魔戦士ウォルター55

 明くる日、ウォルターがアスゲルドのもとを訪れると、彼は外に出ていた。

「アスゲルド」

 ウォルターが声を掛けると相手は微笑んで片手を上げた。

「よぉ、ウォルター」

 里の問題に踏み込むべきか迷ったが尋ねた。

「昨日の奴は?」

「ずっと西の方から来た。人間だった。あとはお前が斬った中にはコボルトもいた」

「人間とコボルト」

「ああ。まぁ、俺の里はやらせんがな。ゴブリン達の協力も得られた訳だし」

 アスゲルドはそう言って封筒を差し出した。

「同盟締結の証だ」

「ありがたい」

 ウォルターは懐に入れた。

「ではな、ウォルター」

「ああ。何から何まですまない」

 ウォルターはアスゲルドの元を辞した。

 そして馬を引いて東門を抜けると、そこにあった光景に驚いた。輜重ともいうべき荷馬車がたくさんあった。四十台ぐらいはあるだろうか。

 どういうことだ?

「ふふーん、驚きだしょ?」

 板金鎧に身を包んだビアンカが逞しい馬に跨り現れた。彼女は笑っていた。

「ゴブリン達に持ってけってアスゲルドからの命令だよ。オーガーは食い尽くしてから他の領地を狙うからね。すっからかんでしょう?」

「ああ。助かる。本当に何から何まで」

 ウォルターは感動で落涙しそうになった。

「アスゲルドは偉大な男だ」

「でしょ。ほら、辛気臭い顔して無いでアタシと最前列に行こ」

 ビアンカに促され、ウォルターは頷いた。

「だが、昨日の晩、あんなことがあったばかりだ。お前が護衛から外れて大丈夫なのか?」

「それはロベルトに代役を頼んだから問題なし」

「だが、百姓衆は?」

「大丈夫、みんな自分の身は自分で守れる。狼牙の魔戦士は心配性ですなぁ。いい意味でね。ホント、評判の悪さの正体が分かって来たよ」

 ビアンカがカラカラと笑う。

 最前列に来るとウォルターはビアンカと共に後方を振り返る。荷馬車の列が整然と整えられている。

「馬車の護衛にまではさすがに人数は回せないけど、アタシらがいれば大丈夫っしょ」

「だな」

 ウォルターは軽く笑って応じた。

 ビアンカが微笑み返し、そして隊に向かって声を上げた。

「よーし! 出発するぞー!」

「応ッ!」

 御者達が応じた。あのアスゲルドの里の者なのだ。彼らも選りすぐりの傭兵に違いない。

 行軍が始まった。いや、軍勢を差し向けているわけではないか。

 陽が落ちる頃に新生ゴブリンの里に辿り着いた。

「たのもー!」

 ビアンカが声を上げる。

「大女!?」

 門番のゴブリンが悲鳴を上げた。

「俺だ。オーカスを呼んで来てくれ」

 ウォルターが言うと門番は三人ともまるで逃げる様に駆け出して行った。

 本当に逃げたんじゃないだろうな。

 そう思っていると、オーカスが駆けて来た。

「ウォルター殿!」

 オーカスはぜぇぜぇと息を喘がせていた。

 少し待つとオーカスは言った。

「それで結果はいかがでした?」

 オーカスは丁寧な言葉で尋ねて来た。

 ウォルターは懐から封筒を取り出した。

「拝見いたす」

「どうぞーん」

 ビアンカが言った。

 オーカスは短剣で封を切り、中の便箋を取り出し広げて頷いた。

「うむうむ! よ、良かった。アスゲルド殿か、お話の通じる方で良かった。それで、ウォルター殿、そちらの女性は?」

「アタシは輜重隊を率いて来た里長代理のビアンカだよ」

「輜重? え?」

「丘の下に待機させてあるけど、運び込んで良いかな。食料とか」

「お、おお! どうぞ、どうぞ、これはかたじけない、ビアンカ殿」

 と、オーカスは今更気付いたように格子の門扉を自ら押し開いた。

 もしもその荷に毒が紛れていたらという警戒をオーカスはしなかったようだ。頭がそこまで回らなかったのか、それとも感極まっていたのか。

「じゃあ、運び込ませるね」

 ビアンカが馬に飛び乗り坂を下って行く。程なくして荷馬車が次々と荒れ果てたゴブリンの里に入ってゆく。

 結局、夜中まで掛かった。

 だが、ゴブリン達は意気を上げ、荷を指定された場所へと運び込んでいた。

 ビアンカらは夜中だと言うのにこのまま引き上げると言って、篝火が照らす中、帰り支度を始めた。

 オーカスやゴブリンらが引き止めたが、ビアンカは笑って断った。

 アスゲルドには礼を言わねばならん。

 ウォルターも馬に跨り撤収する荷馬車の最後尾に続こうとすると、最後の御者が言った。

「ウォルター殿はこちらへ来る必要は無いとビアンカ隊長から言伝を承っております」

「だが、アスゲルドに礼を」

「うちの里長はそのぐらいでヘソを曲げませんよ。下っ端ですが、保証します」

 そう言うと、荷馬車は出発した。

 ゴブリンらが大勢、整列して最後まで見送っていた。

「狼牙、ありがとうな」

 いつの間にかギャトレイが側に来ていた。

「ああ」

「今、お前の評判が悪いのが何故なのか分かった気がする」

「言わなくていい」

「そうだな」

 ウォルターはギャトレイと共に仲間達のもとへ戻った。

 皆、起きて外に出ていた。

「お帰りなさい、ウォルターさん」

 カランが言った。

「ああ。色々あったが、アスゲルドの厚意に助けられた」

「良い友人を持ったな」

 ファイアスパーが口を開いた。

「友人か……。そうだな」

 ゴブリンが三人駆けて来た。

「ウォルター殿、食料の確保が出来たので向こうで皆でやってます」

「おお、そうかい! 行きましょう、カランさん。ベレも」

 ギャトレイが二人を呼んだが、勿論、自分達もその中には含まれているのをウォルターは知っていた。ファイアスパーと並んで歩きつつ、ブリー族顔負けのお祭り騒ぎの煌びやかな中を旅の仲間達は歩んで行ったのだった。

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