魔戦士ウォルター69
「ロラン、お前にこれをやろう」
そう言って差し出された手に映ったのは首飾りであった。
ウォルターは跳び起きた。
夜半、まだ少し寒さが残る春半ばの夜の下で、一行は野宿をしていた。
「どうした、ウォルター?」
見張りのファイアスパーが尋ねる。
ウォルターは月明かりが照らすその顔を凝視していた。
「ん? 具合でも悪いのか?」
ウォルターは一つの仮説を立てていた。だが、そうだとすればこの目の前にいる者は……。
「いや、夢見が悪くてな」
ウォルターはそう応じると再び横になった。
忘れられた記憶は忘れられていなかった。封印された記憶は今、破られた。
父と母と生まれたばかりの弟と俺は暮らしていた。
弟が生まれた日、俺は父から首飾りを貰った。サファイアの首飾りだ。そして母が抱いている弟の首には燃えるようなルビーの首飾りが。弟の名前はソレル。
俺は迂闊だった。古城に戻ったときに親父に訊くべきだったことをすっかり忘れていた。もしも、親父がサファイアの首飾りを持っていたら俺とファイアスパーは……。
「狼牙、起きているのか?」
「はっ!?」
ウォルターは再び跳び起きた。
寝入ってしまったらしい。
馬の嘶きが聴こえる。
深く濃い霧が周囲を覆っていた。
「何だ、どうしたんだ?」
「霧だ。それよりもお前さん大丈夫か、酷い顔だ」
ギャトレイが言った。
馬車の三頭の馬達が落ち着きの無い様子だった。
ペケはベレが着いているためか大人しかった。
「全員いるのか?」
「ああ。この霧は気付いたら出ていた。もう一息でカランさん達を里へ送り届けることができるのに」
ダークエルフのクラン、つまり、里が隣であることはコボルト達から聴いた。
目の前のホブゴブリンの傭兵は笑ってカランを励ましたが、内心はどうなのだろうか。
いや、そんなことよりもこの霧だ。
「この霧からは自然のにおいがしない」
シュガレフが言った。
「どういうことだ? 魔術の霧だとでも?」
ファイアスパーが尋ねると、エルフは頷いた。
ウォルターも状況を理解し、会話に加わった。
「魔術的な霧なら、誰かの仕業ってわけか?」
「そうなるな」
ファイアスパーが頷いた。
落ち着きのない馬達はきっとまだ見ぬ不穏な気配を感じ取っているのだろう。
と、ペケが嘶いた。
「どうした、ペケ?」
ベレが尋ねる。
地鳴りが聴こえた。身体が揺れる。
ドラゴンの時を思い出し、一同は顔を見合わせた。だが、この霧がどちらから音が近づいてくるのか、惑わせている。
「ファイアスパー、馬車を! シュガレフはその護衛だ! カランとギャトレイはベレの側に!」
ウォルターは仲間達に指示を出す。
何者かの悪意ある影が霧からヌッと姿を見せた。巨人サイクロプスに似ていた。
あのドラゴンを超える体高を誇る凶暴な巨人一族だが、驚いたことが一つある。
「腕が四本!?」
ギャトレイが瞠目し声を漏らした。
そう、サイクロプスの腕は四本あった。巨体に乗った頭には通常通り一つだけの目があるが、強い赤色に発光していた。
四本腕の巨人は凶暴な咆哮を上げた。
「ファイアスパー、馬車を頼むぞ!」
そんな中、ウォルターは斧を引き抜いて声を出す。
ファイアスパーは馬車を下がらせた。
四本腕には四つの鈍器が握られていた。
「ほぅ、面白い、どちらの武器が業物か競おうではないか!」
シュガレフが駆ける。巨人に向かって突撃する。
二つの鈍器の薙ぎ払いをシュガレフは受け止めた。が、押される。
「ヌオオオッ!」
シュガレフが声を上げる。
「援護します!」
カランが言い、弓弦を鳴らす。ペケに跨りベレも続いた。
「狼牙、俺達も行くぞ!」
ギャトレイが剣を抜き放つ。
ダークエルフ姉妹の援護を受けてサイクロプスがもう二本の腕を振り上げる。
「みんな、避けろ!」
ウォルターは思わず声を上げた。
魔術師なら分かる。魔術の雷が来る気配を。
稲妻は一本ずつ正確に仲間達を撃ち抜いた。
馬車が、ベレとペケが、カランが撃たれようとしたときギャトレイが横から飛び込んで彼女を弾き飛ばした。
稲妻はギャトレイを撃った。
「ぬおっ!?」
そうしてシュガレフも……。立っているのはウォルターとカランだけとなった。
「ギャトレイさん! ギャトレイさん!」
カランがホブゴブリンの傭兵を揺さぶり名前を呼ぶが白い煙上げた身体は動かなかった。
「まさか」
死んだのか!? カラン以外、全員。
咆哮が轟く。
「テメェ……ぶっ殺す!」
ウォルターは巨人を振り返り、腕を向けた。
「全てを灰とせよ、エクスプロージョン!」
爆炎が巨人を包む。だが、それはウォルター目掛けて跳ね返って来た。
「何っ!?」
反射の魔術だと!?
ウォルターは魔術の壁を張り爆炎を受け止めた。強烈な音と炎で視界が染まった。
「ウォルターさん、ギャトレイさんが! ベレも、みんな、起きません!」
カランが取り乱すように訴えた。
「ちいっ!」
と、巨人が歩み出した。足でこちらを圧し潰そうとする。
だが、そうはならなかった。
次の瞬間、巨人の身体は縦に真っ二つに割られ、血煙が飛散した。
「何だ!?」
左右に分かれ臓物を散らす死体の向こうに一つの人影があった。
「来たか。我が霧の導きを受けし者よ」
女の声がそう言った。
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