魔戦士ウォルター65

 現れた五人の女は武装はしていなかった。

 だが、少なくとも白旗を掲げて先頭を歩いていた女は威風堂々とし鋭い眼光をしていた。甲冑を身に付けているわけでも無い。武器も帯ていなかった。

「降伏なんて、何てつもりだ!」

 ザンギがよろよろと立ち上がり、女に抗議するが突き飛ばされた。

「このご時世、弱い男どもに用はない」

 女は転がったザンギの腹を蹴飛ばす。そしてこちらを見た。

「あたしの名前はキカ。あんたらを主人として認めるよ。さ、砦に入って」

 赤い髪を手で撫で付け、そう言った。

 改めてカラン達と商人も招かれた。

 ザンギ達は外に締め出されたままだった。

 粗末な造りだが大きな家に案内された。

 大部屋に案内されるとウォルターらは上座を勧められた。

「どういうつもりだ?」

 ウォルターが問うと、キカは愛想を振りまくようでも無く応じた。

「ここの女は強い者に従う。先ほどの戦いぶりを見せてもらったけど、あんた達なら安心してここを任せられる。ここで女達と子供を作ってずっと平和な里になるように導いて欲しい」

 いきなりのことにウォルターらは顔を見合わせた。商人の男だけが場違い感を察したのか落ち着かない様子だった。

「やり方は褒められたものじゃ無いが、今までザンギ達に食わせてもらったんだろう? その恩を忘れるような女達になんて用はない」

 ウォルターはザンギを擁護したわけじゃないが、この御時世、盗賊になって人から財を奪い生きていくなんてザラだった。

「ザンギはお山の大将だよ。恩はあるけど、他の男共々恰好だけで、いつまでこの地の平和を守れるかなんて分かったもんじゃない」

 キカは言った。彼女は三十過ぎぐらいだろうか。綺麗だった。冷静な態度を終始崩さずこちらを窺っている。

 すると、里の若い女達が現れた。三十人ぐらいいる。

「さぁ、この中から好きな女を選べば良い」

「話が急過ぎるな。俺達は東へ旅を続けなければならない」

 ギャトレイが言った。

「腹が減ったのだが」

 シュガレフがぼやくように訴えた。

 すると食事が運ばれてきた。貧相な食卓だった。これだけでもこの里にとっては贅沢なのだろう。

「おお、飯だ。ありがたい」

 シュガレフはいたただきますというと、パンとスープに手を付けた。

「あんたらも遠慮なく食いな。ダークエルフのお嬢さんとおチビさんも。それからついでだ、商人のアンタもな」

 キカはそう言った。

 ウォルターらは歓迎されている意味を知り、渋ったが、キカが目を放さない。彼らは顔を見合わせ、スープとパンを食べ始めた。

 キカの後ろで女達が安堵していた。その意味をウォルターらは分からなかった。食事風景を見詰められ、ぎこちなく終えると、キカがいった。

「詳しい話は明日にしよう。各家に案内しな」

「待て、カランさんとベレには俺が見張りに着く」

 見るとギャトレイの食事は手付かずのままだった。

「ホブゴブリンよ、その飯はいらんのか?」

「ああ、腹は減って無いんでね」

 するとシュガレフが手を伸ばしギャトレイの分まで食べてしまった。

「分かったよ、アンタはアンタの女達の見張りに着けばいい。好きにしな」

 キカがそう言うと女達が進み出て来た。

「お部屋まで案内します」

 ウォルター達は顔を見合わせたが、歓迎されているのならばと、目で訴え頷いた。

 外に出ると、強風が吹き荒れ、頭上では雷鳴が轟いていた。

 ウォルターらは分散させられるように案内された。

「さっきまでは良いお天気だったのに」

 ウォルターを案内する年の頃二十ぐらいの女が言った。

 そうして強烈な雨が程なくして降り注いできた。

「急ぎましょう」

 女がウォルターの手を取り駆け出した。

 家屋の影を縫うように歩き、一軒の家に辿り着いた。

 女が燭台の蝋燭を灯そうと火打石を鳴らしているが、上手くいかないようだった。

 ウォルターは進み出て言った。

「火よ、宿れ」

 すると部屋中の燭台という燭台に火が点いた。

「す、すごい。さっきもザンギ達を倒すところも見ましたが、魔術が使えるんですね?」

 女は感激した顔で言った。

「後は適当に休む。じゃあな」

 ウォルターはそう言うと鎧を脱ぎ始めた。

 女はその様子を見ていた。

 すると、ウォルターは身体中が急激に熱くなるのを感じた。心臓の鼓動が聴こえる。それは早鐘となっていた。

 女は満面の笑みを浮かべ、ウォルターに近寄って来た。

 そうしてウォルターに抱き着いた。

「お前ら飯に薬を盛ったな?」

「ええ。強力な媚薬です。ウォルターさん、魔術師の子供を私に宿してください」

「断る」

 ウォルターは女を跳ね除けた。

 突き飛ばされた女が驚愕に顔を見開いたが再びゾクリとする色気溢れる笑みを浮かべた。

「その薬には抗えませんよ。それとも私よりもキカ様がお好み?」

 ギャトレイが食事に手を付けなかったのは正解だ。奴は何かを疑っていたのだろう。ファイスパーとシュガレフも今頃同じ目に合っているのだろうか。

「ウォルターさん、あなたの欲望を私に注いでください。今夜限りでも構いません。ほら、我慢は身体に毒ですよ」

 女が近づいてきた。

 もともと可愛い女だが、妖艶に見えてくる。身体中が女を欲していた。だが、ウォルターは短剣を抜くや、自分の腕に突き刺した。

 鮮烈な痛みが身体を蘇らせた。

「俺は既婚者だ。愛する者は常に一人だけだ。これ以上、妙な真似をすると、お前も殺す」

 すると女は衣服の裾をかじって裂いて、布切れとなったそれをウォルターの前に進み出て傷口に巻き付けた。

「ごめんなさい」

 女は心からそう謝罪した。

「分かれば良い。それで他の連中にも薬を盛ったのか?」

「はい。赤い魔術師の方と、エルフの方に。ゴブリンの方にも盛りましたが、食べなかったみたいです」

 その時、外の雨音を打ち消す様な咆哮が轟いた。

「シュガレフ……」

 シュガレフが自分の分とギャトレイの分を食べたのを思い出した。奴は暴走している。

「エルフを連れて行った家まで案内してくれ」

「……行きましょう! こっちです」

 ウォルターは外へ飛び出した。雷雨の中、その雷鳴の轟きに似たエルフの吼え声のもとまで急いだのであった。

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