魔戦士ウォルター79

「ごめんなさい、皆さん。もっと早く言うべきでした。そのために大変な遠回りをさせてしまって本当に申し訳ございません」

 カランが謝罪する。

「いいや、カランさん。俺の方こそ、もっと早く言い出すべきでした。しかし、私は薄汚いゴブリンですよ? 本当にあなたの愛を受け入れて良いんですか?」

 ギャトレイが問うとカランは頷いた。

「あなたでなければ、ギャトレイさんで無ければ駄目です」

「カランさん」

 ギャトレイとカランはしばし見詰め合っていた。

「カラン、旅は無駄足だったわけじゃない。アスゲルドや、オーカス、ルイン達と出会うことができた」

 ウォルターが言うと、ホブゴブリンの傭兵の頭越しにカランは頷いた。

 ベレは再びペケに乗れて喜んでいた。

「ここからはウォルターの故郷へ行くのだろう? 良いのか私達も同行して?」

 ファイアスパーが尋ねて来た。

「お前達なら歓迎だ」

 ウォルターは頷いた。

 そうして帰りの旅は続いた。

 ザンギ率いる盗賊団は襲っては来なかったばかりか、盗賊の里は静かだった。女衆がいなくなってしまい、離散したのだろうか。遠めに確認し歩みを進める。

 ドラゴンとの別れがあったブリー族の里も寄らず、野宿をする日々が続いた。

 そしてゴブリンの里に着くと、驚かされた。農耕や牧畜が盛んに行われていたからだ。

「こいつは驚いた」

 同族のギャトレイが言った。

 人間の姿も見える。アスゲルドが手を貸してくれたのだろう。

 知らせを聴いたオーカスが馬を駆り、ウォルター達の前に駆け付けると、下馬し声高に礼を述べた。

「御紹介いただいたアスゲルド殿の指導のおかげで我々の土地は潤いを見せています」

 そうして酒宴が開かれ、ウォルター達は大いに歓迎された。

 アスゲルドの里でもウォルター達は歓迎された。

 ゴブリン達のこと、ザンギ達の女衆のこと、アスゲルドは全てを快く引き受けてくれた。

 その夜、再びウォルター達は歓迎されたが、ファイアスパーの姿が見えなかった。

 翌朝、彼は戻って来た。

 後ろには女衆の頭領だったキカがいた。

 そういうことかとウォルターは感じ取った。

 ファイアスパーがここで別れるというのなら止めはしなかったが、彼はウォルター達のもとへ戻って来た。

「良いのか?」

 ギャトレイが問う。

「今は良いんだ」

 ファイアスパーはそう応じた。

 アスゲルドにビアンカにロベルトらに見送られ、ウォルター達の帰り道は続いた。

 様々な里に寄り、あるいは通り越し、春の温かさが程よく暑いぐらいに感じられるようになった頃、一行は樹海への入り口に辿り着いていた。

 空をハーピィ族が飛び、慌てて戻って行った。

 樹海には入り口というものはない。馬車を隠し、馬を引きながら、森歩きに慣れているカランとベレを先頭に、ウォルターには分からない痕跡を辿り進んで行くと、そこには古城の壁が現れた。

「ウォルター!」

 エルフのエスケリグとリザードマンのアックスが駆けて来た。

「おう」

 ウォルターは返事をした。ここは故郷だが、数えられるほどしか自分はいなかった。だが、それでも懐かしさが込み上げてくる。

「そちらの方々は?」

 エスケリグが尋ねた。

「俺の旅の仲間だ。後で紹介しよう」

「ならば、我々で方々を部屋へ案内しよう。ウォルターはイーシャ殿のところへ」

 アックスが言った。

「頼む。アックスとエスケリグだ」

 ウォルターは旅の仲間達に紹介した。

「おや、あなたはエルフか」

 エスケリグがシュガレフを見て言った。

「大草原エルフだが、既にその名は捨てた。今はただのエルフ、シュガレフだ」

「俺も似たようなものだ。森のエルフだったが、それを放り出してきた」

 エルフ同士二人は語らっていた。

「ウォルター、アックス殿達の世話になるから貴公は行くべきところへ行くと良い」

 ファイアスパーが言った。

「分かった。また後でな」

 ウォルターはそう言うと古城の庭に足を踏み入れた。

 青い草がぼうぼうと生い茂っている。おそらくはローサだ。ここを俺に残しておいたのだろう。噴水池も綺麗にしなくてはな。

 ウォルターは古城の中へ足を踏み入れた。

 人は出払っていて静かだった。

 彼は右に曲がり、護衛のハーピィと出会った。

「ウォルター、戻ったのか」

「ああ。イーシャに会わせてくれ」

「分かった。イーシャ、ウォルターが戻った」

「通してくれ」

 中から愛する人の声が聴こえ、ウォルターは幾分緊張を覚えた。

 扉が開かれ、明るい日差しが差し込む部屋にイーシャは以前と同じ姿で鎮座していた。両翼を覆い卵を温めている。

「イーシャ、待たせたな」

 ウォルターが言うと、両翼の間からイーシャが頷くのが見えた。

「ウォルター、来てみると良い」

 イーシャにそう言われ、近寄ってゆく。

 その頬に口づけをしようかと思ったが、そうはならなかった。

 動いているのだ、卵が。

「これは!?」

「ああ、私達の子供が戦っているところだ」

「そうか」

 ウォルターは呆気にとられながら応じる。イーシャはクスリと笑い言った。

「もうそろそろ生まれるだろう。共に見守ってくれないか?」

「勿論だ」

 ウォルターは歓喜して応じた。

 卵にヒビが入る。

 そして小さな小さな腕が飛び出した。

 その次に同じく小さな顔が出て来た。

 赤子は産声を上げた。

 だが、まだ卵から出てはいない。

「まだだ、頑張って自分で出るのだ」

 イーシャが辛抱強く励ました。

「イーシャ、生まれたのか?」

 外から護衛のハーピィの声が聴こえた。

「ああ。だが、まだ待って欲しい」

「俺達の子供は戦いの真っ最中だ」

 イーシャに続いてウォルターが言った。

 赤子の産声だけが聴こえる部屋で、二人はその様子を見守っていた。

 もう片腕が見え、赤子は転んだ。

 だが、翼が見え、足が見え、見事に這い出した。

「よく頑張った」

 イーシャはそう言うと赤子を翼で抱きしめた。

「ウォルター、私達の子供だ。女の子のようだ」

「ああ」

 ウォルターは赤子を見て頷いた。彼の脳裏は感動と安心でいっぱいだった。と、すぐにこの子にどんな名前を付けるべきか迷いが生じていた。

「知らせてくれ」

 イーシャが言うと、護衛のハーピィの応える声がした。

「ウォルターがこの子の生まれる瞬間に立ち会ってくれて良かった」

「俺もだ。今まで苦労をかけちまったな、イーシャ」

 ウォルターは赤子を抱くイーシャを抱きしめたのだった。

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