魔戦士ウォルター76

「ゴオオオッ!」

 ゲンボルグの一撃は落雷の如き痺れの走るものだった。

 剣越しにこれだけ感じるとは、こいつは強敵だ。

 続けざまに乱れ突きをされ、ウォルターはそれらを辛うじて剣で捌いた。

 ゲンボルグが大上段に槍を振り上げる。

 ウォルターは危険を感じ下がった。

 振り下ろされた槍は石造りの床を穿っていた。

「ああ、王室に傷をつけおったな。参号、あとでおしおきじゃ」

 キモリの声が聴こえた。

 何て耳障りの悪い声だ。

 ゲンボルグは狂った魔人の如く、槍を薙ぎ、頭上で振るい、振り下ろしてくる。

 ウォルターはまるで間合いに入れなかった。

 何か方法は無いか。奴のように得物越しに痺れさせるような力が俺にあれば。

 ゲンボルグの攻撃を避けると、ウォルターの脳裏を一つの案が過ぎった。

「エンチャント、雷」

 ウォルターは剣に雷撃を付加した。

 ウォルターは咆哮を上げた。

 巨剣を煌めく雷が一層太く、濃くなり、明滅している。

 ゲンボルグに向かって剣を薙ぎ払う。

 ゲンボルグは受け止めるが、得物越しに雷撃が絡み合い、刃から長い柄を流れ彼を包み込んだ。

「グオオオオッ!?」

 ゲンボルグの絶叫が木霊する。

 そして相手は倒れたのであった。

「なんじゃと!? 参号! 立て、立たぬか!」

 ウォルターはポーチから薬瓶を取り出し呷った。

「城外でお前の分身がやった策だ」

 そうして積み重なった疲労に蝕まれる脚を動かし、一歩ずつキモリに近づいて行った。

「おお、弐号! 弐号! わしを守らぬか!?」

 だが、その声に反応した姫をルインが立ち塞がり足止めした。

「早くキモリを!」

「分かってる」

 ウォルターはこれほどの怒りを覚えたことは無かった。人の命を弄ぶこの太った禿げの老人に向かって歩んで行く。

「命乞いは受け付けねぇぞ」

 ウォルターは剣をキモリに向けた。

「ひいいっ!?」

 王冠が滑り落ちる。キモリは腰を抜かし、表情を青ざめさせていた。

「死ね」

 ウォルターが言った時だった。

 キモリの白衣の袖口から、太い矢が撃たれた。

 怒り心頭のウォルターはそれを造作も無く脇から掴み取り、握って圧し折った。

「あ、ああ……ま、待つんじゃ」

 笑みはほんの一瞬でキモリは顔面を絶望に変えた。

「往生際の悪いジジイだ。言ったろ、年貢の納め時だ!」

 折れた矢を捨て、ついにウォルターは剣を力の限り振り下ろした。

 キモリは声を上げることなく、二つに分かれて、己の流す血と臓物の中に沈んだ。

「ふぅ」

 ウォルターは安堵の息を吐いた。途端に膝から力が抜け崩れ落ちた。

 身体の疲労は極限の極限、更にその上を通り越していた。

 だが、ルインの方が終わらない。姫は長剣を振るい、ルインを押していた。

「ちいっ、キモリをやれば戻るかと思ったが、見込みが甘かったか」

 ウォルターが身体を起こそうと苦戦しているとその隣を人影が歩んで行った。

「ゲンボルグ」

 ウォルターは驚いた。雷撃を加減したわけではない、全身全霊の魔術だった。それを超越した男の過ぎ去る背を見詰めていた。

「ルイン! ゲンボルグが行ったぞ!」

 ウォルターは声を上げた。

「騎士ルイン、腕は上げたようだがまだまだだな」

 ゲンボルグはそう言うと槍を手に駆け出した。

「ちっくしょう! ルイン!」

 ウォルターは立ち上がり、駆けようとしたが倒れた。

 くそっ、疲れが邪魔だ! ここで立ち上がれなくなったら、ルインが殺されたら俺は何のためにここまで来て、キモリをやったのか分からなくなる!

 だが、驚いたことが起こった。

 ゲンボルグは跳躍し、ルインと姫の間に入り、ルインに背を見せていた。

「団長!?」

「苦労を掛けたな騎士ルイン。私は正気だ」

 ゲンボルグはそう言うと姫と対峙した。

「姫様、多少の痛みは御覚悟の程を!」

 そうして怒れる獣のような姫の乱撃を全て受け止め、石突きが喉を打った。一瞬の動きが止まった姫の腹部にゲンボルト団長は拳を繰り出した。

 姫は呻きを上げてその場で倒れた。

「後は姫様が起きるの待つだけだ」

 団長が言った。

「ゲンボルグ団長、ありがとうございます!」

 ルインが礼を述べたが、ゲンボルグは振り返り、ウォルターを見た。

「礼ならあの人族に言うのだな。私を殺すことも無くキモリから解放してくれた」

 それは偶然なんだがな。

 ウォルターは苦笑し、ようやく笑い声を上げた。

 ルインが駆けて来る。

「ありがとう、おかげで助かった。お前には本当に礼の言葉が見つからないぐらい感謝している」

「お前が今までの間、孤独な戦いを続けていたからだろう。それが運よく実を結んだ。お前の方こそ本当によくやった」

 ウォルターが言うと、ルインは真っ赤に光る目から涙を落とした。

「今更だが、お前、名は何と言うんだ?」

「ウォルター」

「ウォルター、本当にありがとう!」

 ルインはウォルターに抱き着き、その懐で声を上げて泣いた。

 ゲンボルグに目を向けると彼は頷いていた。

 後は姫さんが目覚めるだけか。上手く行けば良いが。

 だが、もはやウォルターに巨剣を持ち上げる程の力は残されていなかった。

 ルインとゲンボルグがいる。少しはこの場を任せられる。

 俺は一旦お役御免だな。

「少し休ませてもらうぜ……」

 酷使された肉体も意識もついに幕が訪れようとしているのを感じた。視界が揺らぎ、ウォルターはまどろみに身を任せ、深淵の底へといざなわれたのであった。

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