魔戦士ウォルター70

 サイクロプスの死体を避け、相手は歩んで来た。

 聴き慣れた音、これは甲冑の音だ。

 現れたのは金色の長い髪を伸ばした女だった。だが、甲冑を纏っていることから戦士であるのは分かった。しかし、傭兵にしては眩く輝く高級な鎧だ。

「誰だ?」

 ウォルターが問うと相手は言った。

「私の名はルイン」

 相手は静かに名乗った。

 ウォルターはただただ動揺するだけだった。仲間達のこと、そして突然現れたこの女。サイクロプスを頭上から一刀両断にできるほどの力と跳躍力は、人間離れし過ぎている。

 血が滴る大剣を右手に提げていた。

 二人は向かい合った。と、ルインの目が赤く発光しているのをウォルターは見るや、寒気に襲われた。

「気を付けろ」

 不意に声がし、シュガレフが立ち上がった。

「そいつはエルフでも人間でも無い、別のにおいがする」

「この霧を起こしたのはあなたですか?」

 カランが尋ねる。

「そうだ」

 ルインと名乗った得体の知れない女は頷いた。

「何故ですか? それとあなたが斃したその怪物は」

「説明すべきことが幾つかあるのは分かる。信用を勝ち取るために応えよう。時間ならほぼ無限にある」

 ルインは応じ、話を続けた。

「この霧はお前達の世界と切り離すために作られたものだ。霧が無ければ、ドクターキモリの開発した生物が出て行ってしまう。相手にして分かっただろう? ドクターキモリの手を加えられた怪物は異常な力を誇る。このサイクロプス族が、四本の腕を持ち魔術を使うこともそうだ」

「霧を解く気は無さそうだな」

 シュガレフが言うと相手は頷いた。

「何か困りごとがあるのか?」

 シュガレフが尋ねる。

「ある。手を貸して欲しい。妹をドクターキモリから救うために」

「妹さん?」

 カランが問うとルインは何度目かの頷きを返した。

「アトレイシアという。妹はドクターキモリの邪悪な実験に利用されている。ここで食い止めねば、お前達の世界、現世にも破壊と殺戮が起こるだろう。その哀れなサイクロプスのように世界征服を企むキモリの尖兵がお前達の世界を崩壊まで導くだろう。私一人では、キモリの野望を阻止できない。もう一度言う、手を貸してくれ」

「そうしなければ霧は解けないわけか。その、ドクター何とかの改造した兵が、俺達の世界に足を踏み入れるから。というわけか?」

 ウォルターが問うとルインは頷いた。

「そうだ。私はこの霧を解くわけにはいかない。キモリの思う通りに現世の崩壊を招くわけにはいかない」

 ウォルターは一度考えた。

 キモリの怪物の進出を防ぐために霧を張る。霧が無くなればキモリの怪物達が俺達の世界をも襲う。今殺されたサイクロプスのように強力な異形がわんさかと……。

「手を貸す……しかなさそうだな」

 ウォルターは歯切れ悪く応じた。現世とは程遠い、まるで夢の中にでもいるような話に思えたからだ。しかし、現にカランとシュガレフが共に立っている。倒れた仲間達もいる。

「その前に今一度問う」

 シュガレフが堂々とした声で尋ねた。

「お前は一体、何者だ?」

 ルインの眼光が赤い光りを放った。

「私はヴァンパイア族だ」

 その言葉にウォルターよりも長く生きているダークエルフとエルフ、カランとシュガレフが息を呑むのが分かった。

「ヴァンパイア族は滅亡したはずでは?」

 カランが言うとルインは応じた。

「そうだ。他の種族達が流した流言により、追い詰められ、虐げられ、狩られた。私と妹はドクターキモリに救われた。が」

「キモリはお前達の力を利用するつもりだったと?」

 ウォルターが言うとルインは「ああ」と答えた。左手の拳が強く握られていた。

「ヴァンパイア族は多種族の血を啜り、同族にして従えると言うのが私の聴いたことですが」

 カランが言うとルインはかぶりを振った。

「それが流言だ。我々は牙こそあれど血は吸わない。多種族を従属させるに十分な戦闘資質を備えていたからこそ、危険分子として疎まれたのだ」

「そうでしたか……」

 凶悪な咆哮がどこからか轟いた。

 質問の時間は終わりだと言うように。

 手を貸して、キモリとかいう奴の首を取りさえすれば、この別の世ともおさらばできるわけだ。

「カラン、シュガレフ、ここを頼む」

 ウォルターが言うと、二人は驚いたような顔をした。

「ルインだったな。手を貸すのは俺一人でも充分か?」

「ああ。双子の扉さえ破壊できれば良い。一人で間に合う」

 ウォルターは仲間達を振り返った。

「そういうわけだ。少し留守にする。ギャトレイ達を頼む」 

「お前一人だけを送り出すには不穏なことが多すぎるが、そのヴァンパイアが霧を解かぬと言うのなら仕方あるまい」

 シュガレフが言った。

「そういうことだ」

「ウォルターさん、どうか無事に戻って来て下さいね」

 カランが続いて言った。

「ああ」

 するとルインが背を向け歩き始めた。

「行ってくる」

 ウォルターはそう言い、ルインの後を追った。

 現実離れしている。滅亡したヴァンパイア族だと?

 そしてこの濃い霧の中、ルインはまるで道が分かっているかのように歩んでいる。

 どこへ案内されるというのであろうか。

 キモリの首を取り、野望を阻止し、ルインの妹を助ける。

 そう考えれば単純だ。

 ふと、前方に影が佇立した。

 何者かと思った瞬間、そいつは暴虐性を現わにした咆哮を上げて、襲い掛かって来た。

 そうして敵を倒しながら進むか。単純じゃないか。すぐに戻って来れそうだ。

 ルインが突き出された槍を大剣で跳ね上げる。

 ウォルターは突進し首が二本あるリザードマンの変異体の胴に斧を打ち込む、気合一閃、そして真っ二つにしたのだった。

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