魔戦士ウォルター66

「ウガアアアッ!」

「ひいいいっ」

 シュガレフが両腕で重々しい棍棒を振るい、家屋を破壊していた。

 シュガレフの相手だった女は泥水の上で腰を抜かしていた。

「俺がエルフの前に出たら仲間を引きずって助けて来い」

「はい!」

 ウォルターが言うと彼を案内した女性は返事をした。素直な気質の娘のようだった。その可愛らしさは盗賊団には似合わない。いや、ここにいる全ての女や子供が不憫だった。しかし、ウォルターはまずは狙いを尻もちをついた女にし、棍棒を振り上げる巨漢のエルフを止めに割り込んだ。

 狂えるエルフの一撃はまさに凄まじい膂力だった。斧が、腕が肩が、ぶつかり押され軋む。

「助けたか?」

「はい!」

「なら、ここを離れろ、派手なことになるかもしれない」

「ウォルターさん!」

「何だ?」

「あなたを無理やり誘惑しようとしてごめんなさい」

 その言葉にウォルターは応じた。

「分かった、行け」

「はいっ!」

 女達が去るとシュガレフは棍棒を今度は横薙ぎに振るってきた。

 こいつは受け止められない。

 ウォルターは避けた。重い風が外套を翻させた。

「シュガレフ!」

「ウガアアアッ!」

 シュガレフは家屋の残骸に歩み寄り更に木っ端にすべく鋼鉄の棍棒を叩きつけた。

 好機! 奴の頭に一撃を与えて気絶させる。

 ウォルターは駆けた。

 高く跳躍して、斧の平を向けて振るう。

 大きな手応えがあった。

 よし、これなら。

「ウガアアアッ!」

 シュガレフが咆哮を上げてこちらを振り向いた。

「そう簡単には問屋が卸さないか」

 ウォルターは焦っていた。以前のシュガレフとなら互角を制することができた。だが、狂人と化したこのエルフを相手にどこまで自分の力が通用するか分からない。

 振るわれる猛攻を避けて凌いだ。幾らドワーフのオルスターが作ってくれた武器でも今のこいつの前ではただの鉄に過ぎない。

 腕一本でも正気には戻らないだろう。だったら、シュガレフを殺すしかないのか?

 シュガレフが突進してくる。ウォルターが避けると、巨躯のエルフは向かいの家屋の中に突っ込んで行った。

 そうして武器を振るう。家が悲鳴を上げ、倒壊する。ゆらりとシュガレフはこちらを振り返った。

 化け物め!

 ウォルターは斧を構え、シュガレフの次の動きを待った。

「狼牙、下がれ!」

 不意にギャトレイの声が聴こえ、ウォルターは言われるがまま大きく後退した。

 風切り音が一つ。

 それはシュガレフの剥き出しの右腕に突き刺さった。

 シュガレフはそんな物すら感じぬと言うように雄叫びを上げてウォルターに迫ったが、徐々にその動きが緩慢になっていった。

「ウォルターさん」

 カランが側に来てシュガレフ目掛けて弓矢を構えている。

「里の方から貰いました、鎮静剤を塗った矢です! これが効いてくれれば良いですが!」

 カランの心が通じたのか、シュガレフは一歩、二歩とよろめいて三歩目で倒れた。水しぶきが上がった。

「さっすがカランさん」

 ギャトレイが言った。

「いえ、それよりもシュガレフさんを雨ざらしにさせておくわけにはいけません」

「そうですね、狼牙、手を貸せ」

 ギャトレイの姿がようやく見えた。シュガレフへ歩んで行くと、シュガレフは一気に身を起こした。

 ウォルターとギャトレイは虚を衝かれ、慌てて身構えた。

「酷い雨だな。雷も鳴っている。私が大草原の神を捨てたことを怒っているのかもしれん」

 シュガレフはそう言うと右腕に突き立った矢を見た。

「ん? どこかで刺さったか?」

 そう言うと引き抜いて放り捨てた。

「シュガレフ?」

 ギャトレイが恐々とした様子で尋ねる。

「何だ、ギャトレイ。ウォルターにカランまで、ん? 屋根の上にはベレもいるのか。何故私に弓矢を向ける?」

「ベレ、もう大丈夫だ!」

 ギャトレイが言うとウォルターのもとにベレが合流した。

「熱い酒が飲みたいな」

 シュガレフが言った。

「却下、お前を酔わせたら何をするか分からん」

 ギャトレイが呆れた様子で言った。

 そうして里の女達が駆けつけてくる頃には夜も深まり雷雨は過ぎ去り、星と三日月が出ていた。

 翌朝、ウォルターらはキカのもとを訪れた。大部屋には女衆が取り巻いていた。

「悪かった。妙な真似をして」

 キカはそう謝罪した。

「だけど、アタシらはどうすれば良いんだろうか。この里を発展させようにも男衆はぐうたらばかりだし」

「そのような男などさっさと捨てて、他の里に身を置いたらどうだ?」

 ファイアスパーが言った。

「ファイアスパー。そうはいうけど、あたし達はどうやって稼いでいけば良いんだい?」

 キカが尋ね返した。

 ウォルターは彼女達を不憫に思い、言った。

「ここから西に進むと、トロールの里、ブリー族の里、ゴブリンの里の次に、アスゲルドという人間の長が治める里がある。そこでは開墾が盛んに行われている。民衆は傭兵出身の強者揃いだ。頼ってみたらどうだ?」

「強い男」

 女衆の顔が明るくなった。

「では、キカ達のために一筆したためてはくれないか?」

 ファイアスパーがウォルターに言った。

「分かった」

 ウォルターは時間を貰い書状を書いた。アスゲルドには世話になりっぱなしだ。

 キカ達女衆は僅かながらの荷物を揃えて、子供がいる者は引き連れ、門の前に整列していた。

 門を開けるとザンギら男どもが怒り心頭の様子で詰め寄ってきたが、ファイアスパーが先頭に出て声を張り上げた。

「男の風上にも置けない情けない奴らよ! 彼女達は今日、この里を去る! もしも後をつければ、今度は手加減無しの雷をお見舞いしよう! さぁ、どうする!?」

 槍をグルリと回し先を突き付けるとザンギは悲鳴を上げた。

「キカ、もう大丈夫だ」

「悪いね、ファイアスパー」

 しばしの間、二人は見つめ合っていた。

 女達が旅立って行く中、ザンギら男どもは早々と里へ引き上げ扉を固く閉ざした。

「おう、ファイアスパー、キカと何かあったのか? 昨日の夜は大変だったんぜ、シュガレフが暴れちまってさ」

「え? いや、その、皆、すまなかった」

 ギャトレイが言うとファイアスパーがうろたえた様子で応じ、頭を下げて謝罪した。

「まぁ、良い。行こうか、狼牙」

「ああ」

 こうして一行は再び歩み始めたのであった。

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