魔戦士ウォルター59

 街道が穏やかな朝の光りで照らされる。

 ウォルターとギャトレイはもう兜をかぶってはいない。命知らずな賞金稼ぎや追っ手を懸念し二人は森の中に潜んでいた。

 ブリー族の里の方面から旅人が二人歩んで来る。

 静かな街道にその声は良く聞こえた。

「まったく、ドラゴンの死骸を独り占めなんて、ブリー族を俺は見損なったぜ」

「ああ、その通りだ。ドラゴンを討ったのは自分達じゃ無いくせに、我が物顔で自慢しやがって、腹立たしい。調子の良い忌まわしき小人よ」

 ドラゴンの亡骸の所有権はブリー族が握ったらしい。それは仕方の無いことだ。奴らの里での出来事であり、ドラゴンの亡骸をウォルター達でも持ち運ぶことはできなかった。ドラゴンから取れる鱗などの素材は高級品だ。忌まわしき小人どもは、何もしていないドラゴンを脅威と捉えた。事の元凶はこいつらであり、一番得をしたのもこいつらだ。とはいっても、家屋は倒壊し、大勢のブリー族が昨夜は死んだ。神がいるならそのことに情けをかけたのだろうか。気に入らない。

 馬と馬車が歩んで来る。

 馬には真紅の外套を纏ったファイアスパーが乗り、馬車はカランが操っていた。

「狼牙」

「ああ」

 ギャトレイと共にウォルターは森から歩み出た。

「二人ともここにいたか」

 ファイアスパーが言った。

 ウォルターはカランを見ると、彼女は小さく頷いた。昨夜の殺戮劇が誰の手によって行われたのか察したらしい。

「ウォルター、ギャトレイ」

 ベレが御者席に出て来た。

「ありがとう」

 彼女はそう言った。

 ウォルターとギャトレイはただ頷いて応じた。

「さぁ、出発だ」

 ファイアスパーが言った。

 ウォルターは馬に乗り、ギャトレイが御者席乗ったが、カランが馬の操り方のコツを教えて欲しいと言ったので、二人並んで話しながら手綱を操っていた。

 ベレは幌の中だ。暗い思い出も人生には付き纏うが、まだ少女の彼女には苛んで欲しくは無かった。自分が無力だったんじゃない。俺達大人が無力だったんだ。

 ウォルターはそう思っていた。

「ベレ、馬に乗らないか? 操り方を覚えて置くと色々便利だぞ」

 ウォルターが声を掛けると、ベレは少し迷った様子を見せた後、荷台から飛び降りて来た。

 ウォルターは馬から下りた。

 ベレは鐙に足を掛けることに苦労していた。小さいから仕方が無い。ウォルターは抱き上げて鞍に彼女を乗せた。

 ウォルターはベレに馬の操り方を教えながら歩んだ。

「なぁ、ウォルター」

「どうした?」

「この馬に名前は付けないのか?」

 それは失念していた。アスゲルドから貰った大切な馬だ。今後も死ぬまで共にあるだろう。名前があっても良いかもしれない。

「名付け親になってみるか?」

「良いのか?」

「ああ。俺には案が無い」

 ウォルターが応じるとベレはしばし考えこみ、言った。

「ペケなんてどうだ?」

「お前が良いなら俺は賛成だ」

 ウォルターが言うとベレは振り返った。

「姉上、この馬の名前、ペケで良いと思うか?」

「可愛らしくて素敵な名前じゃない」

 カランが賛成する。

「良い名前を貰ったな、その馬は」

 ギャトレイが続いた。

「よおし、ペケ! 駆けよう!」

 ベレは馬腹を蹴り、ペケは疾走した。念のためか、鷲になったファイアスパーがその後を追って行く。

 これからは馬はベレに任せても良いかもしれない。

 昼食を取り、足を進める。四時には新たな里の入り口を示す矢印の看板が見えた。

 オークの里だ。

 武人気質だが、争いには自信のある種族である。先の失敗から学んで内情を知ってから入るべきかウォルターが問おうとしたが、ベレに嫌な思い出を思い出させてしまいそうで口に出せず、門番の許可をもらって里に入った。

 ウォルターの心配を余所に厩舎にペケと馬車達を預けるときにベレは管理人に言った。

「ペケをよろしく頼む」

 ウォルターはアスゲルドのおかげで潤った財布を出し彼女に支払いを任せた。

「任せておけ」

 管理人のオークは微笑んでそう応じた。

 ここはずっと以前の悲惨なことになってしまったオークの里よりも規模が大きく、異種族の行商も多数出入りしていた。

 治安の良い里なのだろう。少し息抜きもできるかもしれない。俺も、仲間達も。

 最近だと五時半になっても外は明るい。宿を決めたウォルターは全員にお金を渡し、自由に行動するように言った。

 カランとベレにはギャトレイが付き、ファイアスパーは用があると言ってそれぞれ宿の前で解散した。

 この久々の空気は何だろうか。俺は予想以上に気を張っていたというのだろうか。だとすれば仲間達もそうだ。

 ウォルターは自分で言っておきながらどう行動すべきか考えつかなかった。

 だが、せっかくの機会だ。とりあえず里を回ろうと決めた。

 行商から魔法力の回復薬を二つ買う。そのままブラついていると、鬨の声が聴こえた。と、言っても幼い声だった。

 ウォルターが歩んで行くと、そこは武術の私塾らしく、オークの子供達が師であるオークの指示に従い、斧を振るっていた。

 同じ斧を使う者としてウォルターは幼いながらも訓練の成果が行き届いている様子に圧倒され、微笑んでいた。

 さすがはオークと言ったところか。

 ウォルターは踵を返し歩み出した。

 今度は鉄を打つ音が聴こえて来た。

 十中八九、鍛冶屋だろう。

 武芸者として、鍛冶屋の息子としてその音を聴き、上質な音色に誘われるまま歩みを進めた。

 大きな工房だった。炉が五つもある。ドワーフ並だろうか。

「何か御用かな?」

 一人の白い顎ひげを垂らした老オークが尋ねて来た。

「いや、冷やかしに来ただけだ」

 ウォルターが言うと老オークは野太い声で豪快に笑った。

「お前さんも武芸者だな。どうだ、ワシに得物を見せてくれないか?」

 ウォルターはそう言われ、斧を外套の下から取り出した。

 老オークは受け取るとしげしげと眺め、やがて唸った。

「手入れは完璧だ。だが、この斧自体が業物だな。ドワーフ製か?」

「ああ」

 ウォルターが頷くと相手は斧を返した。

「やはり鍛冶ではドワーフには及ばんな。ではな、さすらい人。良い物を見せてもらった」

 ウォルターは宿に戻った。夕闇が支配するころ、酒場へ赴き、オークと旅人達でいっぱいの「オーク屋敷」で仲間達と卓を囲んだ。

 料理は素材の味を楽しめとばかりに豪快な物が多かったが、美味しかった。

 ふとウォルターは気付いた。対座するカランとベレの髪にカランは青、ベレは黄色の髪飾りをしている。

 ギャトレイだな。カランにプレゼントし、ベレはついでだろう。いや、もしかすればドラゴンの一件を引きずらないように気を利かせてベレにもプレゼントしたのかもしれない。

 ファイアスパーは麦酒を五杯目に挑んでいた。見た目よりも良く飲む。

 平和だ。全員、今日を楽しんでくれたようだ。

 ウォルターは心から安堵したのだった。

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