魔戦士ウォルター57
「ロ……」
夢を見ていた。だが、目覚めると何の夢だったかは分からない。悪い夢では無かったのはおぼろげに感じていた。不意に、自分が何故目覚めたのかウォルターは気付いた。
カタカタと音を立てて燭台が揺れている。
地震か。
もう一度寝直すとしようか。だが、更に激しく揺れ始め、燭台が倒れた。
デカいな。
ウォルターはベッドから飛び出し、斧だけを手に取って部屋の外に出た。
「狼牙!」
ギャトレイが呼んだ。仲間達も他の客も廊下に出てきている。
大地が怒りの声を上げているかのようだった。
と、一つ、凶悪な咆哮が鳴り響いた。
「何だ、今のは?」
シャツ姿の人間の宿泊客が言った。
続いてこれは聞き覚えのある音だ。木が裂け建物が倒壊する音だ。
「外へ出ろ!」
ウォルターは声を上げた。
鎧を取りに行きたかったがそんな暇はない。ウォルターが声を上げると他の客達は正気を取り戻した様に階段を駆け下りて行く。ウォルターらも後に続いた。
小人のブリー族の里には似つかわしくない大きな吼え声が夜明け前の空気を震撼させた。
大地は鳴動し、人々はただ何があったのか分からない状態で立ち尽くしているだけだ。
三度咆哮が木霊し、ウォルターは何か大きな脅威がこの里を襲っていることだけを悟った。
激震する中、確実に木っ端に成り果てた建物の姿を想像する破壊の音が続く。
「大変だー!」
北の方角から大勢が駆けて来る影が見えた。
「どうした!」
ブリー族の一人が問う。
「ど、ドラゴンだ! ドラゴンキラー達はしくじったらしい! 皆、逃げろー!」
その鬼気迫る声に人々は慌てて南へと駆けて行くが、その内半数の影が吹き飛ばされた。明け方間近の空を高く上がり、落ちて来た人々はもう動かなかった。
ドラゴンの影が目の前にあった。
「ちいっ、どうにかするっきゃねぇのか」
ギャトレイが少々物怖じした声で言うのが聴こえた。
「ドラゴンは言葉が話せる。無理かとは思うが! ドラゴンよ、誇り高き貴公は何故暴れ、我々を害するのだ!?」
ファイアスパーが声を上げて尋ねた。
「害するするだと愚か者共が! 害されたのは我の方だ! 見よ、小賢しい貴様らの同胞に我が目は潰された! この痛みが分かるか!? 我は安寧の地を見付けたかっただけなのに!」
ドラゴンは怒りと憎しみと悔しさを合わせたような声で言った。
「我はここに報復を誓う者なり! 死ね、愚かな小さき者どもよ!」
「皆、避けろ!」
ファイアスパーが声を上げた。
ウォルターは脇へ飛び退くと、間一髪そこを紅蓮の炎が通り過ぎて行った。
「ドラゴンよ、静まり給え!」
ファイアスパーが再び説得を試みたが、炎が向けられた。
「人間の目じゃ分からん! カラン、相手の大きさは!?」
ウォルターが焦りながら尋ねると、カランではなくベレが応じた。
「五メートル! だけど、駄目だ!」
「何が駄目なの?」
カランが妹に尋ねる。
「こいつも私達と一緒だ、家を奪われた!」
その言葉にウォルターは動けずにいた。斧を前に構えながらどうすべきなのか、それこそ「逡巡」したが、ドラゴンへ挑む決意をした。
「ウォルター、駄目だ! 止めて!」
ベレが叫び、ウォルターは駆け出した足を止めた。
するとベレが飛び出し、ドラゴンの前に立ち塞がった。
「ドラゴンよ、我々のしたことは許されないことなのは分かっている! だけど、許して欲しい! 償いなら私がする! だから」
「甘き小娘よ! ドラゴンの報復を前に戯言など不要!」
ギャトレイがベレを掴んで引き下がらせた。
だが、ベレはギャトレイの腕の中で暴れている。
ちっ、どうすりゃ良い。斧一本でほとんど素っ裸だ。おまけにベレはドラゴンに同情している。
「ウォルター、我々の魔術で時間を稼ぐぞ!」
ファイアスパーが言った。
「そんなことしたら、私がお前達を殺してやる!」
ベレが怒りに染まった抗議の声を上げた。
夜が白々と明け始めた。
陽の光りがこの里に起きた惨状を照らし出した。
動かぬ無数の骸、木っ端の如く崩壊した建物。そしてドラゴンだ。
暗緑色をした五メートルのドラゴンは想像以上に小さくも思えた。何せ、知っているドラゴンと言えば物語に出てくるような化け物じみた大きさのものばかりだ。今までに本物を見たことが無い以上、それと比較するしかない。トロールは三メートルほどだ。あのタスケンとかいう馬鹿でも組み合うことぐらいできただろうに、奴はしくじった。
ドラゴンの両目はやはり潰れ、真っ赤な濃い血が今も流れ落ち、大地を染めている。
二本足で立ち、広い両翼を広げているが、幸か不幸か翼は破れていた。
だから駆けるしかなかったわけか。地震の原因が分かったが、突き出た大きな鼻をひくつかせてこちらの位置を感じとろうとしているらしい。
「ドラゴン! 私を殺して! それで報復を終えて!」
ベレがギャトレイの腕の中で声を上げる。
「清き心を持った女よ、そなたの顔は見えぬが、嘘偽りなきことは感じ取ることができる。そこまで言うのならお前の死を持って報復に終止符を打つことにしよう」
ベレがギャトレイの腕から逃れ、ドラゴンの前に再び立ち塞がる。
「ベレ!」
カランが驚愕の声を上げる。
「怖くは無いのか?」
ドラゴンが尋ねた。
「怖くない。私も里と家族を失い、姉上は目をやられた。だからお前の気持ちがどれほど憎く燃えているのかが分かる気がするんだ。さぁ、私を噛み殺せ」
「ベレ!」
カランが飛び出す。そしてベレを抱きしめた。
「ドラゴンさん! 妹は許して、私が代わりにあなたの歯牙に掛かります!」
「カランさん!」
今度はギャトレイが駆け付けた。
「おい、ドラゴン、俺をやれ! だからこの二人は!」
すると、ドラゴンがニヤリと微笑んだ。まるで自嘲するかのようだった。
「小さき者にもかような者達がいるのだな。だが、目も翼も失われた以上、我にはもはやどうすることもできぬ」
ドラゴンは左手を伸ばして左胸の鱗を開いた。
「ドラゴンの心臓はここにある。速やかに我を討て、小さく清き者達よ」
ウォルターは震えていた。仲間達が刃を使わず言葉と態度でドラゴンを思いとどまらせ、そしてドラゴン自身に進退窮まった自らを討てとまで言わしめさせた。
「それは駄目だ!」
ベレが声を上げた時だった。
後方から太い唸りを上げて槍が飛んできた。
次の瞬間、ウォルターが見たものは凶刃で心臓を貫かれたドラゴンの姿であった。
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