魔戦士ウォルター53

 オーガーの里を漁夫の利の如く接収したゴブリンだが、未だに慌ただしく里中を駆け回っている。オーガー達は商売をしない。鍛冶も耕作もしない。ただ他族から奪うだけだ。小耳に挟んだが、どうやら食べ物が無いらしい。だからこそ、オーガー達はアスゲルドの里を襲ったのだろう。

 宿としての機能をこれから果たすであろう大きな住居に案内された。

 だが、オーガーの家は散らかり放題だった。ただ奴らが便所という場所を設けていたことだけが救いだったかもしれない。ウォルターもオーガーについては詳しくは知らなかった。

 シミだらけの布団を見てギャトレイが申し訳なさそうにカランに言った。

「ここを手に入れてから日が浅かったようで、何も揃ってないようです。本当に申し訳ないことです」

 ギャトレイが謝罪するとカランはかぶりを振った。

「仕方が無いですよ。ここも豊かに発展してくれると良いですね」

「ありがとうございます」

 ギャトレイはそう言い溜息を吐いた。

「ワインに脂滴る骨付き肉、上等なフルーツに葉物野菜のサラダ……」

 ホブゴブリンの傭兵が嘆く中、ウォルターには一つの懸念があった。アスゲルドの里をここの連中は狙ったりはしないだろうか。ギャトレイの同族だ。できれば互いに血を流して欲しくはない。

「ギャトレイ、ゴブリン達はアスゲルドの里を狙うと思うか?」

「そりゃ狙うだろう。そうはなって欲しくは無いが」

 アスゲルド側が勝つだろう。老いも若きも傭兵の住人だ。先ほどのオーガーとの有様を見てもここのゴブリン達が戦闘には疎いことを察してしまう。だが、やはり血は流して欲しくはない。

「少し出てくる」

 ウォルターはそう言い外に出た。オーガーの住居の中がいかによどんだ空気で満たされていたか分かった。新鮮な空気を鎧の下の肺に詰め吐き出す。

 ゴブリンらが声を上げて住居の清掃をしていた。

「おい、ここの首領は誰だ?」

 ウォルターは手近のゴブリンに尋ねた。

「オーカス様だが。そんなことより我々は忙しい。オーガーどもの住居ときたら、ゴミ屋敷みたいな有様だ。臭いし食べ物も残っていない。全く、オーカス様の言う通り、隣の人間領を攻め取るしか無いな」

 その言葉を聴いてウォルターはゴブリンの両肩に手を置き、グッと顔を近づけて言った。

「今すぐ、オーカスの居場所を言え」

 鬼気迫るウォルターの迫力に押されたのか、ゴブリンは多忙だったにも関わらず悲鳴を上げて頷いた。

 こんな奴らじゃアスゲルドに首を取られるだけだ。ウォルターは内心溜息を吐いた。

「オーカス様は北門で指揮していらっしゃる」

 ウォルターは北門を目指して歩き始めた。

 ゴブリンは戦士ばかりではなかった。井戸の前では女達がオーガーの使い古しの汚いシーツを必死に洗っていた。

 こういう営みを見ると、何故、戦いが起きてしまうのか、ウォルターには疑問が残る。オーガーは知らないが、話せば通じる奴らばかりじゃないか。なのに奪い奪われ、血と屍が築かれる。

 兜をかぶった大柄なホブゴブリンがいた。次々他のゴブリンに指示を出している。

 あれだな。

「アンタがオーカスか?」

 ウォルターが尋ねると相手は応じた。

「人間の客人、悪いが、今は話せるほど余裕は無いのだ。ここがこんな有様ではすぐに隣の領土を攻めて物資を確保しなければ駐屯もできん」

 やはりやる気だ。その人間が目の前にいても平気な顔で言った。

「オーカス。隣の人間の領土を攻めるのは止めておいた方が良い」

「練度が違うというのだろう? だが、我々は食わねばならん。子孫繁栄のために土地を広げねばならん」

「実力が分かっているなら、猶更だ。仕掛けるのは止めて置け。無駄に命を落とすだけだ。子孫も残せなくなるぞ」

 ウォルターが説くとオーカスも顔つきを変えた。

「だが、もしも、人間どもが逆に攻めてきたらどうなる?」

「それは」

 無いとは言い切れなかった。アスゲルドとは親交があったが詳しい気持ちを聴いたことは無い。

「だったら、人間達が同盟を求めてきたらどうする?」

「同盟とな。今時、流行らぬ言葉を良く持ち出してくれた。だが、旨味が無い。向こう側にな」

 オーカスは幾分落胆した様子で言った。

 ウォルターも考えた。アスゲルドに旨味が無いか。

「数は?」

「何だ?」

「ゴブリンの数だ。どのぐらいいるんだ?」

「我らは七百程。その中に戦士は四百五十ぐらい」

 アスゲルドのところは練度は高いが兵力は二百だ。数で攻められれば陥落の危機も無いわけではない。

「それだ。いざとなれば四百五十のゴブリンの戦士が手を貸す。それを理由に同盟を結べば良い」

「ううむ。しかし、人間は気位が高い。我らを見下しはしないだろうか」

「それは分からない。だが、安寧を得たいなら隣の領主アスゲルドとは手を結んだ方が良いだろう。久しく聴かない同盟というものをお前達が再び世に呼び起こし知らしめてみてはどうだ?」

「分かった。我らが同盟という言葉を大陸に広めて見せよう。それが世にどのような影響を与えるかは分からんが、先駆者として鼻が高いかもしれぬ」

 ウォルターは安堵した。オーカスが物分かりの良い奴で助かった。

「では、使者は」

「俺が行こう」

 ウォルターが言うとオーカスは驚いた様子で尋ねて来た。

「人間よ、何故、そこまで我々ゴブリンを思う?」

「隣の領主アスゲルドとは知り合いだし、お前達は俺の仲間の同族だ。互いに争わせたくは無いと思っただけだ」

「忘れ去られた思いやり、信義の心か。分かった、筆を取ろう」

 オーカスが応じた。

 ウォルターは仲間のもとへ戻ると、さっそく説明した。

「ゴブリンのために動いてくれるとはありがたい。俺もここの連中がアスゲルド殿のところと争ったらどうしようと思っていたところだ」

 ギャトレイが言った。

「ウォルター、マントを貸すか?」

「いや、馬で行く」

 ファイアスパーの申し出を断った。

「私達のことは心配しないで下さい。ギャトレイさんもファイアスパーさんもいますし、私もベレも戦えます」

 カランが言いベレが頷く。

「分かった」

 仲間達の言葉をウォルターは嬉しく思った。

 厩舎へ赴き、アスゲルドから渡された馬に跨った。

 オーカスのところに寄ると既に書状は出来上がっていた。

「人間殿、どうか、頼む」

 オーカスが頭を下げる。

「分かった、任せて置け! はっ!」

 ウォルターは馬を駆けさせた。里のゴブリンらが不審げにこちらを次々振り返った。まさか、彼らの命運を懸けた同盟成立のために人間が動いているとは夢にも思うまい。南門を突破し、ウォルターは元来た街道を引き返して行ったのであった。

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