魔戦士ウォルター56

 一夜限りの祭りを楽しんだ明朝、ゴブリン達は起き出し、家屋の清掃などを行っていた。

 その頃になると、早くも噂を聞き付けたのか、行商人が訪れた。

 ウォルターらも早々と出発の準備を始めていた。

 出て行こうとするとゴブリンの代表オーカスが現われた。

「何も言わずに出て行かれなくとも、あなた方は恩人だ」

 オーカスは半分抗議するようにそう言った。

「北へ行けば我らの故郷があります。そこに行かれるなら客人として招待しましょう」

「いや、俺達が用があるのは東だ」

「そうでしたか」

 オーカスは幾分落胆したように声を下げる。

 と、ギャトレイが御者席から声を上げた。

「おう、オーカス、ここを立派に発展させろよ! アスゲルド殿達と末永く仲良くな!」

「勿論、頑張ります。ゴブリンの英雄ギャトレイ」

 オーカスはかしこまって言った。

「ハハハ、だから、俺は英雄なんかじゃない。ただの傭兵だよ。たまたま名前が一緒で強かっただけの話だ」

 ギャトレイが応じると、オーカスは悩むようにして最後は頷いた。

「そういうことにしておきましょう」

「ではな」

 ギャトレイが言い荷馬車を東門へと向けて発車させる。ファイアスパーは真紅の鷲になって頭上を旋回している。

「ウォルター殿」

 ウォルターが続こうとするとオーカスは真面目な顔で目を合わせて言葉を続けた。

「我らの命運を救ってくれたのは間違いなくあなただ。本当にありがとうございました」

「良いんだ。気にするな。お前が長として誠実じゃ無かったらこうはいかなかった。三分の一はお前の手柄かもしれないぜ」

「心得て置きます。道中の安全を祈ってますぞ」

「じゃあな」

 ウォルターも馬を進めた。

 ゴブリンの里から出る。丘を下り、春の心地よい風に吹かれながら、古城のこと、アスゲルドのこと、オーカスらのことにウォルターは思いを馳せていた。

 ギャトレイの英雄の歌声が聴こえる。

 ダークエルフの里まではどれぐらいあるのだろうか。

 ウォルターは後でカランに訊くことにした。

 ゴブリンの奥方達がこしらえてくれた弁当を道端で食べ終え、再び歩み出す。

 ファイアスパーは一足先に鷲へと姿を変えて偵察に出ていた。

「ウォルターさん、急いでも良いんですよ?」

 カランが幌馬車の中からそう言った。

 ギャトレイもこちらを見る。

「気にするな。俺の里の連中も上手くやってるはずだ」

「でも、もしも戦争に巻き込まれたら」

 ウォルターはカランの美しい顔に巻かれている青色の眼帯を見た。実際に酷い仕打ちにあった彼女だからこそ、抱ける心なのだろう。

 その言葉にウォルターは軽く笑ってかぶりを振った。

「カランさん、今は旅を楽しみましょうや」

 ギャトレイが場の空気を換える様にそう言った。ウォルターはダークエルフの里の場所を尋ねるのを止めにした。

 それから馬と馬車は進む。

 夕暮れ時、ファイアスパーが戻って来た。

「ブリー族の里がある」

 人の姿に戻ると彼はそう報告した。

「争いの気配は無いが、どうやら困りごとがあるらしい」

「困りごと?」

 ギャトレイが問う。

「ああ。北の山にドラゴンが住み着いたらしい。ブリー族達はドラゴン討伐の勇者を募ってる」

「聴いたのか?」

「ああ。門番にな。戦争の気配は無いし、ブリー族がただ留まっているドラゴンに恐れをなしているだけといえば、それだけだが、素通りするか?」

 ファイアスパーが一同に尋ねた。

「攻めて来ないなら、一晩ぐらい宿でのんびりしていても大丈夫だろう」

