魔戦士ウォルター47

 正直ウォルターは緊張していた。

 いや、武者震いというやつだろうか。心が落ち着かない。

 それもそうだ、種は目前、そしたら自分は一度古城へと戻ることになる。今の旅の仲間達も愛している。だからすぐに戻ってくるつもりだ。そうして厳しくひもじい冬を共に過ごすつもりだ。

 里の北門を昨日の馬に跨り、アスゲルドと並行して進んで行く。

 アスゲルドはウォルターを歓迎した。キングオブ門番のビアンカもただの門番達も。

 ウォルターの一発が決定打だった。犠牲も無く里を守れた。と、アスゲルドは喜んでいた。

「種だが、どれほど欲しいのだ?」

「買えるだけは欲しい」

 アスゲルドの問いにウォルターは応じる。開拓の先駆者でもあるアスゲルドをウォルターは尊敬していた。ビアンカの様な勇猛な女性に信頼され、町の人々も希望を見るかのような目でアスゲルドを見ている。

「懐具合は?」

「良くはないな」

 ウォルターの心配はそこだった。野菜などの作物の種はどれぐらいの値がするのか。古城の仲間達を食わせていけるだけの量になるのか。武者震いの中にある緊張はこれだろう。

 整えられた道をゆっくり行くと、右手に大きな広地が見えた。

「あれが畑か?」

 ウォルターは驚いた。まるで先が見えない。地平の果てまで続いていそうなほどの大きさだった。

 歩んで行くと正面に小屋の群れが見える。まるでちょっとした村の様だ。

「百姓衆の家だ」

 番兵が二人出迎えた。

「里長、おはようございます」

「おう、おはようさん。通してもらうぜ」

「はい」

 番兵達は道を空けた。

 女達が洗濯物を干し、子供達が駆け回る。二人は馬を番兵に預けていた。徒歩で行く中でもアスゲルドは歓迎されていた。

 そうして、家屋の前を進んで行くと、前方で剣を振るう者の姿があった。

「ロベルト」

 アスゲルドが呼ぶと相手は手を止めてこちらを見た。

「アスゲルド。昨日は気付かないうちに戦が終わっていたようで参戦できなかった悪いな」

「いいや、犠牲も無くて良かった。今、良いか?」

「ああ。そっちは客人か?」

「その通りだ。昨日の戦いの一番の功を掴んだ男だ」

 アスゲルドが言うと、壮年の身体付きの良いロベルトという男は口ひげを揺らして笑った。

「そいつは凄い。オーガーが相手だったそうじゃないか。お客人、その斧で百人斬りでもしたのかい?」

 ウォルターはびくりとした。斧は外套の下に隠れていたのだ。それをロベルトは見抜いている。

「違う。斧も随一だろうが、彼は魔術師だ」

「何だって? 本当なら見て見たかった」

 ロベルトが言うと今度はアスゲルドが笑う。そして言った。

「作物の種はあるか?」

「ああ、倉庫に例年通り」

「山ほどか」

 アスゲルドは頷くとウォルターを振り返った。

「どれぐらい必要だ?」

 持てるだけ。そう答えようとして、大鷲に姿を変えた自分がどれほど持って行けるか想像がつかなかった。

「その前に値段は幾らだ?」

 ウォルターが問うとロベルトが応じた。

「英雄様から金を取ろうとは思わん。種なら言葉通り腐るほどある。必要なだけ分けてやるよ」

 ロベルトが言った。

「良いのか?」

「そういうことだ」

 アスゲルドが微笑んでウォルターの右肩を叩いた。

 ロベルトの案内で奥に進むと大きな家屋が並んでいた。

「これが倉庫だ。どんな作物が欲しい」

 そう問われ、ウォルターは悩んだ。

「じゃ、じゃがいもとか」

 おずおずと口にした。

「迷っているな? 畑はどのぐらいの大きさなんだ?」

「それが分からん。開拓はしているとは思うのだが」

「そうかい。必要な分往復すりゃ良いさ」

 ロベルトが言った。

 程なくして頭陀袋二つにじゃがいもの種いもと、にんじんの種がめいいっぱい詰め込まれていた。それを見るのは赤い大鷲に姿を変えたウォルターだった。

「すごいな」

 ロベルトは真紅の外套の力で変化したウォルターを見て言った。

「すごいが、運べるのはそれで精一杯だろう」

 アスゲルドが言った。

 ウォルターは変化を解いた。強く念じると解けるようだ。一つ思ったことがあった。ハーピィ達なら空を飛べる。

「一度故郷へ戻った後、仲間を連れてきていいか? ハーピィ族だ。俺と同じようにして種を運ぶ様にしたい」

「良いぞ、何往復でもしてくれ」

 ロベルトは気前よく言ってくれた。

「助かる」

 ウォルターはそう言い、安堵していた。そうしてようやく武者震いを取り戻す。

 俺達の新しい故郷が発展する。

 どこか眩しさを感じる。ああ、そうか、これが希望ってやつか。

「頑張れよ、ウォルター」

 アスゲルドが激励し、ウォルターは頷いた。そうして言った。

「鷲になれ」

 すると意識が裏返るような奇妙な感覚が起き、自分の手は真紅の翼になっていた。

 アスゲルドとロベルトがウォルターの逞しく鋭い爪のある猛禽の脚に袋を括りつけた。

 また戻って来る。

 そう声を出したつもりだが、出たのはただの息だった。

 ウォルターは翼を動かす。足が地面を離れる。荷物はこの身体では重かった。

「おお、浮いた」

 ロベルトが驚きの声を上げる。

「無事にな。また戻って来いよ」

 アスゲルドが言った。

 ウォルターは空高く舞い上がり、羽ばたいた。

 こうして寒空の下を一羽の大鷲が飛ぶことになったのだった。

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