魔戦士ウォルター49

 ウォルターは赤子のウォルターを見て更に愛らしく微笑むローサに向かって言った。

「俺の名前と同じで良いのか?」

 自分はロクな人間では無い。多くの命を魔術で斧で手にかけて来た大罪者だ。まるで甥のウォルターにまで俺の気まぐれなカルマが背中に乗っかってしまうかもしれない。どんどん、どんどん。俺が罪を重ねるたびにカルマは惑い、純粋な甥っ子の背を選ぶかもしれない。

「俺の名は呪われている。取り消した方が良いぞ」

「そうは思わないけど。ウォルターみたいにウォルターがなってくれれば良いなぁって」

「それが駄目だと言ってるんだ。俺みたいな人間になってみろ、俺はただの血なまぐさいアウトローだ」

 ウォルターは思わず熱を込めて言っていた。

 するとローサは小さく笑い声を漏らした。

「ここにいる皆はあなたを信じているわ、ウォルター。共に大変なことを乗り切ろうと頑張る仲間を集めたのは間違いなくお兄ちゃんの魅力だと思うの。人にはいろんな良い一面があるはずよ。この子にはそんな一面を、皆と苦難を背負ってくれている優しいお兄ちゃんみたいな人になれればと思って付けたのよ」

 ウォルターは黙した。自分がそこまでの人物だとは思えなかった。優しい? まさか。

「気でも違ったんじゃないか? 俺の名前なんて縁起でも無い。止めて置け。トリンだってそう思ってるはずだ。親父も」

「トリンも父さんも納得済み。ついでにイーシャさんも他のみんなも。この子の名前をウォルターという名前を祝ってくれたわ」

 そこまで言われ、ウォルターは何も言い返せなかった。俺はただの血なまぐさいアウトローだ。だが、そんな俺をここの連中は受け入れてくれている。ローサが言った、俺の一面に俺が気付いていないだけなのか?

 すると、赤子のウォルターが泣き声を上げた。

「あらあら、お目覚めね。お兄ちゃん、お父さんとトリンには会った? まだなら工房にいるから会ってきたら?」

「ああ」

 ウォルターは妹が服を捲り上げ様とするのを見てここに自分はいるべきではないと思い、言われた通り食堂を後にした。

 工房は外にある。だが、階下へ下りて来たショーン・ワイアットと出くわした。

「上から見ていた。お帰りウォルター殿」

「ああ。どうだ、研究の方は捗ってるか?」

 特に興味も無かったが、話題も無いのでウォルターはそう切り出した。

「いいや、最近はみんなで畑を耕すことに集中していて、研究どころじゃ無かった。今日だけは暇を貰ってね、論文の続きを書こうと思っているんだ」

「そうかい」

 不意にウォルターはどこか第三者のような存在のショーン・ワイアットにこそ尋ねる価値のあることを訊いた。

「ここはどうだ。みんな幸せか?」

 するとショーン・ワイアットは右手を無精ヒゲの生えた顎になぞり、しばし瞑目して応じた。

「暮らしはひもじい。だが、みんな一丸となってここを盛り立てようと頑張っている。幸せなんじゃないか。少なくとも私は皆の仲間に入れてもらえて幸せだと感じている。ウォルター殿、また行くのだろう? 本当の帰還を皆と共に待っている。ではな」

 考古学者は笑みを浮かべて去って行った。

 幸せか。

 ウォルターはこれで良かったのか自信が無かったことに気づいた。もしかすれば皆を俺が苦しい立場に率いてしまっていたのではないかと、今まで自分がそう思い、負い目と不安を感じたことを今ここで発見した。

 だが、幸せだと言う。

 良かった。

 ウォルターは外に出た。刈られていない雑草、よどんだ噴水池。ここもいつか整えなきゃな。できれば俺がやりたい。

 そのまま東へ歩むと煙がモクモクと上がっている炉に辿り着いた。

 トリンが真っ赤に変色した鉄を鎚で打っている。オルスターはその様子を見詰めていたが、こちらに気づいた。

 ウォルターは歩んだ。

「よぉ、お二人さん」

「わ、義兄上!」

 トリンが驚きの声を上げる。よほど仕事に集中していたのだろう。

「ウォルター、また行くのだな?」

「ああ。何往復かして種を運び終えたら、新しくできた用事を果たしに行く」

「うむ。そうか」

 ウォルターはオルスターの居場所を迫ったドワーフらのことは黙っていた。黙っていたのだが、オルスターに何かを確認すべきだという思いがあった。しかし、それが思い出せないのだ。

「今晩は泊まって行かれるのですよね?」

 トリンが尋ねたのでウォルターは考えるのを止めて頷いた。

「土産は何も無いがな。明日の朝一番にハーピィ達と出立する。何回かそれを繰り返してから、俺はもう一度旅に出る」

「うむ、好きにすると良い」

 オルスターは頷いた。

 その夜、大広間は人でいっぱいだった。イーシャと卵、護衛のハーピィ以外は揃っていた。

 酒も無ければパンも無い。

 それに変わるのは肉が少しと野草と熟し果てた木の実だった。

「幸運者ウォルターに乾杯!」

 リザードマンの長アックスが音頭を取り、皆、唱和した。

 そうして夜が深くなるに連れ、一人、また一人と部屋を後にする。

 残ったのはウォルターと、アックス、エスケリグだった。

「外の世界はどうだ?」

 アックスが尋ねた。

「何度か戦を見てきた。明日からハーピィ達を借りるが、戦力が減る。大丈夫か?」

 ウォルターが問い返す。

「ここがいくら俗世と離れた森深き場所でも露見するのも時間の問題だろう。隠し事なんてそんなもんさ」

 エスケリグが言った。

 アックス、エスケリグ、二人の顔つきが険しくなる。

 ウォルターは頷いた。

「なるべく早く戻る」

 ウォルターはそう応じた。

 そして翌朝、真紅の外套に身を包み、鷲となったウォルターは高々と一声鳴き、飛び立つ。ハーピィ達が追随する。まだ夜明けだというのに寝ている者など誰もいない。ショーン・ワイアットもいた。イーシャだけは別だが。見送りの者達が声を上げて出立を祝した。

 ウォルターは街道を目印にしていたが、このちょっとした集団は見つかりやすいだろうと、高度を上げて飛んでいた。

 夜をハーピィらと共に森で明かすと、ついに雪が舞い降りて来た。

「急がねば」

 ハーピィらが言った。

「そうだな、行こうか」

 ウォルターは再び真紅の鷲となる。

 ハーピィらが続いた。雪は勢いを増していた。何処も彼処も、進む度に白の世界が広がっている。

 凍える風を羽毛が受け止める。

 そうして森で夜を明かし、陽が上る少し前に出立するのを繰り返すと、ようやく目的の場所に辿り着いた。

 いきなり里の中には降りず、門番の前に一同は並んだ。

 ウォルターがもとの姿に戻ると門番は言った。

「話は聴いている。今後は農場へ直接降りても良いと里長から言われている」

「分かった」

 ウォルターはまだギャトレイらに会うつもりは無かった。この仕事を終えてから再会を分かち合おう。

 再び真紅の鷲になる。そうして里の者達が驚いて見上げる中、一同は農場へと飛んだのだった。

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