魔戦士ウォルター82
森歩きに慣れているエスケリグを伴い、ウォルターとファイアスパーは樹海の入り口まで導かれた。
「では、俺はここで待つ。二人とも無事に帰って来いよ。せっかく出会えた兄弟なのだからな」
エスケリグはそう言い樹海の中へ歩んで行った。彼にはここで待っていてもらうことになる。ウォルターだけでは古城へ辿り着くには迷ってしまうだろう。そしてエスケリグはコボルト達が残した思われる痕跡を幾つも見付けていた。
本当に運の良いはた迷惑な奴らだぜ。
ここから東に進めばすぐに旧コボルトのクラン、つまり人で言うなら里だ。
「兄上、御武運を。私はここから姿を変えて先行します」
「ああ。お前も紅い鷲なんて珍しいからな、気を付けろよ」
「ええ」
ファイアスパーは鷲に姿を変えて飛翔した。ウォルターを一瞥し、先へ飛んで行った。
さて、俺も行くか。
ウォルターはシュガレフから借りた灰色の外套をかぶった。
「消えよ」
彼は歩き始めた。
旧コボルトの里まではさほど距離は無かった。
だが、門番が一人居り、槍を手にして閉められた鉄格子の扉の脇に立っていた。
どうやって中へ入るべきか。
そんなウォルターの悩みを見抜いたように真紅の鷲が姿を見せた。高らかに鳴く声に暇だった門番は興味を持ち声を上げていた。
「珍しい色の鳥だな。あれは何だ? 鳩か?」
その隙にウォルターは鉄格子を開き門を潜って扉をそっと閉めた。
ファイアスパーが消え、興味を失った門番が再び番に就く。
ウォルターは里を歩いた。
人で溢れていた。男達が多く、女はそんな男達に媚びを売って生きているようだった。
そしてコボルトはそそくさと動き回り、馬糞の掃除をしたりしていたが、中には弄ばれ、殴られ、蹴られている者もいた。この里のコボルトに対する印象は最悪だが、人間がそれを上回っている。
今のところ、動きは無いようだ。
ウォルターは雑踏を避けながら偵察を続けた。
と、コボルトが放り出された。
酔っ払った男が現われ、槍を手にしてコボルトに向けて言った。
「酒だ、酒! お前らなんざ死んでも変わりはいるんだ! 言われた通りにしておけば良いんだよ!」
「申し訳ありません、すぐに備蓄から持って参りますので」
コボルトは身体を痛めているようにヨロヨロと動いた。
「走れ! 愚図! 殺すぞ!」
「ひいっ!」
コボルトは駆けて行った。
確かにコボルトに対する扱いは酷い。だが、彼らを解放するには戦えるだけの軍勢がこちらにはいない。いても戦力となれるのは六十か七十ぐらいのものだ。ここは剣や得物をぶら提げたゴロツキ風の者達がたくさんいる。
攻め込まれたらおしまいだろう。
ウォルターは路地裏に入った。外套を脱ぐと、ファイアスパーが下りて来た。
「ウォルター、北の大きな建物が首領の住処に違いない。どうにか内部を探りたいところだが」
「任せて置け」
「ウォルター、ここでのコボルト達はまるで虐待を受けている。見ていて心苦しいが、くれぐれも助けの手は出すなよ。今はまだバレるわけにはいかないのだから」
「分かってる」
ウォルターが再び外套をかぶるとファイアスパーも鷲となって飛翔して行った。
北の大きな建物か。
ウォルターは再び大通りに出て、北を目指した。
看板が割れた商工会議所を通り過ぎ、歩いてゆくと恐らくと思われる建物を見つけた。
外には番兵がいるかと思ったが、油断しているのかいなかった。
ウォルターは木製の扉をゆっくり押し開いた。
と、そこは豪華な広間となっていて、男が三人、女が四人、そしてボロボロの衣服から判断してコボルトのあの商工会議所の女が這いつくばっていた。
「西の樹海に里がある? だと?」
「ええ、首領様。私が怪しく思い、単独で偵察して参りました」
「脱走したのか、お前は、奴隷の分際で」
「い、いえ、ただ何となくそう思いまして。ハーピィやリザードマンが少数いるだけです。首領様の軍勢なら瞬く間に平定できるでしょう」
コボルトの女は取り繕う様に笑い声を上げた。
一歩遅かった。だが、この奴隷扱いされているコボルトを信じるかどうか、まだ分からない。
「行ってみる価値はありそうだな」
「そうですそうです、お城がありましたよ」
コボルトの女が言った。
「行くのか、アラン?」
一人の男が首領に問う。
「ああ。行こうか」
不意にウォルターは嫌な気配を覚えた。首領に纏わりついていた女達も気付いたように離れた。
「お前に褒美をやろう」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、死ね!」
剣が突き出された。
と、ウォルターは斧を走らせ凶刃を受け止めた。
「何だ?」
と、かぶった外套がずれ落ちて行く。
女達が驚きの声を上げる。
「あ、ウォ、ウォルターさん」
コボルトの女が言った。
「貴様、いつの間に!?」
一人が斬りかかって来たが、ウォルターは首領の剣を叩き落として、そいつの一撃を受け止め、捌き、首を刎ねた。
女達が悲鳴を上げる。
「侵入者だ!」
もう一人の男が声を上げて外に飛び出す。
「ちっ、行くぞ!」
ウォルターはコボルトの手を引いて駆け出した。
「この野郎!」
警告を出していた男の槍を避け、首を分断する。
「助けに来てくれたんですか!?」
コボルトの女が声を上げて問う。
「そんなつもりは無かった」
戦士達が次々集結してくる。
シュガレフの外套を纏いたかったが、コボルトの手を引いているので無理だった。シュガレフに負けずウォルターも体格は良い。外套に二人は入りきれなかった。
と、上空から声高に真紅の鷲が現われ、人化しながらウォルターの隣に並んだ。
「ファイアスパー」
「兄上ならこうなるだろうとは思っていたよ。それでこそ私達の信じるウォルターだ。ひとまずは血路を開こう。コボルトには当てたくないから魔術は使えないな」
「そうだな。おい、お前、俺達から離れるなよ」
ウォルターはコボルトの女に向かって言い、斧を振り上げ、咆哮を上げて敵勢目掛けて斬りかかった。
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