魔戦士ウォルター58

 ドラゴンが仰け反り、背中から倒れる。

 重々しい音だけが木霊し、大地を揺るがせた。

「ハハハ、見たか、これがドラゴンキラーの実力よ!」

 後方から歩み寄って来たのはトロールのタスケンとその仲間総勢三十人だった。

「ドラゴン!?」

 ベレが倒れたドラゴンに駆け寄り、頬を叩くがドラゴンは二度と声を発することは無かった。

「おう、オメェら、このタスケン様がドラゴンを退治したって触れ回って来い! もう安心して高いびきをかけるってな」

 タスケンは大笑いした。

 ウォルターは身体がゾクりと反応するのを聴いた。憎悪が膨れあがる。こんなふざけた結末ではなかった。

「よくも、ドラゴンを殺したな!」

 ベレがいつの間にか弓矢を構え、タスケン目掛けて迷いなく放った。

 だが、驚くタスケンの前にギャトレイが割り込みその肩に矢を受けた。

「ギャトレイ!?」

 ベレが驚きの声を上げた。

「ギャトレイさん!」

「カランさん、俺よりもベレを!」

 ベレはタスケンと睨みあっていた。

「ダークエルフの小娘が、この恩知らずめ!」

 ベレが何かを言いかけた時にカランが妹を抱きしめた。

「ベレ、行きましょう」

 ベレは泣いた。声を上げて、怨嗟の声を上げて、ドラゴンを傷つけその命を奪った者達を罵った。少女の声からは決して聴きたくない憎しみの声にウォルターは胸が痛んだ。

「おお、本当だドラゴンが退治されてるぞ!」

「英雄タスケン、万歳! 里の救い主、ドラゴンキラーに栄光あれ!」

 逃れていた小人のブリー族達がそう言い、里に戻り集った。

「行こう、ウォルター」

 ファイアスパーに言われ、その目を見てウォルターは頷いた。

 幸い宿泊している宿は無事だったので、そこに泊まることになった。ベレはカランすら部屋に入れなかった。

「ギャトレイさん」

 カランが不安気にホブゴブリンの傭兵の名を口にした。

「カランさん、残念ですが放って置くしかありません」

 ギャトレイはそう言った。

「それだけベレは不条理に傷ついている」

「選択を誤った」

 ウォルターは悔いていた。

「ドラゴンのことは聞いていたんだ。関わり合いにならないように素通りすべきだった」

 ウォルターが続けて言うと、カランはかぶりを振り、再び扉を叩いてベレの名を呼び始めた。

 夜になった。ベレは出て来なかった。カランも食事を取らず、ずっと扉越しにベレを気遣い座り込んでいる。

 ウォルターは兜をかぶり、バイザーを下ろした。鎧を身に着け外套を纏い、階段へ向かう。

 そこには同じく鉄兜のバイザーで顔を隠したギャトレイがいた。

「ファイアスパー、少しの間頼むぜ」

 ギャトレイが言うと真紅の外套を纏った魔術師は頷いた。

 ウォルターとギャトレイは出発した。

 と、言っても距離は無い。戦場は目と鼻の先だ。ドラゴンの遺骸の周りに奴らはいた。

 煌々と照らされた高潔なる亡骸は、篝火に囲まれ、トロールのタスケン一行の自慢の見世物として、まるでアートのように展示されているかのようだった。

 タスケンらは運ばれてきた料理を食らい、酒を呷っていた。

「邪魔するぜ」

 ウォルターはそう言うと斧を振り下ろした。

 酒を呷っていた男の首が落ちた。

 途端にタスケン一行が酔いが醒めたように立ち上がった。

「何だ、テメェらは!?」

 タスケンが声を上げる。

「こういう者だ」

 ギャトレイはスタスタと手近の戦士のもとへ歩み寄り、戸惑い気味の相手に向かって剣を走らせた。首がまた一つ落ちた。

「な、何だってんだ!? 俺達を誰だと思ってやがる! やっちまえ!」

 タスケンが声を上げるや、人数で勝っていることに、気を良くしている戦士共が楽しむかのように各々得物を抜いて、笑みを浮かべた。

 ウォルターは駆けた、ギャトレイも同時だ。

 左右に分かれ、得物を振るう。

 斧が剣を持つ手を分断し、悲鳴を上げる顔を半分に吹き飛ばす。

 ウォルターの復讐の斧は止まることを知らないようだった。

 怒りが、憎悪が、彼の心を欲として支配している。それに身を任せるがままにウォルターは武器を振るい次々タスケン一行を殺戮していった。

 最後の一人が終わったのはギャトレイと同時だった。

 タスケンは泡を食っていた。トロール族の大きな身体は固まったままだった。

「お、お前ら、ドラゴンの死体を奪い取ろうって算段だな!?」

 タスケンは槍を振り回し、視線を彷徨わせ、二人を見た。

「そんなケチなコソ泥とは違う。俺達は復讐者だ」

 ギャトレイがバイザーの下で言い、ウォルターは斧を振り上げる。

「うわっ!?」

 ウォルターの一撃を槍で受け止め、タスケンは声を漏らした。

 だが、相手がウォルターだけでギャトレイが行儀よく見ているだけだと悟ったらしく、一対一ならばと思ったのか、自信を取り戻したらしく、笑みを浮かべた。醜い醜い笑みだった。

「相手をしてやる!」

 タスケンが槍を頭上で振るい、右から左へ薙ぎ払うが、ウォルターはその下を転がって掻い潜り右足の腱に一撃を入れた。

「ぎゃっ!?」

 タスケンの身体が傾く。腱は切断されていた。もはやタスケンは動けなかった。

「待て! 待ってくれ! そうだ、そうだ、ドラゴンの鱗を分けてやる! どうだ、高く売れるぞ!?」

 ウォルターは歩み寄り、斧を振り下ろした。タスケンの左腕が切断され、鮮血が噴き出した。

「い、いてええええ! 待て、待ってくれ、何が望みだ、望みの物なら何でもくれてやる!」

「じゃあな」

 へたり込んだタスケンの首をウォルターは力の限り薙ぎ払った。大きなトロールの首が転がった。胴体は鮮血を巻き散らし奇跡的にそのままの姿勢だった。

 ドラゴンキラーをもてはやしていた大勢のブリー族が戦々恐々とこちらを見ていた。

「治安警察! 奴らを捕縛しろ!」

 一人が声を上げるが、進み出て来た小人の治安警察は五人とも膝が震えていた。

「む、無理だ、ドラゴンキラー達をあっという間に殺した連中だぞ」

 一人がそう声を漏らす。

「行こうか」

「ああ」

 ギャトレイがバイザーの下で言い、ウォルターは歩み始めた。行く先は東門だ。ブリー族達は恐れをなしながらも持ち前の好奇心に煽られ、遠巻きにこちらを見ていた。ドラゴンを倒したドラゴンキラー達を屠った二人を誰も捕まえようとはしない。程なくして東門に辿り着いた。

「開門」

 ギャトレイが言うと、門番のブリー族は後ずさった。

 ホブゴブリンの傭兵は溜息を吐き、自ら門を開いた。朝陽が返り血だらけの二人を照らす。ウォルターとギャトレイはそのまま街道を歩んで行ったのだった。

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