魔戦士ウォルター44

 他の仲間達が出て行った後、ウォルターは里長の家を訪れることにした。

 雲は厚くて黒い。雪が降り出す頃合いだろう。狩りも釣りも更に厳しくなる。金も無い。どう現状を打破するか、悩みは尽きなかった。

 ウォルターは腰に下げている短剣に触れた。斧一本で出番は大してなかったが、父オルスターが打った短剣だった。まるでお守りのようなそれを土産に里長と接触する。そう決めた。カランカランの破片を残しておけば上等な燻製肉もできただろう。それを土産にすれば良かったと思うが、売れてしまったものは仕方が無い。後の祭りだ。

 外套に身を包み、冷える午後を住人や商売人、治安警察、あるいは傭兵、多様な種族とすれ違って里長の家に辿り着く。

 門番はやはり二人、直立不動で立っていた。

「おい」

 ウォルターは声を掛けた。

「何だ、確かお前は昨日の。何の用だ?」

「里長に会わせてくれ」

「用件は?」

「野菜の種について知りたい」

「そんなくだらんことで取り次いでは我々の首が刎ねられる」

 そう言い門番は二人とも険しい視線を向けている。

「くだらないか?」

「ああ、くだらん」

「俺にとっては死活問題だとしても?」

 ウォルターは静かに凄んだ。

 門番二人が槍先を向ける。

「お前がどうだろうと関係ない」

「そうかい。里長の器量が知れるな」

 ウォルターはわざと挑発的に言った。

 門番二人は頷き合った。

「しっかりこの耳で聴いたぞ。里長を侮辱した罪により貴様を逮捕、投獄する」

 さて、こうなったわけだ。運は天のみぞ知る。

 ウォルターは斧を取り、突き出された槍を避けるや、相手の手甲に一撃を入れた。

「があっ!?」

 打たれた門番が声を上げる。鎧越しだが強烈な一撃だったらしい。槍を取り落としていた。

「貴様あっ!」

 もう一人が槍を頭上高く掲げ振り下ろす。ウォルターは槍を片手で掴んで引っ張った。槍はするりと門番の手から抜けた。

 槍を一瞥する。なかなかの上物だ。安泰している証拠だろう。

 うずくまる一人と、愕然とする一人を交互に見てウォルターは歩んだ。

 無手だ。それに迂闊に飛び掛れば本当に斬られる。門番二人もそう察したらしい。命懸けで門を守備するかと思ったがウォルターを目で追うだけだった。

 ウォルターは鉄の扉を叩く。

「里長殿にお会いしたい」

 ウォルターはそう言った。

 すると扉が開かれた。

 ウォルターを凌駕する背丈の人間が立っていた。女だった。

「お前達、これはどういうことだい?」

 女は年は三十五ぐらいだろうか。重装に身を包み、これからオーガーの里にでも単独で戦争に行くかのようにも見える。それだけ迫力ある女が目を不審げに門番二人を見る。

「ビアンカ隊長、申し訳ありません、この者、なかなかの手練れで」

 門番の一人が言う。

「ふむ」

 ビアンカと呼ばれた女はウォルターを睨んだ。上から下まで。その目には探りがあるのを感じた。ただ見ているだけではない。

「アンタ、傭兵だね?」

「そんな時もあったな」

 ウォルターが答えるとビアンカは次いで尋ねた。

「里長に会いたいそうだけど、その理由は?」

「野菜の種についてだ。アンタの部下共には一蹴されたが、俺にとっては死活問題だ。種があるのかだけ知りたい。あるなら買うかもしれない」

「ふーん。私の部下は仕事を果たしたわけだ」

 ウォルターは女から殺気を感じ、後方に飛び退いた。

 斧が振り下ろされた。

 凄まじい烈風の音を聴いた。

「アンタならあるいはと思ったけど、やるじゃない。久々に血が熱くなってきたわ」

 ビアンカはノシノシと歩み出す。表情は不敵だが言葉通り嬉しそうだった。

 板金鎧に身を包んだ巨大な女隊長は名乗った。

「我が名はビアンカ。この里のキングオブ門番と呼ばれている!」

 するとビアンカは顎をしゃくった。ウォルターに名乗れと言うのだ。

「俺の名はウォルター。ただの商人だ」

「ウォルターって、あの狼牙?」

「ああ」

 するとビアンカは大笑いした。

「良いね、アンタの評判は物凄く悪いよ。けど、アタシはアンタのことが気に入っていた。常に弱い方に着く。こんな痛快な話は無いね。正義の味方さん、まさかアタシより年下だとは思わなかったよ。さて、狼牙、里長に会うにはこのキングオブ門番、ビアンカ様を倒すんだね。腕の一本や二本、お互い覚悟の上だろう?」

 ウォルターは頷いた。だが、板金鎧に包まれた相手の腕を斧で斬り落とすのは彼の膂力でも難しい。

 ウォルターは斧を振り回した。

 重たい風を孕んでいる。いつの間にかできたギャラリーが固唾を飲んで見守っている。騒ぎ立てる者は誰もいない。それだけビアンカが恐ろしいのだろう。

 斧を止め、駆けた。

 刃と刃がぶつかり合う。

 二人は競り合った。

 何て女だ、これだけの剛力、トロール並ではないか。

 ウォルターは己の非力を感じ、離れた。

「力の違いってのが分かったようだね。どうする、命乞いでもするかい?」

 その問いにウォルターは答えない。どうする、どこを狙う。全身鎧尽くめのこの女の。

 唯一の弱点は頭だ。首は鎧の襟が守っている。頭を一刀両断するしか無い。荒事は起こしたくなかったが、やるしかない。

 魔術は駄目だ。これは神聖な一騎討ち。それも斧対斧の。

「命乞いはしない。お前を殺して里長に会おう」

 ウォルターは答えると再び駆けた。

 一つ確かなことがある。こいつは動いて来ない。鎧のせいで動きが制限されている。だったら駆けて振るって、隙を生じさせる。

 ウォルターは俊敏に斧を薙ぎ払う。

 ビアンカは受け止め、押し返す。そしてウォルター目掛けて斧を振り下ろした。

 刃は地を穿った。門扉が揺れ、見物人達が思わず短い恐ろし気な声を上げていた。

 一撃でも受ければ骨ごと断たれるだろう。

 外套を翻し、ウォルターは、左右に動いて距離を詰めた。

 ビアンカは待っている。

 やはり動かない。こいつも自分の弱点に気付いているな。

 ウォルターは斧を振るい、ビアンカの物とぶつけ合う。

 連撃だ。狂ったように、嵐のように、猛打した。

 ビアンカは笑いながらついてくる。

 全て受け止められ、ウォルターは一瞬目を反らした。

 絶対的な油断に凶刃が振るわれた。

 だが、斬ったのはウォルターの残像だった。ウォルターは跳んで屈み、下からビアンカの顎目掛けて斧の刃を突き付けた。

「くっ!?」

 度肝を抜かれたとばかりに目を丸くしビアンカが声を上げる。

 だが、ウォルターはそのまま動かなかった。

「アンタなら分かるだろう? 今ので死んだってことが」

 ウォルターが言うと、拍手が一つ鳴り響いた。

 見物人ではない。家の入り口から戦士風の男が歩んで来る。

 ウォルターは斧を下ろし、そいつが何者か見定めた。

 傭兵か?

「うちのキングオブ門番を破るとはやるな。初めまして狼牙の魔戦士。用件を聴こうか」

 相手は微笑んでそう言った。

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