魔戦士ウォルター75

 扉を開けると、そこはウォルターにしてみれば異様な光景だった。

 部屋は仄暗い、いや、薄明るいと言うべきか。

 だが、彼を驚かせたのは大きなガラス瓶の中に人が入っていることだった。瓶の中は水の様な液体に満たされている。瓶の中の人間は眠っているようである。

 その驚きは酷使した身体の疲労を忘れさせるほどだった。

「何なんだ、これは」

「ここはキモリの実験室。眠っているのは様々な種族の遺体を媒介としたホムンクルスという人造生命体」

 ルインの答えにウォルターは耳を疑うばかりだったが、彼女の言うことに嘘はない。それにキモリという男ならこのぐらいは平然とやってのけるだろう。

「こんなところがあるってことは、神すら手に及ばないわけか。それとも黙認しているのか」

「神なんかいない。いれば、私達が真っ先に救われるべきだった」

 ルインの言葉にウォルターは同情した。

 標本を照らす青い光りなんて始めて見る。一体どういう造りなのか。魔術なのだろうか。

「行こう。キモリはどうやらここにはいない。この先で待っているはずだ」

 ルインが促しウォルターは応じて彼女の後に従った。

 見たことの無い紐が幾つもガラス瓶に突き刺さり、瓶の中を極僅かに泡立てている。

「禁忌だ」

「ああ、この技術は現代に持ち込むべきではない」

 ウォルターが漏らすとルインが応じた。

 ガラス瓶の標本の間を抜けると、先に小さな扉があった。

「俺が開く」

「分かった」

 ウォルターは扉のノブを回し、そして開くと、躍り込んだ。

 凶刃が上から降って来た。

 ウォルターは剣を突き上げそいつの腹を貫いた。

 人間だったものだ。

 流れる血を見て、ウォルターは剣を振るい死体を投げ捨てた。

 壁に死体がぶつかり、骨がひしゃげる音がした。

「ほっほっほ、用心深いな、新たな実験台君。実にお見事じゃ。わしじゃよ」

 玉座の上に王冠を頭に抱いたキモリの姿があった。

「キモリ、お前を逃がすわけにはいかなくなったぜ。世界のために死ね!」

 ウォルターは駆けた。咆哮を上げて玉座に悠然と座るキモリと肉薄する。

 だが、剣を振るう直前、間に何者かが素早く割って入った。気付いたのは女だということだ。

「くそっ!」

 ウォルターは足と剣を止めた。

 女は小柄だが、手には長剣を持ち、真っ赤な眼光をこちらに向けていた。人で言えばまだ十代も半ば、少女ではないか。

「姫様!」

 ルインの声が轟く。

「こいつがアトレイシアか?」

 ウォルターの問いに応えたのはキモリだった。

「その通り、ヴァンパイア族の王族に連なる高貴で偉大なる血を引くお方、アトレイシア姫だ。そしてわしの未来の第一夫人でもある。弐号じゃよ」

 キモリの言葉にウォルターは虫唾が走る思いだった。ただただキモリが更に許せなくなった。

「弐号よ、新しい実験台君と遊んでおあげなさい」

「ええ、ドクターキモリ」

 アトレイシア姫は抑揚の無い声でそう言うと剣を薙いだ。

 凄まじい一撃をウォルターは剣越しに受け、弾き飛ばされた。

「姫様! アトレイシア! ルインです! お忘れですか!?」

「無駄じゃよ、壱号。お主のことなどもはや記憶には無い。代わりにあるのはわしのことだけじゃ。今や、わしの第一夫人は我が最強のボディーガードでもあるのじゃ。頼もしいのぉ」

「姫!」

 ルインが駆け寄ろうとするのをウォルターが手を掴んで引き止めた。

「説得して分かるような話しじゃねぇ、悪いが、やるしか道はない」

「放せ! アトレイシア姫!」

 ルインはウォルターの手を振り切って主人の元へ走った。

「姫、アトレイシア、ルインです、あなたの剣、ルインですよ!」

 と、アトレシアは剣を振りかぶった。

 ルインは甘んじて受けようとしている。

「アトレイシア、ルインです! 思い出して! 剣術の訓練を共にし、不味いシチューを作ったことだって、何だっていい、アトレイシア!」

「ルイン!」

 振り下ろされた剣をウォルターが辛うじて馳せ参じ、巨剣で受け止めた。だが、この姫の力は強い。片腕だけだというのにこちらの両肩がいかれてくる。

 ルインは尚もアトレイシアを説得し、キモリは嘲笑っていた。

 ここで姫さんを殺せばそれは俺達の負けなのかもしれない。

「エンチャント、風!」

 ウォルターは剣に風を宿した。

 刀身から吹き荒れる突風はアトレイシアを後方の壁にまで叩きつけた。

「ルイン、悪かった。姫さんを救おう」

 ウォルターが言うとルインは目を見開き深く頷いた。

「キモリの奴は余裕なようだ。何かある。お前は時間を稼いでくれ。奴は俺が始末する。それまで」

「それまでだな。分かった、お前を信じる!」

 ルインは駆けた。力を解放し、同じく立ち上がり、獣のような咆哮を上げる姫と打ち合った。

「キモリ」

 ウォルターはエンチャントを打ち消し、玉座に寛ぐ老人を見やった。

「何だね、素晴らしい素材君」

「年貢の納め時だ」

「ほう」

 ウォルターはキモリの直前まで歩んで行く。

 そして一瞬の間を置いて剣を振り下ろした。

 だが、予想通りだった。キモリの椅子の下から新手が飛び出してきた。

「参号、念願の出番じゃぞ」

 そいつは壮年の男であのシュガレフのような逞しい体躯をしていた。

「ゲンボルグ団長!?」

 ルインの声が聴こえた。

「くくくっ、そういう名前じゃったのぉ。まぁ、今は参号じゃ。わしの忠実なしもべ」

 ゲンボルグ団長は剛槍を手にし、咆哮を上げた。

「気を付けろ、団長は強い!」

 ルインが言った。

「なるべく早く終わらせる」

 ウォルターは剣を向け、ゲンボルグ団長に挑みかかった。

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