魔戦士ウォルター46

 半数以下に減ったオーガーだが、その気性までは削がれなかったらしい、咆哮を上げて肉薄する人間達とぶつかった。

 ウォルターは馬上でその様子を見ていた。こちらは二百はいるだろう。だが、戦闘民族オーガーだ。油断はできない。

 こうなると魔術を撃つことはできない。いや、そうでなくとも今のウォルターには無理だった。先ほどのは全力で撃った一発だった。目が霞み、喧騒が靄のかかったように遠くに聴こえる。

 長身のビアンカが大薙ぎの斧でオーガーの首を討ち取ったのを見た。

 隣でアスゲルドが何か言ったが、ウォルターはそちらに顔を向けても、相手の声が耳に入って来なかった。魔力回復薬は無い。あのビアンカのように俺も戦いに加わりたかったが……。

「アスゲルド、少し休ませてもらうぜ……」

 相手の目を見開いた顔が写りそしてウォルターは暗闇の中へと落ちて行った。

 次に彼が目を覚ましたのは囲炉裏の前だった。

 ここはどこだ?

「ウォルターさん」

 呼ばれて振り向けばカランが土間で大根を洗っていた。

「カラン?」

 ああそうか、この家を借りたのだった。

 最後の記憶、誰だコイツは? いや、確かアスゲルドといったな。そいつの顔が思い浮かぶ。双剣を手に目を見開いている。

「お腹は空いてませんか?」

「あ、ああ。今何時だ?」

「五時半です」

「俺は一体?」

「それが大きな人間の女性の方がウォルターさんを抱えていらっしゃったのです。戦いがあったようですね」

「そうだ。ああ、勝ったのか」

「そのようです」

 ウォルターは一息吐いた。

 あれほど張り切って惜しみなく魔術を放ったのはいつ振りだろうか。オーガーが憎かったからか? いいや、違うな。この冬だけでも俺達はここの住人だ。敵に蹂躙されるわけにはいかなかった。

「大女は何か言ってたか?」

「明日、来るようにとだけ」

「分かった」

 種のことを思い出す。もう少し良いカッコしておけば良かったかもしれないな。だが、アスゲルドの俺への心象は悪くはなかったようにも思う。

「狼牙!」

 扉が開き、ギャトレイとベレ、ファイアスパーが入って来た。

「気絶するほど魔術を使ったらしいな。オーガーだぞ、ここの兵が練達していたから良かったものの、たかだか二百、三百なら二十五人もオーガーがいれば十分だ」

 ギャトレイはウォルターを少し責めているようだ。

「気付けば撃ってた。悪いな、気を付ける」

 ウォルターは言うと、未だに意識が朦朧とするのを感じた。

「ウォルター、手を」

 ファイアスパーが言い、ウォルターの左手を握った。

「私の魔力を分けてやろう。トランスファー」

 ウォルターは途端に疲労の様な気持ち悪さが失せるのを感じた。

「悪いな」

「仲間だろう。さぁ、ベレが大きな魚を釣り上げた」

 ウォルターがベレを見ると、ダークエルフの少女は籠の中を見せた。見事なマスが入っていた。

「よく釣り上げたな」

 ウォルターが言うとベレは頷いた。

「苦労した。あの川の主かもしれないと思ったが、まだまだだ」

 そうして夕食となる。

 狩りの成果は無かったが、昨日の肉がある。

 あとはカランが住人から厚意でもらった大根を煮ている。

 仲間で食卓を囲むのは良いものだ。まるで家族の様だ。

 ウォルターはそう思い、イーシャへの思いを馳せる。卵は生まれただろうか。そこで思い出す。アスゲルドが百姓衆との交渉を提案したことだ。この里には畑がある。

「みんな、聴いてくれ」

 ウォルターが言うと、全員が手を休めこちらを見た。

「この里には畑がある。種ももしかすれば買えるかもしれない」

 そこまで言い、苦渋の決断を下すことになることを悟った。

「だが、種の値段は分からない」

 するとカランが言った。

「今あるお金で有りっ丈の種を買うべきですよ、ウォルターさん」

 ベレも頷く。

「金なら私のも使ってくれ。今や私の財布は共有財産だ」

 ファイアスパーが財布をウォルターに渡した。

「良いのか?」

 ウォルターは歓迎されることを嬉しくは思ったが、皆が今後の暮らしについて心配していないのか疑問だった。

「狼牙、俺達なら大丈夫だ。明日、種を買えるだけ買って来い」

 ギャトレイが言った。

 全員の顔に異論が無いことを見ると、ウォルターは頷いた。

「悪いな」

 そうして和やかな食卓は続く。

 共同で食器を洗い、それぞれ部屋に行って寝ようとするときにウォルターはファイアスパーに声を掛けられた。

「何だ?」

 すると相手は真紅の外套を脱いだ。

「早く故郷へ種を届けたいだろう? 行って戻って来る間に雪が降るだろう。そうなると馬では無理だ。だからこれで空を行け」

 鷲になれということだった。

 しかし、これはファイアスパーの代名詞のような物だ。そこまで信頼されているのが嬉しかったが、軽々しく借りて良いものだろうか。だが、春の前に種を届けることができるのはありがたい。その上、イーシャと会える。城の連中とも。彼らが心配でもあった。

「本当に借りて良いのか?」

「ああ。また戻って来てくれるんだろう?」

「そうだな。カランとベレを送り届けなければならない」

「そういうことさ。そうじゃなくとも信頼はしている。明日、種を手に入れたらすぐに発つと良い。皆には私から言っておく」

 ファイアスパーの言葉にウォルターは頷いた。

 種を手に入れ、一度古城へ戻る。

 今晩眠れるか分からぬほどの高揚を感じた。

「おやすみ、ウォルター」

「ああ、おやすみ」

 相手が部屋へと引き上げる。

 ウォルターはこの縁に感謝した。ファイアスパーとのこともあるが、ギャトレイ、カラン、ベレとの絆も感じた。だからイーシャと少し過ごしたら必ずここへ戻って来る。そう改めて思い、自室へ入ったのだった。

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