魔戦士ウォルター64
商人の護衛を引き受けて正解だったかもしれない。
人間の盗賊が待ち伏せしていた。
だが、返り血まみれの巨漢エルフのシュガレフを見ると状況を察したらしい。
「お前ら、仲間をやりやがったな!」
十一人の盗賊は各々得物を抜いて一人が躍り掛かって来た。
「ヌオオオオッ!」
シュガレフが吼え、鋼鉄の棍棒を一振りした。
盗賊は側頭部から打たれ、街道脇の森の中へと転がって行った。
もはや生きてはいまい。
「こいつは良い」
シュガレフが新たな得物を見詰めて言った。
そこを逆上した二人の盗賊が襲い掛かってきたが、シュガレフは軽々と刃を避け、棍棒で一人の腹を突いた。
口をあんぐり開け、目は飛び出し、盗賊はまたも遠くへ飛んで行った。
「ば、化け物だ!」
飛び出していた一人が悲鳴を上げて仲間と合流した。
「おう、相手になってやるぞ。俺はゴブリンだ、弱そうだろう?」
ギャトレイが言った。
だが、戦意を喪失した賊は背を向けて逃亡して行った。
「つまらないねぇ」
ギャトレイはそう言うとシュガレフ背中をバシリと叩いた。
「武器との相性は抜群のようだな」
「ああ。主よ、良い物をいただいた。感謝する」
シュガレフが振り返って言うと商人の男は慌てて作り笑いを浮かべた。シュガレフの強さの前に彼もまた瞠目していたのだろう。ウォルターも傍らでこの草原エルフの規格外の膂力に驚いていた。もしも以前、こいつが長剣じゃ無くて、棍棒だったら短剣では通じなかっただろう。そう思ったのだった。
そのまま歩みを進めて行くと昼過ぎに丘陵の上に壁を築いた里が見えて来た。
「情報によれば、あそこは人間の里です。先ほどの賊と関係が無ければ良いのですが」
商人は言った。
「そうだな」
ウォルターは応じて商人の馬車の隣をシュガレフと共に歩む。
だが、不穏な気配があった。
武装こそ雑多だが、人々が門前で大軍となって待ち受けていた。
「ああ、関係があったか」
商人が悲鳴を上げる。
「アンタは下がってな」
ウォルターは言った。
上空から鷲に姿を変えたファイアスパーが里の上を飛んでいた。
「狼牙」
「ああ」
ギャトレイに言われ、ウォルターは彼と共に歩み進んだ。
「あいつらだ! あいつらがやった!」
軍勢の先頭で顔は覚えていないが先ほど遭遇したと思われる一人が声高に言った。
「盗賊の里へようこそ」
オーガー並みの厳めしい男が戦斧を担いで三歩ほど進み出た。
「お前達が仲間をやったらしいな」
「襲われたからやり返しただけだ。少々荒っぽかったがな」
ギャトレイが応じた。
すると、ファイアスパーが人の姿に戻りながら上空から下りて来た。
「中は女子供だけだった。ここにいるのは里の男全員だろうな。人数は百と六十ぐらい」
女や子供がいる。
「おい、お前が首領か?」
ウォルターが厳めしい男に尋ねると相手は笑って頷いた。後ろの手下どもも哄笑していた。
「そうだ。名をザンギ」
「俺はウォルター。ザンギ、お前らにも家族がいるんだろう? やり合いたくはない、お前達が手を出さないなら俺達はここを素通りする」
するとザンギは更に天を見上げて笑った。
「調子に乗るなよ、傭兵。こっちはこれだけの人数がいるんだ、お前達を殺したくてウズウズしている」
「そうかい。だったらどうする?」
ウォルターが再び問うとザンギは右手を上げた。
「何だ何だ、図体はデカいくせに数に頼るのか」
ギャトレイが溜息を吐いて言った。
「盗賊には盗賊の戦いがある! 第一波行けえい!」
三十人ほどの盗賊が丘を下って来る。
背後に馬車は無かった。カランとベレが商人と共に下がったのだろう。
「よし、我々で敵を打破するぞ!」
ファイアスパーが槍を頭上で振り回し声を上げる。
「寝かせてもらう」
そんな声がし、振り返ると、土の上にシュガレフが横になっていた。
「おい、シュガレフ! 貴公! 起きぬか!? さもなければ、ここから蹴り落とすぞ!」
ファイアスパーが呆れと怒りの入り交じった声で言うが、シュガレフは豪快にいびきを掻き始めた。
「喚くな色男さん、一人十人、やれないこたぁない。行くぜ」
ギャトレイが言い、ウォルター達は悠然と敵を迎え撃った。
盗賊達の咆哮が木霊するが、それらはすぐに情けない呻き声に変わった。
ウォルターは斧の平と柄で半人前の敵を打っていた。
ギャトレイも剣の平で殴りつけている。ファイアスパーも槍の石突で敵を打ち据えていた。
第一波の惨めな姿にザンギは怒り狂って第二波を繰り出す。だが、ウォルター達はたちまち撃滅した。
「これはシュガレフがいなくて正解だったかもしれないな」
「ああ、奴だったら間違いなく殺してる」
ギャトレイとファイアスパーが言った。
ウォルターらは里の中にこの盗賊達の家族がいることを知り、揃って殺す気は失せていたらしい。いや、ウォルターの意を二人が汲んでくれたのかもしれない。
「ウォルター、魔術で、ただし、手加減して一気に畳もう」
「分かった」
ファイアスパーの提案にウォルターは乗った。
「「落雷よ敵を穿て、サンダーボルト!」」
二人の声が重なり合い盗賊達の頭上から幾重にも細い雷撃が降り注いだ。本気を出せばもっと太いそれこそ柱になるだろう。
痛々しい悲鳴の中、白い煙が去るとそこにはザンギを筆頭に盗賊達がのびていた。
ファイアスパーが会心の笑みを浮かべてウォルターを振り返る。ウォルターも嬉しく思い二人は手を叩いた。こうも容易く魔術を融合させることができるとは思わなかった。相手が信頼しているファイアスパーだからだろうか。
「ま、待ってくれ。俺達が悪かった!」
ザンギが半身だけ起こしてそう言うと、盗賊の里の鉄の扉が開き、棒に白旗を掲げた女達が五人ばかり出て来た。
「どうやら決着はこれでついたらしいな」
ファイアスパーが言った。
静寂の中、シュガレフのいびきだけが聴こえていた。
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