魔戦士ウォルター77
ウォルターは目を開いた。
三つの人影が見えた。
「ウォルター?」
聴き覚えのある声が名を呼んだ。
「ルイン? そうか、俺は」
力尽きたのだった。
ウォルターは苦労しながら立ち上がった。
ルイン、ゲンボルグ、間にいる娘がアトレイシアか。
「姫は戻ったのか?」
「ああ」
ルインが答えた。
「ウォルター殿、アトレイシアと申します。この度は私達を救っていただいてありがとうございました」
芯の通った声で姫は言った。
「そいつは良かった。俺もお役御免だな?」
「そうなるな……」
ルインが寂し気に言った。
「何て顔してやがる。姫に団長に元に戻ったんだろう。もっと喜ぶべきだ」
ウォルターはルインに歩み寄るとその頭に手を置いてクシャクシャに撫でた。
「ウォルター、何をする!?」
「ルイン、嬉しそうね」
女騎士が声を上げ、姫が微笑む。
ウォルターはその手を止めると、巨剣を差し出した。
「そんな斧じゃカッコつかないだろう。お前のだ、返すぜ」
「あ、ああ」
ウォルターは剣をルインに預け、ルインは斧を返してきた。
「ほぉ、何だか騎士らしいじゃねぇか」
「騎士だ」
ルインがムキになって応じた。
姫とゲンボルグが笑った。だが、彼らの声が霞と消えると、ウォルターも察した。
「霧が明けるな」
「ああ。キモリの生物は全て我らで処分した」
ルインは頷いた。
「俺は元の場所へ戻れるが、お前らはどうするんだ?」
「私達が現世に戻れば要らぬ火種を再び起こすことになりましょう。次元のはざまを行き、辿り着いた場所で新たな生を送るつもりです」
姫が言った。
「そうか。俺達と来れればと思ったが」
ウォルターが言うとルインが再び寂し気な顔をした。
「そろそろ霧が明けます」
ゲンボルグが言った。
「そうか。ルイン、あばよ。お前といて楽しくなかったわけじゃない。良い相棒だった。次こそ、幸せを掴み取ることを願っている」
「ウォルター!」
ルインがウォルターの胸に飛び込んだ。
「私はお前のことが好きだ! 許されぬ恋、叶わぬ思いなのは分かっている! だが、だが!」
「ルイン、お前は綺麗だ。とても」
ウォルターの胸の中でルインがこちらを見上げる。
その姿が少しずつ少しずつ薄れて行く。
「じゃあな、ルイン」
「さよなら、ウォルター」
そしてルインの姿は無くなった。
小鳥のさえずりが聴こえる。
ウォルターは森の中にいた。
霧の中をけっこう歩いたつもりだ。木々が折り重なり道が見えない。道なき道をウォルターが行こうとした時だった。
「狼牙!」
「ウォルター!」
「ウォルターさーん!」
聴き御覚えのある声が聴こえて来た。
やれやれ、ちょうど良かったぜ。
仲間達の声が懐かしく思えた。
腕に残る巨剣の感覚、胸に残るルインの温もり、全ては幻ではない。今度こそ良い生を送れれば良いな。
ウォルターはそう思うと、声を上げた。
「ここだ! 俺ならここにいる!」
「おう、狼牙! 悪い、面目なかった」
開口一番ギャトレイが謝罪した。
「すまん、ウォルター」
ファイアスパーも続いた。ベレもそんな顔をしている。
「いや、良いんだ。馬車は?」
「街道です。シュガレフさんが見てます。……それで、ルインさんの御姿が見えないようですが、どちらに?」
カランが尋ねてくる。
「カランさんが言っていた、あのサイクロプスを一刀両断した女性ですね? 仲間になってくれれば頼もしいと思ったんだが」
ギャトレイが言った。
「ルインは、旅に出た。全て解決して、大切な人達と旅に出た。道のりがどれほどかは知らないが、あいつだったら、幸せを掴み取るだろう。さもなきゃ、俺が神を許さん」
「狼牙がそこまで言うとは」
ギャトレイが再び言った。
「ウォルター、外套がボロボロだ。激しい戦いがあったようだな。我々も参陣できれば良かったのだが」
ファイアスパーが言い、ウォルターは身に纏う外套の有様に初めて気付いた。そして左腕に巻き付けた布切れも。
決して夢では無かった。ルインはいた。
「行こう。シュガレフがシチューを作ってるはずだ」
ファイアスパーが先に歩き出す。
「あいつの料理だから、豪快にニンジン一本が入ってたりするかもな」
ギャトレイが応じる。
仲間達が歩き始め、ウォルターは背後の森を振り返ると、その後に続いた。
さほど距離は無かった。
馬車に、馬三頭、ペケが草を食んでいる。そして大鍋をかき混ぜているシュガレフがいた。
「戻ったか。ちょうどできたところだ」
ウォルターも空腹を覚えた。シチューの良い香りがする。
「うげ、何だこれ」
ファイアスパーがよそられたシチューを見て声を上げた。
何と、皮こそ剥かれてはいたもののニンジンやジャガイモがそのまま放り込まれていた。
「シチューだ」
シュガレフが応じた。
「遺憾ながらギャトレイの言う通りだったな」
ファイアスパーが言うとカランが微笑んだ。
ウォルターはそんな声を聴きながら空を眺めた。
ルインがもしも天を彷徨っているならどの辺りだろうか。
「あ! ペケ!」
ベレの声が彼を現実に戻した。ウォルターがシチューを持て余していると思ったのかペケが舌を伸ばしてシチューを食べ始めた。
「玉ねぎは入っていないから大丈夫だ」
シュガレフが言った。
「そりゃ、良かった」
ウォルターは笑った。その声は晴天に良く響いたのであった。
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