魔戦士ウォルター63

 新しい仲間を迎えて旅は続く。

 リザードマンの里を発つ。ベレがペケに乗り、御者席にはカランとギャトレイがいる。

 ファイアスパーは幌の中で同じく中にいる灰色のシュガレフを見張っていた。

 ウォルターはベレの隣を歩んでいる。シュガレフはまだ仲間達に信用されてはいない。今こうして大いびきを掻いて寝ているのも策略なのでは、と、穿った目で見られている。ギャトレイとファイアスパーは特にそう信じている節がある。

 ウォルターは灰色の正々堂々とした態度を目の当たりにしているので、彼を信じてはいた。

 昼過ぎ、昼食のために馬車は止まる。

 シュガレフが目覚めて外に出て来た。

「腹が減った」

 かつての大草原のエルフはそう言った。

「シュガレフさんもどうぞ」

 カランが乾燥肉とパンを差し出した。

「ありがたい」

 シュガレフは受け取ると丁寧に「いただきます」と、述べ、二口でそれらを収めてしまった。

「もう無いのか?」

 彼が言うと、ギャトレイが応じた。

「お前さん、一文無しでどういう生活を送ってたんだ?」

「狩りをし、野草を摘み、かまくらの中で暮らしていた」

 自分達と似た境遇だと思ったのか、アスゲルドの里で清貧な生活を送っていた仲間達はようやく心を開いたようだった。

「寒くは無かったのか?」

「かまくらの中は意外に温かい。だが」

 ファイアスパーが尋ねるとシュガレフの姿が消えた。

 仲間達が驚きの声を上げる。

 シュガレフの姿が再び現れた。

「どうしても耐え切れぬ寒さの時にはこうして人里へ赴き、酒場などで暖を取っていた」

「お前、消えたよな?」

 ギャトレイが問う。

「ああ。この灰色の外套のおかげだ。我が意思と共に消えることができる」

「それで敵を欺いて首を掻っ切ったわけか?」

 ファイアスパーが言うと、シュガレフはかぶりを振った。

「そのような卑怯な真似はせん。私は常に正面から挑む」

 機嫌を損ねたというように巨躯のエルフは言った。

「そうなのか、狼牙?」

 ギャトレイが話を振って来た。

「ああ。そいつは姿を消して俺の後を付けてはきたが、姿を現して正面から戦った」

「むむむ」

 ウォルターが言うと、ギャトレイとファイアスパーが唸った。

「すまぬが、パンを二つくれないか?」

 シュガレフが機嫌もどこへ行ったのやらカランに向かってそう言った。

「どうぞ」

「ありがとう」

 シュガレフが言い、パンにかぶりついた。

「ギャトレイ、ファイアスパー、お前達、やきもちをやいているのか?」

 ベレが言うと、二人の目が見開かれた。

「そうなんですか?」

「そうなのか?」

 カランに続いてウォルターが問うと二人は応じた。

「いや、やきもちなんて」

「そんなことあるわけないじゃないか」

 ギャトレイとファイアスパーは左右からシュガレフの太い首に手を回し、笑顔を浮かべた。

「何だ、気持ちが悪い。まとわりつくな」

 シュガレフが言った。

 一行は出立した。

 日が暮れる前にトロールの里に着いた。

 宿を決め酒場「トロールの穴蔵」に入ると、中はタスケンの死の噂で持ちきりだった。

 だが、どうやらタスケンはトロール達の中でもあまり良い印象は無かったらしい。傲慢で粗暴。死んでくれて清々した。と口にする者もいた。

「アンタら西から来なさったか?」

 老トロールが尋ねて来た。

「ああ」

 ウォルターは細心の注意を払って応じた。

「孫は、タスケンは誰に殺されたか知らんか?」

「さぁな。悪いが分からない。気の毒なことだが」

「そうか」

 ウォルターが言うと老トロールは無念そうに去って行った。

 ここはタスケンの故郷というわけだ。だが、それだけだ。

 一夜を宿で明かすと、ファイアスパーが端麗な顔にくまをつくって廊下に出て来た。

「何だ、二日酔いか?」

 ギャトレイが問うとファイアスパーは言った。

「シュガレフのいびきがうるさくて眠れなかった。今度から私は耳栓をするよ」

「おはよう」

 シュガレフが大きな身体を歩ませ部屋から現れた。上半身は胸筋と腹筋がくっきりした裸だった。

 カランとベレも合流し一行は出立する。

 だが、街道を歩んでいると、目の前に行商の馬車が止まり、何やら喚き声が聴こえた。

「狼牙」

「ああ」

 ギャトレイが囁きウォルターも頷いた。

「ファイアスパーはカランさんとベレを頼む」

 幌の中で高いびきを掻いているシュガレフは問題外だった。

 ウォルターとギャトレイが目の前の馬車の隣を行き、出て行くと、野盗とおぼしき人間の五人組はこちらを見つけた。

「助けて下さい!」

 というのは同じく人間の商人だった。

「下がってろ」

 ウォルターが言い、ギャトレイが剣を抜く。

「三下、相手になってやる」

 ホブゴブリンの傭兵がそう言った時だった。

 バサリと、馬車の上から音がし、灰色の外套を翻したシュガレフが現れた。

「ここは私に任せてもらオオオオオウ!」

 シュガレフは雄叫びを上げて、唖然とする盗賊に斬りかかった。

 凄まじい場面を見た。

 盗賊達の悲鳴と血肉がそこら中に跳んでゆく。剣など折れ曲げられていた。

 瞬く間にシュガレフは勝ちを収めた。

「怪我は無いか?」

 シュガレフは返り血だらけの姿で商人の男に尋ねた。

「え、ええ。ありがとうございます。ですが」

「む?」

 商人はシュガレフの長剣が半ばから圧し折れていることを指摘したいらしい。

「いつの間にやら折れていたようだ」

 シュガレフは困ったように唸った。

「嵐みたいな戦い方だったもんな」

 ギャトレイが半ば呆れたように言った。

「俺から助言を言えば、頑丈な武器が良いぞ、鉄の棍棒とかな」

 ホブゴブリンの傭兵が続けて言うと、商人は思い出した様に幌の中に入って行き、苦労しながら巨大な棍棒を抱えて来た。

「命を助けてくれたお礼です。よろしければ差し上げます」

 シュガレフは少しだけ苦労するように棍棒を持ち上げた。

 そして振るう。太ましい風の音色が木霊した。

「うむ、気に入った。いただこう」

 シュガレフが笑みを浮かべた。

「何だ、笑うことも出来たんだな」

 ギャトレイが言うとシュガレフは頷いた。

「そうだな、嬉しい。戦士と言えば熱き魂と得物、そう武器だ。草原エルフの視点に囚われず、私に相応しい武器を手に入れられたことが素直に嬉しい。ウォルター、こちらの御仁を次の里まで御送りしよう」

 シュガレフは笑みを浮かべたまま提案した。

「良いだろう。仲間の武器の礼だ」

 ウォルターもまた釣られて微笑み、棍棒を担いだ大柄なエルフに向かってそう応じたのだった。

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