魔戦士ウォルター45
「俺はアスゲルドだ。お探しの里長だ」
アスゲルドは胴鎧を身に着け、下半身は動きやすそうだった。長剣が二本左右の腰に提げられている。歳は四十だろうか。まだまだ精悍な顔つきである。ウォルターはこいつを相手にするのは命懸けだろうなと感じた。
「ごめん、アスゲルド、負けちゃったよ」
ビアンカが言った。
「狼牙が相手じゃ仕方が無い。まぁ、中に入れ。話を聴こうじゃないか」
アスゲルドに促され、ウォルターは家の中へと通された。
外観同様、何ら煌びやかでも無い内装だった。ただ、暖炉があった。煙突もあるということだろう。少しは羽振りが良いらしい。
暖炉の前に椅子を置かれ、ウォルターはアスゲルドと対座した。
キングオブ門番のビアンカは立って二人の様子を見ていた。
「それで、俺に何の用だ?」
「野菜の種を探している」
「ふむ、傭兵を止めて百姓になるつもりか?」
「まぁ、そんな感じだ」
間違ってはいない。
アスゲルドの目は穏やかだが鋭い。嘘を見抜けるだろう。あるいはだからこそ信頼できる人物だとウォルターは思い、短剣を差し出した。
「これは?」
「アンタへの土産だ」
「ほう」
アスゲルドはオルスター作の短剣を眺め、鞘から抜いて刃から柄まで眺めた。
「名工の作だな。こんな素晴らしいものを本当に良いのか?」
「持ち合わせはそれしかない」
「暮らしに困窮しているのか? ならば、これを売って銭に変えればよかったんじゃないか」
「考えもしなかった。そいつは俺のお守りみたいなものだったからな。アンタなら良い持ち主になれるだろう。受け取ってくれ」
ウォルターが言うとアスゲルドは頷いた。
「それで、生活はできているのか? いや、できていないから種を」
「ああ。話が早くて助かる。場所は濁すが仲間達が今頃開墾に励んでいるだろう。それに見合った種を俺は持ち帰らねばならない」
「種なら売ってやることもできる。馬で二十分ほどだが農地へ案内しよう。そこからは百姓衆との交渉はお前次第だ」
「ありがたい」
ウォルターは一息吐いた。
「農場に行くのかい?」
ビアンカがアスゲルドに尋ねた。
「ああ。留守を頼む」
「分かったよ」
ビアンカがうなずく。
アスゲルドと共に外へ出る。少しして馬が用意された。逞しいメスの馬だった。よく育っている。ここは本当に恵まれた土地だな。
「こうなるまでは大変だった」
馬を歩ませながら屋敷の裏手へ回る。北向きの裏口には番兵が五人守備に着いていた。
「里長、農場へ行かれるんですかい?」
「ああ。彼と共にな。留守はビアンカに預けた。オーガーどもがここを狙っているという噂を聴いた。もし有事の際は加勢に出てくれ」
「はっ!」
門扉が開けられ、二人は再び馬を進ませる。
「ここには何もなかった。俺は傭兵達を集めて木を切り、家を建て、そして畑を耕した。その間にも数えきれないほどの戦があった。犠牲になった連中も多かったが、今はこの通り、立派に発展している。だからウォルター、お前の気持ちも何となくだが分かる気がする。俺達も種を求めて東奔西走した。農業の、のの字も知らない傭兵達だったからな。苦労した」
ウォルターは黙ってアスゲルドの話に耳を傾けた。
外敵に狙われながらも良く追い返したのは、アスゲルドの指揮と傭兵達のまとまりがあったからだろう。
ウォルターはアスゲルドを尊敬した。
だが、そこでウォルターとアスゲルドは馬を止めた。
背後から馬蹄が響いてくる。
「何かあったな」
アスゲルドが言った。
「里長! オーガーだ! オーガーが攻めて来た!」
馬を飛ばしてきたのは住人と思われる兵士だった。
「里には入れてないか?」
「ええ、ビアンカ様の指揮で外で対峙しようとしてます」
「ウォルター、悪いが戻るぞ」
「手伝うか?」
ウォルターは申し出た。恩を売るつもりではない。自分が同じ境地だとしたらと考えたのである。
「同情してくれるか。魔戦士の力を借りよう。頼む」
アスゲルドが言い、馬はもと来た道を駆け抜けた。
里が殺気に包まれていた。
行商らは顔を青くし、住人達は逞しく老人も女も手に手に立派な武器を持っていた。
「アスゲルド!」
熱い声がそこら中から掛けられた。
東門で対峙中だと言う。
「お前達はもしものために西と北の門へ詰めていてくれ」
アスゲルドの指示に老人と女達は頷いて、老人の一人が指示を出した。
アスゲルドの人望は凄いものだ。ウォルターは恐れ入った。古城では女王の伴侶としての役目もある。人徳が無ければいけない。
「行こう、ウォルター」
二人は東門へ急いだ。
オーガーの鬨の声が聴こえる。
「開門!」
アスゲルドが呼ぶと、武装した民兵が門を開け、アスゲルドとウォルターを通すと閉めた。
馬上だからよく分かる。
オーガーは五十人近くはいるだろう。その点々とした頭を眺め、ウォルターは思った。
「戦って良いんだな?」
「ああ」
「だったら先手必勝ってやつだ! 轟雷よ、我が敵を撃ち貫け!」
ウォルターは斧を掲げて叫んだ。
すると曇り空の中に稲妻が走り、太い雷撃の支柱が幾つもオーガー達に降り注いだ。
ウォルターは目の前がぼんやりとしていた。
ちっ、魔力切れか。ダウンするにはまだ早い。
「突撃せよ!」
アスゲルドが声を上げた。
その指示に従い傭兵、いや、武装した元傭兵の民兵達は無惨にも稲妻に焼かれ、あっという間に数を減らした敵目掛けて襲い掛かった。
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