魔戦士ウォルター43

 飲んで食べてぐっすり寝た後は、ついに現実との対面だった。

 さほど懐も温かくないこの状況で毛布だけは揃えた。カランとギャトレイが買い出しに向かったのだった。

 家の方は無事に借りることができた。

 土間に囲炉裏に部屋が二つ。二階には三部屋あった。

 ギャトレイが一階で寝ることになり、残りは二階になった。カランとベレは同室だ。

 ホブゴブリンは自分がウォルターの傭兵であることを頑なに力説し、万が一不審な輩が忍び込んでも撃退できるようにと一階を選んだのだ。

 薪は幸い家屋の裏手にあった。家の主もその分を加算しての金額だったので、使い放題だ。

 食料の心配はあった。が、ベレが釣りをすると言い、弓を肩にかけてカランは狩りに出ると言った。冬だ、実入りは少ないだろうし、凍える中二人だけに無理はさせられない。そう思っていると、ギャトレイがカランの狩りに同行すると申し出た。ファイアスパーはならばベレと共に釣り糸を垂らそうと言った。狩猟組はすぐに出立し、釣り組も準備を整えると出て行った。

 ウォルターは一人、取り残された。

 俺は何をする?

 ガランとした土間に立ち尽くし、しばし思案した。

 薪割か。

 だが、釈然としない。しなければならないことが他にあるはずだ。自分自身の心にそれが燻っている。

 思い出した。

 諦めていた野菜の種。

 実際のところ、価格は知らない。ウォルターはこの機に下調べに出ることにした。

 運よく行商が、あるいは農家がいれば良いが。種はいくらだろうか。

 人間の町、といっても、多種族が混在する中をウォルターは歩いて行く。

 毛皮を売る行商、珍品だと言い宝石やアクセサリーを売る者など、様々だ。しかし、野菜の種は置いてなかった。ここには無いのかもしれない。

 ウォルターは落胆し、足を進める。

 すると一際大きな家に着いた。

 番兵が二人、槍を手にして入り口の閉ざされた門扉の前で警護していた。番兵達の態度はしっかりしていた。腑抜けてはいなければ、あくびもしない。よほどここの長に人徳があるのかもしれない。

「お前、何か用か?」

 番兵の一人が尋ねた。

「いや、用って訳でもないが、この家は誰のもんだ?」

「ここは里長のアスゲルド殿の邸宅である」

 邸宅ねぇ。

 確かに大きいが、別段、煌びやかでも無い。そこらの家を大きくしただけだ。だが、見栄っ張りではなさそうだ。アスゲルド。覚えておこう。

「用が無いのなら失せろ、余所者」

 番兵が二人で睨んで来る。威圧的な目だが、ウォルターは動じない。だが、ここで喧嘩をしたところで無意味だ。こいつらが野菜の種を持っているならいざ知れず。

 里長宅からウォルターは去った。

 昼、薪割をしたが、誰も帰って来ない。

 四人とも昼食を持っていかなかった。なのでウォルターも腹は減ったが我慢した。空腹は嫌だが慣れてはいる。

 ひたむきに薪割を続けた。自前の斧は慣れていて良く切れた。

 夕暮れになっても四人は戻って来なかった。

 ウォルターは不安を覚えた。狩猟組が思ったよりも深いところまで行ってしまったか。釣りの方は成果が出ず、まだ頑張っているのかもしれない。手がかじかむ。だが、自分だけ火に当たっているわけにもいかず、ウォルターは薄暗い座敷の上に腰を下ろし、保存食が残っていることを考えていた。何とか糊口は凌げるだろう、今日明日は。だが、明後日からは財布が必要になる。

 昨日の酒場のことを思い出す。

 陽気にはしゃぐギャトレイ、上品に笑うカラン。肉を次々平らげるベレ、まるで上物のワインを飲むかのように板のついた色男ぶりを見せるファイアスパー。

 明日には明日の風が吹くか。風は吹いたか?

