女の手を重ねて再び笑う。
「遠慮することなんか無いんだよ、アンタの隠れ里のためもある。早くやることを終わらせて戻ってやりな」
「すまねぇ」
ウォルターはそう言い巾着を受け取った。
「それとウォルター、外に出てくれ」
アスゲルドが言った。
彼に続いて行く、戸を開くとそこにはあの体格の良いメスの馬がいた。
「これを傭兵の友情の証として進呈する」
「良いのか、もらってばっかりだ」
「気にするな。これで良い馬を増やすと良い」
そう言われ、そういうやり方もあるのかとウォルターは感心した。
翌朝、午前の日が高いうちに出発することになった。
ウォルター達は家を見上げた。
「ここを出る日が来るとはな」
ギャトレイが言った。
「意外と早く感じた。時は進んでいるということだ」
ファイアスパーが続く。
「皆さんとの思い出をありがとう、お家さん」
カランが言い、ベレはその隣でムッツリと黙っていた。
すると、こちらへ駆けてくる小さな背が幾つもあった。
「ベレー!」
子供達だった。傭兵達の子供だ。男も女も小さくとも木剣を腰に差している。
冬の間、ベレはこの子供達と交流していた。ベレの方が年上で色々面倒を焼いていたようだが、それでもそんな思い出が嬉しかったらしい。彼女は珍しく微笑んでいた。
「お前達とも今日で別れだ」
ベレが言うと、子供達は一斉に頷き、そしてベレに向かって矢束をくれた。親に手伝ってもらったのだろうか、出来は良いとウォルターの目には映った。それが軽く見積もって百本。普段眠そうなベレの目は丸くなっていた。
「こんなに」
「ああ、使ってくれ」
「ベレ姉ちゃんの弓は世界一だ」
子供達が口々に言うと、突然、ベレがしゃくりあげた。
ベレは声を上げて泣き、子供達を抱きしめた。
「また来るからな。お前達、死ぬんじゃないぞ。良い子でな」
「うん!」
カランは愛し気に微笑んで妹の様子を見ていた。
そうしてから出発となった。
東門を目指し馬車を操るのはギャトレイ。幌付きの荷台にはカランとベレが乗り、ウォルターはアスゲルドから譲られたメスの馬に乗っている。ファイアスパーは真紅の鷲となって上空にいる。
見送りに出て来た人々のうち、若い娘達がファイアスパーの行方を捜すようにキョロキョロしていた。
「ウォルターさん、真紅の殿方は? 一言お別れをと」
娘達が尋ねて来た。さすが傭兵の娘達で武骨なウォルターを恐れる気配はなかった。
すると上空で甲高い声が木霊した。
それがファイアスパーだと知らない娘達はウォルターから目を離さなかった。
「悪い、あいつは先に出た」
ウォルターが言うと娘達は口々に残念無念という様子で言い、旅の無事を祈ってくれた。
東門までウォルターらを見送る列は続いた。
「凄い人気だな俺達。というか、狼牙か」
ギャトレイが言った。
「そうですね、ウォルターさんの活躍がどれほどありがたかったのか、分かりますね」
カランが応じる。
アスゲルドはいなかったが、ビアンカとロベルトが門の前にいた。
「今度は共闘したいね」
ロベルトが口ひげを揺らして言った。
「そうだな。二人とも、世話になった」
ウォルターはそう言い開けられた門の向こうへ進んで行く。
背後からビアンカの「ウォルター」コールが始まり、人々が讃える様に後に続いた。
鬨の声のようなそれが聴こえなくなった頃、ウォルターは一抹の寂しさを覚えた。
「良いところだったな」
ウォルターはそう漏らしていた。
陽光煌めく虚空に大鷲の影が舞う。
春に古城へ帰ることはできなかったが、こうして東へ向けてウォルター達は旅立ったのであった。
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