魔戦士ウォルター81
イーシャはすぐに回復し、今ではアニスにつきっきりで世話をしている。その分はウォルターが代理として働いた。いや、女王の伴侶、王としてなら当然のことだ。しかし、草むしりをする王様はこの世界の何処を探してもいないであろう。
アニスは健やかに生まれて来た。その姿は人間の腕に鳥の足、羽毛に身体を覆われ、翼は腕の後ろにあった。顔はイーシャに似ていて瞳が無かった。メリーグとウォルターとは当然生まれも近く、三人が仲良く育ってくれればというのが母親達の願いでもあり、王様ウォルターの望みでもあった。
ギャトレイと草むしりをしていると、ウォルターは尋ねた。
「カランとはどうなんだ?」
「ああ、カランさんは狩猟組で忙しいからな、夜に少し会うだけだ」
「同室にはしなかったんだな」
「そりゃあ、好いてくれるのは嬉しいが、いきなりは不味いだろう。ベレだっているんだ」
「俺の警護を辞めて狩猟組に回っても良いんだぞ?」
「それはできんな。女王イーシャ様からのお願いだ。俺はアンタの一番の近衛だよ。それで文句は無い」
ギャトレイは笑って応じた。
どこからか鎚を打つ音が聴こえる。厩舎を立てているのだ。後は野生のヤギが見つかったので捕らえて飼い慣らそうと試みている。
ウォルターには一つの懸念があった。
それは、ここがもしも外の誰かに知られてしまった場合だ。住民はいるが、戦士としての働きを期待できるのは殆どいない。ウォルターとファイアスパーの魔術が主体となるだろう。それで防げれば良いが。
しかし、ある日、斥候のハーピィが知らせを届けて来た。
「森に何者か共が入った」
この樹海だ。彷徨って死ぬだろう。そういう意見も出たが、侵入者はここまで辿り着いてしまったのだった。
五人のコボルトだった。
玉座にイーシャが座り、ウォルターが隣に立つ。アックスとギャトレイ、リザードマンが五人、護衛のために同席している。
コボルト達は酷い有様だった。服は破れ、身体を覆う毛は毛玉となり、むせ返るような悪臭を発していた。
「お前達は何者だ?」
イーシャが冷厳な声で尋ねた。
「私達はかつてのクランを人間に奪われたコボルトの住民です」
一人が答えた。
「何故、ここが分かった?」
「分かったわけではありません。ただ逃げてきたら辿り着いたに他なりません。人間達の奴隷となって我らコボルトは酷い仕打ちを受けています。これも何かの御縁です。どうぞ、我らコボルトをお救い下さい」
「我々は外部との干渉を持つつもりはない」
イーシャは冷たく言い放った。
「あなたがたは北西の山岳にお住まいだったハーピィ族の方々ですよね? 我らのクランを手中にした人間達です、あなた方を追いやったのは」
「それがどうしたというのだ? 我々はここで新しい暮らしをしている。厄介の種は持ち込んで欲しくはない」
その時だった。
「あ、あなたはウォルターさん!」
コボルトの女が声を上げた。
「何故、俺を知っている?」
ウォルターは驚いて尋ねた。
「商工会議所であなたの御仕事をサポートさせていただいた者です」
「商工会議所?」
ウォルターは記憶を巡らして、思い出した。と、言ってもコボルトは見た目で判別するのは難しかった。言われなければ気付けなかった。
「あのガメツイコボルトか?」
「な、失礼な! 我々とて暮らしがあるんです」
コボルトの女は言い返してきた。
「他のコボルトのクランは入場料も紹介料も取らなかったぞ」
ウォルターが言うとコボルトは口を開いた。
「毛皮は売れないと助言してあげた恩を忘れるつもりですか?」
「恩になら金で報いただろう」
「うっ、で、でも! 助けて下さいよ! このままでは我々は老人から子供までボロ雑巾のように扱われて死んでしまいます!」
ウォルターとイーシャは顔を見合わせた。
「一応訊いておくが、人間の規模は?」
アックスが尋ねる。
「五百人はいるでしょうね。でもあなた方が戦うというならコボルト全員が内応しますよ」
「戦えるコボルトはどれぐらいいるんだ?」
続けてギャトレイが尋ねた。
「二百、あ、いえ、五百はいるでしょうね!」
「嘘を吐くな。二百か。厳しいな」
ギャトレイがアックスを振り返る。アックスも頷いた。
沈黙が流れる。
それを破ったのは商工会議所の女のコボルトだった。
「見捨てるんですか、私達を!?」
「我々は要らぬ火種を持ち込みたくはない」
イーシャがきっぱりと応じた。
すると女のコボルトは立ち上がる。
「言い触らしてやる。お前達だけぬくぬくと近場で平穏に暮らして行くなんて許されるものですか!」
途端にイーシャが表情を鋭くして声高に言った。
「衛兵、この者どもを地下牢へ連れて行け!」
待機していたリザードマンが動くが、小柄なコボルト達は素早い動作でその手を避け、扉を開け放って逃げて行った。
「逃がすな!」
アックスが声を上げる。
程なくして古びた物見櫓の鐘が初めて鳴り響いた。
「申し訳ありません。取り逃がしました」
陽が暮れた頃、リザードマンとハーピィの衛兵長が玉座に現れてひれ伏した。
「仕方あるまい。我らは望まぬ戦いをするしかなくなったな」
イーシャが溜息と共に言った。
「樹海入り口の斥候の数を増やしましょう。それと奴らのクランの偵察も」
ハーピィの衛兵長が進言した。
「いや、ハーピィでは身体が大きい。偵察には向かないだろう。ファイアスパーなら上手くできるはずだ」
ウォルターが言った。弟を危険な地に向かわせたくは無かったが、鷲の姿ならバレないはずだ。こちらは少数、情報だけは何としても仕入れて置かねばならない。そうでなければいきなり畳みかけられるだろう。
解散となり、ウォルターはファイアスパーの部屋を訪れて話した。
「任せてくれ。だが、地上から見つかること無く、敵のクランに入ることができる方法もあるぞ」
「どんな方法だ?」
「ほら、シュガレフの灰色の外套さ。あれなら透明になれる」
「なるほど。確かに」
その足でウォルターはシュガレフを訪ねた。と、言っても隣の部屋だ。
「俺の外套を使うか。だが、正直、俺は情報収集が苦手だ。外套を貸すから適任者に授けてやってくれ」
シュガレフは外套を渡してきた。
「ありがとよ」
ウォルターは外套を被った。
「消えよと口にしてみろ」
「消えよ! どうだ、消えたか?」
「ああ。消えている。僅かに人間のにおいがするが、誰も気付くまい」
シュガレフが言い、ウォルターは外に出た。
ちょうどショーン・ワイアットが燭台を持ちながら廊下を歩いていた。
「わっ!」
ウォルターは相手が側を通ろうとしたときに声を上げた。
「おや、誰かいるのか?」
驚きもせずに考古学者は尋ねた。そのまま黙しているとショーン・ワイアットは首を傾げて去って行った。
驚けよ……。だが、よし、消えている。
ウォルターの心は決まっていた。この任務は自分がすることを。
彼はイーシャに伝えるために子供と共に待つ寝室へと向かったのであった。
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