魔戦士ウォルター67

 馬を歩ませ、朝陽を拝み、朝食を取る。次に入ったのはコボルトの里だった。

 しかし、入場料も取られなかった。どうやら種族の特性ではなく里長の特性のようだった。

 一安心し、商人と別れた。

「あなた方に幸あれ! 本当にありがとうございました!」

 商人が言った。

「こちらこそ、このような素晴らしき武器を譲ってくれたこと感謝する!」

 シュガレフが鋼鉄の棍棒を持ち上げて振った。そうして別れは済んだ。

 リザードマンが歩き、ゴブリンの行商人が路傍で市を開いている。

 ペケと馬車を厩舎に預けると、一行は腹ごしらえに向かった。

「コボルトの胸毛」と、看板には書かれ、ここのシェフらしいコボルトの銅像がちょこんと、おそらく等身大で立てられている。ベレと並ばせると彼女の方が背が高かった。

「ふむ、酒が飲みたいな」

 シュガレフが言った。

「シュガレフ、飲むなら夜だ。酔わない程度にな」

 この前の媚薬二倍盛りでの狂人となったシュガレフを押さえられる自信は無い。ギャトレイもそう思ったらしく先に釘を刺していた。

「私は酔わないぞ。ただいつの間にか身体に矢が刺さっていたりしたことはあるが」

「それが酔ってると言うんだよ」

 ギャトレイは溜息を吐いて言った。

 食事を終えぞろぞろと店を出る仲間達を見て、ウォルターは感慨深く思った。大所帯になったな。と。

 カランとベレが去ったら一気に寂しくなるな。だが、送らなければならない。そして帰るのだ、家族と仲間の待つ故郷へ!

「どうした、狼牙?」

 ギャトレイが尋ねて来た。

「いや」

 ウォルターはそう答える。

 そうしてウォルターらは宿を探しに里の中を歩いた。

 ふと、角笛の音色が鳴り響いた。

「何だ!? 戦か!?」

 ファイアスパーが周囲を見回す。

 ウォルターらも危険な香りを察知し状況を確認しようとしたが、コボルト達が一斉に一つの場所目指して駆けて行くのを見た。

「ひとまずあれに続こうか」

 ギャトレイが落ち着いた声で言った。

 ウォルター達が来た頃には既に辺りは大変なことになっていた。

 家屋が倒壊し、コボルトの治安警官らが何かに向けて石弓を放っている。

 だが矢など物ともせず、その巨大な身体が現れた。

 紫色の毒々しい鱗を光らせ、地を滑る様に動くのは、怪物だった。

「ヒュドラが出たぞー!」

 町の者達は集まったは良いが、治安警官が劣勢に立たされるのを見て、慌てて逃げ出した。

「こりゃ、デカいね。怪物だが、うちには化け物がいるからな」

 ギャトレイが言うとシュガレフが灰色の外套を靡かせ、歩み出る。

「ヒュドラよ! 住処へ帰れ!」

 ヒュドラは鳴かない。太い八つのヘビの首をこちらに向けて舌をチロチロと動かしていた。

「ふむ、帰らぬか。ならば、仕方あるまい」

 シュガレフが背中に掛けていた鋼鉄の棍棒を取り、振り上げた。

 そうして殴打する。凄まじい音が響いた。

 ヒュドラの一つの首が折れ曲がり、目が飛び出ている。

 しかし、ケガを負った首は、トカゲの尾切りのようにポロリと落ち、瞬く間に胴体から再び凶悪で醜悪な首が姿を見せた。

「再生するのか!」

 ファイアスパーが驚愕したように言った。

 ウォルターは斧を抜き、八つの首目掛けて躍り掛かった。

「ウォルター!」

「ウォルターさん!?」

 ベレとカランの声が聴こえた。

 ウォルターの斧は二つの首を瞬く間に斬った。

「再生する前に全部の首を」

 と、ウォルターが言った時だった、断たれた首元から新たな首が突き出て来た。

「ちいっ!?」

 ウォルターは下がろうとしたがヒュドラの首がウォルターに噛みついた。

 鉄の鎧の袖が軋む。

 ウォルターは斧を振り下ろした。ウォルターを噛んでいた首が血飛沫を上げて落ちた。

「大丈夫か、狼牙?」

 合流するとギャトレイが尋ねてきた。

「ああ」

 ウォルターは千切れた怪物の頭部を引き剥がして投げ捨てた。

 鎧はひしゃげていた。

 親父の鎧じゃ無きゃやばかったな。

 そうして敵と向き合う。

「ウォルター、魔術を!」

「分かった!」

 ファイアスパーの提案にウォルターは乗った。手段が残されているなら全て試すまでだ。

「空気よ切り裂け!」

「炎よ! 風に宿れ!」

「ウインドカッター!」

「フレイム!」

 見事な複合魔術だった。

 真紅の刃が火の粉を巻き上げヒュドラの首を斬り刻む。

 全ての首が一瞬にして焼け落ちた。

「やった!」

 ファイアスパーが言った。

「いや」

 シュガレフが止めた。

 すると首を失った胴体から八本の新鮮なヘビの首が飛び出したのであった。

「全部やっても駄目なのか」

 ギャトレイが言った。ウォルター達は後退しながら会話を交わす。

 カランとベレが矢を射込み、作戦を練る猶予をくれようと試みたようだが、目を失いハリネズミになった首は落ちて、また新しいのが生えてくるだけだった。

「どうする、逃げるか? これだけの一流が揃っていながらそんな格好悪いことはできねぇよな」

 ギャトレイの言葉にウォルターは頷く。が、どうすれば良いのだろうか。

「なぁ、コボルト達に訊いてみたらどうだ?」

 ベレが言った。

「なるほど」

 ギャトレイが応じ、周囲を見回すと勇気のあるコボルトの治安警察が剣を引っ提げて合流してきた。

「ヒュドラの襲撃は始めてかい?」

「いいや、何度もある」

「どうやって斃したんだ? 追い払ったのか?」

「違う、全員で協力してヒュドラの心臓を貫いた」

「心臓か!」

 ギャトレイが言った。

「でも、あれほどの大きさのヒュドラは初めてで、我々でひっくり返せるか分かりません」

「どういうことだ?」

 ウォルターが冷静に尋ねた。

「ヒュドラの背は固い鱗に覆われ剣では傷つけられません。ひっくり返して腹の柔らかい部分から貫くんです!」

「だ、そうだ、みんな聴こえたか!?」

 ギャトレイが声を上げた。

「聴こえたは良いが、どうやってあれを持ち上げる?」

 槍を手にファイアスパーが誰ともなく尋ねて来た。

 その時だった。

「ヌオオオオッ!」

 ウォルターは思わず口元が歪んだ。怪物に相当する化け物ならうちにもいるじゃないか。

 エルフ、灰色のシュガレフがヒュドラの首元に取りつき持ち上げようとしていたのだった。

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