魔戦士ウォルター74
肌越しにぬくもりを感じる。ルインの手は汗に濡れていた。そして震えているのも分かる。
何がそんな彼女を緊張させ、追い詰めているのだろうか。
回廊に出ると、新たな敵が襲って来る。
「離れてろ」
ウォルターは突進し、敵とぶつかり合う。
巨剣が敵を分断し、血肉を巻き散らす。ウォルターは限界の限界まで力を出し切り、咆哮を上げた。
ふと、殲滅したと思っていた敵の屍の向こうに一つの人影が佇立していた。
「誰だ?」
ウォルターは息を喘がせ尋ねた。
「ルイン、また犠牲者を引き連れて来たのか。俺や今までお前に導かれ、結果、地獄へ行った多くの連中の仲間にそいつも加えようと言うのだな。罪深き女騎士よ」
「アーセム。すまなかった」
ルインが進み出て言った。
「良いのさ、おかげで俺はドクターキモリから新たな力を授かった。新たな連れ諸共お前を殺してくれよう」
「奴は?」
ウォルターが問うとルインは強張った表情で言った。
「お前の前に誘った勇者だ。だが、キモリの尖兵を前に敗れた。私のせいで彼は、彼らは、キモリに良いように改造されて」
「もういい」
ウォルターは息を一つ吸い、敵、アーセムに向かって言った。
「キモリの手下どもにやられちまうとは、お前さんとんだ雑魚だな」
ウォルターが言うとアーセムは眼光を赤く光らせ、凍るような咆哮を上げてウォルターの眼前に跳躍した。
「俺を雑魚だと!?」
鋭い刃を巨剣で受け止めウォルターは憎しみに沈んだ犠牲者を見て言った。
「そうだ。ルインの尻に敷かれていたかっただけだろう」
「貴様っ!」
剣と剣がぶつかり合った。アーセムの怒りは凄まじいもので、巨剣を軋ませた。
これが新しい力か。
だが!
アーセムの単調な攻撃を見抜いたウォルターは、押し返し、無言の咆哮を上げて、天井へ突き飛ばした。
「がっ!?」
アーセムが呻き、そして落ちてくる。
「アーセ……」
ルインが声を漏らす。
ウォルターは剣を薙ぎ、アーセムの胴を真っ二つにした。
「もう、お前の知っている奴じゃない」
ウォルターはそう言いルインを振り返らず歩んで行く。
前方に両開きの扉が見えたが、突如開け放たれ、敵が突っ込んで来た。
「ルインだ!」
「ドクターキモリの命令だ、奴を捕まえろ!」
こいつらも生前、ルインに選ばれた者達なのだろう。俺も斃れればこいつらの同輩になる。冗談じゃねぇな。
ウォルターはその場にとどまり、跳躍してくる者を叩き切り、突っ込んで来る者を薙ぎ払った。
無数の造られた命が散り、血と肉、断末魔が轟いた。
ウォルターは開いた扉を凝視し、敵が残っていないことを見ると、剣を突き立て、呼吸を整えた。
肉体はもう限界だ。だが、限界の限界まで戦ってやる。
嗚咽が聴こえた。
ルインが泣いていた。
「みんな私が招いた戦士達だった。こんなことになって本当にすまない」
ウォルターは懺悔の言葉を聴きつつ、休息を取り、少量でも体力と筋力の回復に努めた。
「行くぞ」
ルインの嗚咽が一段落したところでウォルターは声をかけた。
「待ってくれ、お前は怖くないのか? お前ほど強い勇者は初めてだ。だが、それでも身体はとおの昔に疲弊している。いつかキモリの尖兵共の歯牙に掛かるか、そして奴によって改造される。怖くないのか?」
「さぁな。疲れてそんなことまで頭が回らねぇ。ルイン、アンタは綺麗だ。お前が勇者と呼んだ奴らはそんなアンタに惚れちまったんだろうよ。身の丈に合わない依頼だってことにすら気付けなかった」
「お前はどうなんだ?」
ルインが尋ねて来た。
「俺には既に愛する人がいる。お前は綺麗で、真面目で良い奴だが、それだけだ。いくぞ、お前を思って死んでいった多くの仲間達の仇を取るんだ」
ウォルターが言うとルインは力強く頷いた。
「ああ! 行こう!」
二人は改めて扉を潜り、階段を上がろうとする。何事か待ち伏せでもあるかと思ったが静かなものだった。
無駄に体力を使わないのは良いが、返って不気味だな。
ウォルターは先を行く。ルインの軽やかな足音が続いていた。
新たな回廊に出ると、その先には大きな扉があった。
「ついに来た」
ルインが言った。
「この先にキモリが?」
「ああ、おそらくは」
ルインが先に歩んで行く。
「これは双子の扉という。左と右の壁に仕掛けの鍵がある。それを同時に押すんだ」
「双子の扉ねぇ」
見た目は今まで潜って来た扉と同じだった。だが、ルインの言う通り、壁に出っ張りがあった。
「ついにここまで来たか」
ルインが感慨深げに言った。
「出っ張りを同時に押すんだな?」
「ああ。右を頼む」
ウォルターは言われるがまま、右の出っ張りに手を置いた。
「いち、にの、さん」
ルインの声と同時に出っ張りを押し込む。
すると、この扉は見た目以上に分厚かったらしく、蝶番を軋ませ、ゆっくりゆっくり開いた。
「アアアッ」
人間の改造された敵が一人待ち受けていたが、ルインが斧を振るってその首を落とした。
ずっとここが突破されるまで待たされていたのか? 難儀だな。
ウォルターは死体を見てそう心の奥で呟いた。
ドクターキモリの忠実な兵と言うことだ。
俺もしくじればそうなる。
ルインが歩き出した。
「アトレイシア、今、お助けします」
前方に一際大きな扉があった。
ドクターキモリまで目と鼻の先か。
ウォルターは疲弊しきった身体に鞭を打ち、ルインの後に続いた。
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