 ウォルターはそう言った。面倒ごとに巻き込まれないようにする必要はあったが、カランとベレを思い、野宿はさせたくなかった。

「狼牙が言うなら従うまでだ。ブリー族はお祭り騒ぎが好きな奴らです、賑やかな食卓になりますよ」

 ギャトレイがカランに向かって微笑みかけた。

 カランもおしとやかな笑みを浮かべて頷いた。

 程なくしてブリー族の里に着いた。平地に木の柵で囲んだだけの彼らの気性を現すように呑気な里だった。

 馬と馬車を預け、宿を取ると、一行は夕食に向かった。

 背丈は人間の子供ほどのブリー族の里は灯りだらけで、普段の彼ら以上に盛り上がっているように思えた。武装した多種族が闊歩している。

 喧騒を避けたつもりが、入った居酒屋「ブリーの泉」もえらい騒ぎだった。

「タスケン! タースケン!」

 カウンターの上をブリー族達が踊り狂い、主に同族達は手を叩いて声を上げている。

「ドラゴンキラーのタスケン様に酒を!」

 ブリー族の一人がもったいぶった口調で言う。

 そこにはトロールの傭兵がいた。得物は大きな槍で側に転がっていた。

 運ばれてきた酒の大ジョッキをトロールは一気に呷った。

 そうして空になった木杯を叩きつけ大笑いした。

「酒だ! 酒! タスケン様にもっと酒を持ってこい! さもなきゃ、ドラゴンを討つかどうか、逡巡しちまうかもな」

 逡巡。意外と賢い言葉を使うな。ウォルターは軽く感心した。

 座席を確保し、タスケンを讃えるブリー族の興奮した声を聴きながら、食事を済ます。

 会計を終え、外もまた厳つい装備の連中が闊歩しているのをウォルターは見た。

「ドラゴンなんて本当にいるのでしょうか?」

 カランの疑問が口火を切った。

「いるよ。山深き場所、あるいは高い岩山を居城として」

 ファイアスパーが応じた。

「本当にいたとして、奴らで勝てるのか?」

 ギャトレイが続けて尋ねた。

「酒場でもてはやされたタスケン。奴では無理だろう。逆にドラゴンの怒りを買わなければ良いが。ウォルター、明日はさっさとここを出よう」

 ファイアスパーが再び言い、提案する。

「ドラゴンはどうするんだ?」

 不意にベレが誰にともなく尋ねて来た。

「ドラゴンは何も悪いことをしていないんだろう? ドラゴンキラーなんて、何で必要なんだ?」

 その言葉に大人達は答えられないでいた。

 すると「ブリーの泉」の扉が開いた。

 タスケンが低い入り口を潜って出て来た。

「おう、タスケン!」

 武装した連中が一挙に集合した。その数、三十。なるほど、ドラゴンが並大抵ではないってことだけは分かっているらしい。

「行くぞ! オメェら! ドラゴンに明日の太陽を拝ませるな!」

「おうよ!」

 ブリー族達が大人も子供も出てきてドラゴンキラー達を囲んで讃えている。

 タスケン達はドラゴンの寝込みを襲う算段らしい。

「行くぞ」

 ウォルターが言うと、ベレは頑なにドラゴンキラー達を睨んでいた。

「ベレ、世の中には不条理なことがある。お前さんの思い通りにならないことがたくさんある。これはもしかしたらその一つなのかもしれねぇな。耐えるか、避けるか、乗り越えるか。方法は幾つかあるが、今回は避けるのが賢明だ。わざわざ死ぬような面倒ごとに顔を突っ込む必要はねぇ。いつだって命はたった一つしか無いんだからな」

 ギャトレイがダークエルフの少女の頭を撫でて落ち着いた声で言った。

「行きましょう、ベレ」

 カランが優しく声を掛けると、ようやくベレは動いた。

 だが、陽が明ける前に事態は大変なことになったのだった。

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