 すると扉が開かれ、ベレとファイアスパーが戻って来た。

「遅くまですまん」

 ウォルターはつい、詫びた。

「釣果だ」

 ベレが言い、籠を向ける。

 そこには三匹のイワナが入っていた。身も大きい。

「すまん、これだけだ」

 ベレが言うとファイアスパーが慰めた。

「ベレは頑張った。見事な成果じゃないか」

「ベレ、助かる」

 ウォルターが言うとベレはハッと目を見開き小さく頷いた。

「姉上とギャトレイは?」

 ベレが問う。

「それがまだだ」

 ウォルターも心配になりながら応じた。

「鷲になって少し見て来よう」

「視界は効くのか?」

 ウォルターが言うとファイアスパーは決まり悪く応じた。

「まぁ、少しならな。行ってくる」

 彼が外に出ようとしたときに、待ち侘びていた二人が現れた。

「よぉ、火も点けずに待ってたのか」

 ギャトレイはそう言うと背中から大きな肉の塊を下ろした。

「これは?」

「若い猪だ。カランさんの弓の腕前をお前達にも見せたかったぜ、狙った場所へ百発百中」

「でも、ギャトレイさんがいなければ、興奮した猪を抑えることはできませんでした」

 カランが言った。

「下処理はしてある。カランさんが慣れていて、俺も色々教わった」

 魚に肉が食える。上々だ。今日の風は幸運だった。

 それから肉を保存用にするために一部をカランとベレが処理し、ウォルターとギャトレイは火を起こしていた。今日も遅いとはいえ何があるか分からない。魔術を使わず、火打石で小さな炎を起こしていた。魔術に頼りきりだったウォルターよりもギャトレイの方が上手かった。

 ファイアスパーはダークエルフ姉妹に内緒で出て行った。

 二人のために酒場へミルクを買いに行ったのだ。

 薪が爆ぜ、大きくなった炎が座卓を囲む一同を赤々と照らし出している。骨付き肉と、魚が刺され、焼かれている。

「お前達が頑張ったのに、俺はただ町をふらついて、薪割をしただけだった」

 ウォルターは思わず申し訳なくも情けなくも思い言った。

「良いんだよ」

 ギャトレイが言った。

「町の感想はどうだった?」

 ファイアスパーが尋ねた。

「町長、いや里長の家まで行った。番兵が意外としっかりしていた」

 ウォルターは言った。

「追い返されたのか?」

 今度はベレが訊く。

「そういうわけじゃない」

 ウォルターは話を続けた。

「野菜の種を求めてさまよってた」

「ありそうか?」

 ギャトレイが問う。

「行商達は取り扱って無かった」

 ウォルターが言うと彼にとっては気まずい沈黙が訪れた。

「肉が焼けましたよ」

 土間へ行ってカランが言った。彼女なりに気を遣ったのかもしれない。

「里長に訊いてみたらどうだ?」

 そう言ったのはベレだった。

 何てこった。その通りじゃないか。俺は探すふりをして諦めていたんじゃないか。

「明日、挨拶に行ってくる。それで野菜の種のことを尋ねてみる」

 ウォルターはひとまず目標ができたことに安堵した。

 その後は、侘しい食卓だが、ギャトレイが狩りの合間に掘ったというジネンジョというすりおろすと粘々する根っこの話題で食卓に華が咲いた。

「おやすみ」

 二階へ上がってゆく四人をギャトレイが階段下で見送った。鞘に収まった剣を手にしている。

「ギャトレイさん、風邪をお召しにならないで下さいね」

 カランが言うとギャトレイはデレデレし始めた。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 各々部屋に分かれて、ウォルターは毛布を敷き、もう一枚をかぶって仰臥した。

 今日は良い風が吹いたが、明日は果たしてどうだろうか。

 イーシャ達はどうしているだろうか。ひもじい思いをしていなければ良いが。

 そうして彼はいつしか寝入ったのであった。

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