魔戦士ウォルター80

 その日の夜は大宴会だった。

 と、言っても酒はなく、食料も粗末なものであった。

 だが、みんなが祝っている。

 ウォルターの帰還、ウォルターの旅の仲間達のこと、そして一際大きな歓声が上がったのがウォルターとイーシャの子供のことだった。

「おめでとうお兄ちゃん! イーシャさん」

 ローサがウォルターと名付けた自分とトリンとの赤子を抱き祝福の言葉を述べた。

 次々に祝いの言葉を述べられる。

「名前は決まったのか?」

 エスケリグが尋ねた。

「アニスだ」

 ウォルターはイーシャと相談して決めた名前を述べた。

「アニスに乾杯!」

 アックスが言い、ギャトレイ達も続いてくれた。

 そして一夜明けた。

 ウォルターの部屋はイーシャと同室になった。アニスもいる。

 この日のためにリザードマン達が作ってくれた大きなベッドにアニスを挟んで二人で寝た。

 イーシャはウォルターに旅の話をするように求めて来た。

 日中はウォルターは二人の側にいたかったが、女王の伴侶として、代理として、城内外を見回った。

 畑は大きくリザードマン達が精いっぱい働いていた。

 ハーピィ達は斥候と、狩りとに分かれている。

 ウォルターは全ての状況が万全だと知ると、自分の役目だと決めていた庭の草むしりを始めた。

「恐れながら、王様、私目も手伝ってよろしいでしょうか?」

 慇懃な口調で言われ、振り返るとギャトレイが立っていた。

「今まで通りで良いぞ」

「そうもいかん、規律はどこかで綻びが生じると、それが破滅へ繋がる糸口にもなりかねん。だから、王と呼ばせていただきます」

「慣れるまで大変だな」

「お互い様でしょう、王よ」

 ギャトレイが隣に並んで草むしりを始めた。

「ここには平和があって良いな」

「カランとはどうなったんだ?」

「あ、いや、まだもう少し時間が必要かなと思ってる」

 ギャトレイが応じた。

 ちなみにウォルターが把握しているところだとカラン、ベレは狩猟組に、ファイアスパーとシュガレフは鉱山の発掘組へと配属された。ギャトレイは、長く居たためかウォルターの正式な護衛としてイーシャ自らに頼まれた。

「王様、野暮なこと訊くが、アニスちゃんはイーシャ殿の乳で育つのか?」

「俺も分からなかったが、ハーピィは乳房はあっても乳は出ないそうだ。柔らかくした食べ物をさっそく食べてる」

「そうだったか」

 広大な庭の草むしりはなかなか捗らない。だが、ウォルターもギャトレイも励んでいた。

 ローサとエスケリグの妻のメアリーが昼を知らせてくれた。

 孤児院の子供達はエスケリグと共に川で魚を捕りに出ている。

 伝令役を兼務するハーピィが降りてきて、知らせを聴き、また飛んで行った。

「お父さんにも知らせなきゃ」

 ローサが言った。

「俺が行く」

 ウォルターはそう言っていた。

「それじゃ、お願いね」

 赤子のウォルターを抱いたローサと同じく赤子のメリーグを抱いたメアリーが城へと戻ってゆく。

 それを見送りながら、ウォルターは帰還と子供のゴタゴタで訊きそびれていたことを思い出し、決意を固めて父の元へ向かった。

 ギャトレイも続く。

 工房に行くと、昼の知らせを受けたのか、オルスターとトリンが一旦引き上げるところに出くわした。

「トリン殿、良い物を打ちますね」

 ウォルターの様子を察したのか、ギャトレイがトリンに絡んでいった。

「親父、聴きたいことがある」

「どうした、改まって?」

 ドワーフのオルスターは幾分怪訝そうな顔をした。

「俺を拾った時、首飾りが無かったか?」

 ウォルターが問うと、オルスターは懐から件の物を取り出した。サファイアの飾りのついた首飾りだ。

 ウォルターは背筋が震え、瞠目した。

「いつか、事情を聴いてくるとは思っていた。それまでは黙っていた。お前の父から託された首飾りだ」

「そこには俺だけしかいなかったか?」

「いや、赤子がいた。共に居合わせた人間の女性が赤子の方は引き取った」

「そうだったか」

 ファイアスパーは俺の実の弟だ。しかし、今になって言い出したところでどうなる。弟という立場よりも友であり仲間という今の立ち位置の方が接しやすい。それにお互いに遠慮が無い。この気楽な立ち位置の方が良いのかもしれない。

「分かった。ありがとな。それは預かっていてくれ」

「お前がそう言うなら預かろう」

 オルスターはそれだけ言い、首飾りを再び懐にしまった。

 午後、ウォルターとギャトレイは再び草むしりに戻った。

「悪いな、王様。親父さんとのやり取りを聴いちまった。前にアスゲルド殿のところでお前がいない間、ファイアスパーがルビーの首飾りを見詰めているのを見ちまった」

「忘れてくれ。今のままの方が良い」

「お前はそれで良いのかもしれないが、ファイアスパーは願い続けているぞ、自分の兄弟に会えることを」

「そうか」

 それっきり無言で草むしりを続けた。

 夕暮れになり、それぞれの組が戻って来た。

 ウォルターは城の前で労働に勤しんでいた者達を迎えた。

 シュガレフと共にファイアスパーが戻って来た。

「ウォルター! じゃなかった、王!」

 ファイアスパーが駆け寄って来た。

 何が気楽な立ち位置だ。俺は逃げていただけじゃないか。ファイアスパーとの関係がこじれることを。だが、どうだ、ファイアスパーの方は同じ首飾りを持つ者を探していると言うではないか。死ぬまでそんなことをさせるつもりか。大切な仲間に弟に。

「ファイアスパー、来てくれ」

 ウォルターが呼ぶと、ファイアスパーは笑顔で応じた。

「おう、シュガレフ、俺と力比べをしないか?」

 ギャトレイが言った。

「良いだろう」

 巨躯のエルフは応じた。

 ウォルターは歩んだ。

「どこへ行くんだ?」

「工房だ」

「そういえば、一度も見ていなかった。楽しそうだな」

 ファイアスパーが言った。

 工房にはオルスターとトリンが残っていた。トリンになら聴かれても困りはしない。

「お二人ともお疲れ様です」

 ファイアスパーが声を掛けた。

「親父、悪い。やっぱりあれは俺が預かることにした」

「そうか」

 オルスターは歩んで来ると包みを渡した。

「何だ、それは?」

 ファイアスパーが尋ねた。

 ウォルターは包みを解いた。

 サファイアの首飾りが現れる。

 ファイアスパーは呆気にとられた様子で、首から下げていたルビーの首飾りを手にした。

「ウォルター」

「そういうことだ、ファイアスパー。いや、俺の大切な弟よ」

「ウォルターが兄上だったとは」

「あまり驚かないな」

「いや、正直動転はしている。そうか、ウォルターが兄上だったか」

 ファイアスパーはそう言い微笑んだ。ふと、にこやかな目からは涙が滴り落ちた。

「兄上」

「ああ、弟」

 ファイアスパーが声を上げて泣いた。オルスターとトリンは気を利かせたか去っていた。

「よく、今まで頑張って生きていてくれた」

「兄上こそ!」

 ファイアスパーはウォルターの胸に飛び込み、がっしり手を回すと再び声を上げて泣いたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る