魔戦士ウォルター68
八本の首の顎が一斉にシュガレフに噛み付いた。
「シュガレフ!」
ファイアスパーが声を上げる。
「助けに行くぞ!」
ギャトレイが駆け、ウォルターも後に続いた。鉄の鎧をひしゃげさせるほどだ、シュガレフの鍛え抜かれた筋骨でも楽に食い込み砕くだろう。
ウォルターとギャトレイは、シュガレフに食らいついている首を斬り落とした。
だが、やはり新手が生えてくる。
「ぬぅ、私一人でも動かせぬ」
シュガレフが言った。
ファイスパーと、驚いたことに長剣を手にしたカラン、短槍を抱えたベレが加わっていた。例えその一撃が非力でも、八つの首を惑わせるには充分だった。
「カランさん、ベレも、無理はしちゃいけませんよ?」
ギャトレイが気遣うように言うとダークエルフ姉妹は真剣な顔を頷かせた。
「私一人だったら、この脅威に慄きを感じるところですが、今は皆さんと一緒です、怖くありません! タアッ!」
カランの一撃は一つの首の半ばまで分断していた。
「狼牙、ファイアスパー、シュガレフに手を貸してやってくれ。俺とカランさんとベレで首を引きつける」
「分かった」
「承知した!」
ウォルターとファイアスパーは得物をしまうとシュガレフを挟んで並んだ。
この毒々しい紫色の肌に触れるのは正直寒気がしたが、一度触ってしまえば、あとはやることをやるだけだった。
怪物の肌はひんやりしていた。
「ヌオオオオッ!」
シュガレフが咆哮を上げる。
ウォルターもファイアスパーも力の限り、目の前の邪悪な巨体を持ち上げようと頑張った。
背後では首がかく乱されているだろう。
巨体が浮いた。
「良い感じだ、もっともっと力を!」
ファイアスパーが吼える。
「酒があれば、頑張れるんだが」
シュガレフは精悍なエルフの顔に青筋を立てながら言った。
そこにギャトレイが加わった。
「こっちだ、私を食べて見ろ!」
ベレの挑発する声が聴こえた。背後はダークエルフ姉妹に任せたようだ。
「いくぞ、一斉の、せ!」
ウォルターはギャトレイの掛け声のもと、全身全霊で腕を上げた。ヒュドラの身体は横に転がった。
重々しく横転するヒュドラだが、首と尻尾で器用に体勢を戻そうとカメのように足掻き始める。
「ファイアスパー!」
ウォルターが言うと、真紅の美男子は槍を手にし、ヒュドラの左胸に突き刺した。
血が噴き出る。どうやら心臓をやったらしい。
ヒュドラは痙攣すると、やがて動かなくなった。
「やれやれ、終わったか。久々に筋肉痛になるかもな」
ギャトレイが肩で息を弾ませながら言った。
すると、周囲から拍手と歓声が聴こえた。
コボルトや多種族の商人や旅人がそこにいた。
「ウオオオッ!」
シュガレフが雄叫びを上げた。勝利の名乗りのつもりだろう。
ウォルターもまた皆と一緒に荒く息を吸ったり吐いたりしていた。
「皆、御苦労だったな」
ウォルターが言うと一同は頷いた。
ふと、シュガレフがよろめいた。
「おい、シュガレフ?」
ファイアスパーが支えようとしたが、支えきれずにシュガレフ共々倒れた。
「どうした?」
ウォルターがシュガレフに尋ねると、エルフの顔は蒼白だった。
「何故かは知らんが身体が言うことを効かない」
するとコボルトが駆けつけて来た。
「ヒュドラに噛まれましたね!? これを飲ませてあげて下さい!」
コボルトは白い丸薬を三つ差し出した。
「これは?」
ウォルターが問うとコボルトは答えた。
「ヒュドラの牙には毒があります。確か、そちらの方は八つの全ての首に噛まれました、これは毒消しですが、それでも回復するかどうか」
「シュガレフ?」
「シュガレフさん?」
ベレとカランが相手の名を呼んでいるがエルフは呻くだけだった。
「シュガレフ、薬だ。こいつを飲め」
ウォルターが丸薬を差し出すが、シュガレフは腕すらも動かせない有様だった。
ウォルターはシュガレフの口の薬を押し込んだ。
シュガレフはそれをどうにか咀嚼した。
「薬が効くのは?」
「十五分後ぐらいだと思います」
コボルトは言った。
長い十五分だった。
思えば鮮烈な出会いをした。まるで昔から側にいたような気にさせる。そんな存在感のあるシュガレフが生死の境をさまよっている。
「うぬ?」
シュガレフが言った。
「シュガレフ!?」
ファイアスパーが顔を覗き込むと、エルフはゆっくり立ち上がり、巨躯を反らし、大きく息を吸い込んでいた。そして吐き出す。
「どうやら心配をかけたようだな」
シュガレフがそう言い、ウォルターらは心から安堵していた。
ギャトレイとカランは頷き合っていた。
その夜、コボルトの里はお祭り騒ぎだった。
あのヒュドラがボスだとコボルト達は考えたようだ。それ以下のサイズなら自分達でもどうすることもできる。平和が戻ったも同然というのが彼らの考えだ。
ウォルターらはシュガレフ以外、照れ臭く思いながら、歓待を受けていた。
シュガレフは勧められるままに酒を呷っていた。
「程々にしとけよ?」
ギャトレイが言った。
「何故だ?」
シュガレフが純粋な顔で問う。
「酔っぱらうからだよ。お前が暴れたら、俺達がお前をもしかすれば斬り殺さなきゃならないかもしれん。そんなことはさせないでくれ」
ギャトレイが応じると、シュガレフは深く頷いた。
「分かった。だが、安心しろ、私は酔ったりはしない」
そうしてシュガレフは草原の歌を歌い始めた。
「もう酔ってるんじゃないか?」
ファイアスパーが苦々し気に言った。
そこで曲が流れた。ダンスの曲だ。
「か、カランさん、どうです、踊りませんか?」
ギャトレイがたどたしく言うとダークエルフの姉は微笑んだ。
「私でよろしければ」
一方シュガレフはファイアスパーの手を掴み無理やりダンスの相手にしようとしていた。
「シュガレフ、貴公酔ってるな!? 放せ、私は女人ではない!」
「おお、紅の美しき乙女よ、何を恥ずかしがる。さぁ、踊ろうではないか」
そうして人々はダンスに曲に明け暮れ、飲んで食べて、熱狂的な一夜を過ごしたのだった。
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