魔戦士ウォルター50

 古城とアスゲルドの里を往復したのは五回だった。それでもたくさんのハーピィらを率いていたので、種は存分に貰うことができた。

 農場のまとめ役、ロベルトが羊皮紙の束を差し出した。

「俺なりに作物の育て方を書いた物だ。必要なら使ってくれ」

「悪いな。感謝する」

 開墾はできるが食物の育て方までは誰も知らないだろう。これはありがたい申し出だった。

 そうしてハーピィらを率いて三回凍える夜を過ごし、古城へ戻ったのであった。

 雪深く、開墾どころではなくなった古城では城の修繕作業や薪拾いに多くの者達が出ていた。それでも狩りに釣りに野草集めに出ている者もいた。せめて何か食べ物を運ぶことが出来ればとウォルターは思った。

 だが、これ以上は無理だ。そろそろ吹雪が始まる頃だろう。冬も深まって来た。

 視界が利かなくなればハーピィ達は古城へ戻れない。

 ウォルターはイーシャの部屋でアックスとエスケリグに向かって言った。

「ウォルター、使命を全うして来い。帰還を待っている」

 イーシャは言った。両翼で卵を囲い温め続けている。

「イーシャ殿の言う通り、やることをやって来い」

 アックスが言い、エスケリグが頷いた。

 翌朝、雪が降る中、ウォルターは出立した。

 古城の人々の声援が遠ざかってゆく。

 彼は灰色の雪雲の下を飛んだ。

 そんな中、かつて旅の最初に訪れたコボルトの里、つまりギャトレイと出会ったあの里が、人間達の物になってしまったのを彼は目撃し、確信したのだった。愛嬌のある姿に似つかわしくない、金に汚くがめついコボルト族だが、酷い目にはあってほしくはなかった。

 こんな危険な里がすぐ隣にあるのだ。早いところ役目を果たして有事に備えたい気分だった。

 三回夜を森で過ごし、ウォルターはアスゲルドの里の西門に降り立った。

「アンタか、ウォルターさん」

 鷲から姿を戻すと、門番は気さくにそう言い、門扉を開いてくれた。

 まずはアスゲルドに完了の報告と礼を言わねばなるまい。農場にも足を運んでロベルトらにも同じく礼を述べたかった。

 再会はその後だ。

 白一色の里の中を歩く。雪掻きに精を出す者もいたが、子供は元気なもので雪で遊んでいた。あちこちに雪の人形が作られ佇立していた。

 アスゲルドの家まで来ると、二人の門番が気前よく取り次いでくれた。

 キングオブ門番のビアンカに歓迎されると、暖炉の前で長剣を研いでいる家主が振り返った。

「ウォルター。終わったか?」

「ああ。貴重な種をずいぶんもらった。感謝する」

「良いんだ。それにお前は我らのために戦ってくれた。冬の間だけでもお前がいてくれてこの里は心強い。オーガーやオーク、他の種族もここを狙っているからな」

 アスゲルドはそう言うと短剣を差し出した。ウォルターが彼にあいさつ代わりに渡した物だった。

「これは返す。良いお守りになると思うぜ」

「いや、これは既にお前の物だ」

 そんなやり取りをしていると、キングオブ門番のビアンカが呆れ果てた様子でアスゲルドの手から短剣を取り上げ、ウォルターの手に握らせた。ビアンカの手は背と同じで大きく逞しかった。

「これで良いんだよ、魔戦士さん」

 ビアンカが二ッと微笑んだ。

「そういうことだ」

 アスゲルドが続けて笑う。

「まぁ、そう言うことなら受け取ろう」

 しかしウォルターは再びこの短剣を腰に提げられることに内心では歓喜し、安堵していた。役目の無かった短剣だが、俺の一部だったんだな。

 ロベルトにも礼を言いに北門へ向かった。

 ここでも番兵は気前よく通してくれた。

 百姓衆のところも似たようなものだった。子供は駆け回り、大人は屋根の雪下ろしをしている。

 ロベルトはすぐに見つかった。

 この寒いのに薄着で、たくさんある倉庫のうちの一つの雪掻きを指揮していた。

「ウォルター、どうした? 困ったことでもあったか?」

 年上の男は親し気にそう話しかけて来た。

「いや、種の礼をと思って。物も金も無いが、せめて言葉だけでも」

「おう、嬉しいね」

「本当に助かった。礼を言う」

「良いんだ。これも何かの縁だろう」

 ロベルトは鞘に収まった長剣を提げていた。

「敵が迂回してここを襲ったりはしないのか?」

「無いな。町と地続きに石壁を築いているからな。壁をよじ登ってまで攻撃を加えてきた奴はまだいない。だが、油断はできん。ここでは女から老人まで常に剣を腰に差している。俺らを含めてみんな、元傭兵だからな」

 ロベルトは豪快に笑った。

「ウォルター、良いワインがあるんだが」

 そうしてロベルトに小樽の土産をもらい、ウォルターは農道を引き返していた。

 北門の番兵らが通してくれて、いよいよ、こちら側の仲間との対面だ。

 種を無償で貰えたのもあるし、ファイアスパーが提供してくれた共有財産のおかげで前ほど深刻に状況を考えずに済んでいた。それに故郷の不安もある。コボルトの里を手に入れた人間達がいつあそこを嗅ぎつけるか分からない。しかし、そこまでは話すまい。

 町から離れた場所にある借り家の二階ではギャトレイが雪下ろしをしていた。

「おお、狼牙! 戻って来たか!」

 ギャトレイはすぐさまこちらの姿を見付けて嬉しそうに言った。

「ああ! 待たせたな!」

「どの道冬を越さにゃならん、だが、雪が本格的になる前に戻って来れて良かった」

 ギャトレイが言う。

 ウォルターは頷いて家の扉を開けた。

 土間で昼食の準備に取り掛かっているカランとベレの姿があった。

「ウォルターさん!」

 カランが驚きの声を上げ、すぐに柔らかく微笑んだ。

「故郷の皆さんはお元気でしたか?」

「俺の想像を超えるほどだった。甥も出来ていた」

「まぁ、それは良かったですね。ファイアスパーさんが戻ってきたら昼食にしましょう」

「奴はどこに?」

「酒場へ牛のミルクを買いに出てます」

「そうか」

 ウォルターは身に纏っている真紅の外套のことを考えていた。

「迎えに行ってくる」

 ウォルターは小樽を台に置いた。

「分かりました」

 ファイアスパーはすぐそこまできていた。

「ウォルター、終わったのか?」

 端麗な顔を輝かせ相手は言った。

「ああ、長く留守にして悪かったな」

「お前がいないと少しだけ寂しかったな。そんな空気が流れていたよ」

「まさか」

 ウォルターは鼻で笑った。そして外套を脱いだ。

「助かった。返す」

「分かった。お役に立てて何よりだ。さぁ、外は寒い。家へ戻ろう」

「ああ」

 二人は並んで歩いた。ギャトレイとカラン、ベレが家で出迎えた。

「ほら、この通りだ」

 ファイアスパーが言い、彼よりも体格の良いウォルターの肩を押した。

「お帰り、狼牙」

「お帰りなさい、ウォルターさん」

 ギャトレイとカランが言い、ベレはこちらを見て頷いた。

「ああ、待たせたな。飯にしよう」

 ウォルターはそう言った。

 古城にも、ここにも大切な絆がある。それらを守るのが俺の本当の使命なのかもしれない。

 必ず守り抜く。

 食卓に向かう仲間達の背を見ながら、ウォルターはそう決意したのだった。

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