魔戦士ウォルター71
「俺を試したな?」
ウォルターは斧についた血を振り払い、ルインを見た。このヴァンパイアの女なら槍を跳ね上げる間もなく殺せていたはずだ。
「いいや、力をセーブしているだけだ」
ルインは応じた。
「ヴァンパイアが戦闘技能に優れているのは本当だ。しかし、それでも本気を出せば大きく疲労はする」
ウォルターはサイクロプスとの戦いを思い出した。大きな跳躍力。巨人を脳天から真っ二つにする力。確かにこれが常に使えるほどだったら、ヴァンパイア族は滅亡などせず、むしろ征服していたろう。
ウォルターはポーチの薬瓶を確認する。二本ある。間に合うだろうか。自然とルインの力に頼っていた己に気付いた。
らしくない。
「分かった」
ウォルターが答えるとルインは先に歩き始めた。
深い霧はどこまでも続く。ルインの魔術の霧だ。これほどの魔力を持つとは驚いた。ルインの足は止まらなかった。
ふと、前方から駆けて来る足音を聴いた。
そいつもまた凶暴な咆哮を上げている。
ルインが大剣を振るう。だが、敵は避けた。
何だ、あいつ、てんで弱いじゃないか!
ルインが剣を戻す前に四つ足の敵は前足をなぶる様に繰り出した。それがルインの甲冑に当たり、彼女はよろめいた。
「ちいっ!」
ウォルターはすぐに追いつき斧を敵に振るった。
虎の様な顔をした化け物は眼光を赤く光らせ、その一撃を避けた。避けられりゃ、返し刃で!
ウォルターの二撃目が怪物の顎先を分断した。
怪物が絶叫する。大きな体躯だ。
「地脈よ隆起せよ!」
ウォルターの声に呼応し大地の魔術が展開される。地面が逆の氷柱のように鋭い棘だらけになり、怪物を縫い付ける。
「あばよ」
ウォルターは斧で敵の首を落とした。
血が噴き出す。
と、ルインが動いた。
そして驚くことに首を失った胴体の切断口に自らの顔をくっ付け、血を飲んでいた。
ウォルターは呆気に取られた。
「お前、ヴァンパイアが血を吸うのは違ったんじゃなかったのか!?」
ようやく出せた声は狼狽していた。どんな残虐なところだって見て来たが、これほど薄気味悪く、暗い光景をウォルターは戦場でも知らない。
「すまない」
返り血だらけの顔を向けてルインが言った。彼女は怪物の亡骸を捨てた。
「嘘だったのか?」
ウォルターが問うとルインは目を真っ赤に光らせた。
「違う、ヴァンパイアが血を吸わないのは本当だ」
「ならば、お前はヴァンパイアでは無いのか?」
「……厳密に言えばそうなるかもしれない」
ルインは顔を落として言った。
「私はドクターキモリによって肉体を改造されている。いつしか伝承となったヴァンパイアにより近く改造された」
何てこった。改造人間だと。信じられん。
「ヴァパイアの戦闘技能に更に強化を加えられたのが私だ。だが、それを使うには代償がいる。血を吸わねば力が戻らなくなるという代償が」
難儀だ。
ウォルターはそう同情した。
「顔を拭え」
ウォルターは布切れを渡した。
「ああ」
ルインは受け取って顔を拭く。
「その剣、最強の力とやらを出すにはちょうどいいかもしれないが、実際、セーブしてる間はお荷物なんじゃ無いか?」
ウォルターの問いにルインは躊躇うようにしてようやく頷いた。
「俺の斧と交換しろ。こっちのが軽いはずだ」
「分かった。厚意を受け取る」
ルインは斧を持ちブンブン振るった。
「力も戻ったし、良い感じだ」
一方ウォルターも大剣を振るった。鉄の塊、あるいは鉄の柱とも言うべき剣は両腕で持たなければ支えきれないほどの重さだった。
「大丈夫か?」
ルインが問う。
「まぁな。慣れるまで少し時間を貰う。次の獲物は俺によこせ」
ウォルターはそう言うと歩き始めた。
ルインが甲冑を鳴らし後を追って来た。
「迂闊に歩かない方が良い、正確な道を逸れると、迷って出られなくなる」
「分かったよ」
ルインは人間で言えば二十代前半ぐらいのように見える。その見事な甲冑、まだ話していないことがありそうだ。機会があれば言うだろう。
と、後方に殺気を感じた。
馴染み深い風切り音が幾重にも轟く。
「我らを守れ!」
ウォルターは魔術の壁を形成し、矢を防いだ。が、落ちた矢を見て驚いた。身体を分断できるほどの巨大な矢だ。
壁に亀裂が走る。
「術を解け、今の私なら敵を容易く葬れる!」
ルインが言う。
「解除!」
ウォルターが言うとほぼ同時にルインは駆けた。霧で様子は見えない。太い矢が前方から来た。危うくウォルターは叩き落した。咄嗟の回避行動に成功し、ウォルターは一息吐いた。
「次の獲物は俺の番だったよな。まぁ、良い」
ウォルターはその場で待っていた。
程なくしてルインが戻って来た。小さな影を手に持ち呷っている。そうしてそれを投げ捨てた。
また力を使ったのか。
「良い武器だ」
ルインは斧を振るって言った。
「親父の打った斧だからな」
ウォルターはそう答えた。
「で? 今のは何の改造生物だ?」
「コボルトだ。腕力を改造し槍を投げられるほどにまでなった」
あれは矢じゃなくて槍だったのか。ウォルターは納得した。
ルインの先導で改めて歩みを進める。
前方に灯りが見えた。
深い霧にも負けじと煌々と照らされている。
「何だ?」
「キモリの城だ」
二人が歩んで行くと、そこに一人の人物が待ち受けていた。
「ほっほっほ、壱号、また新たな実験道具を連れて来たか」
老人の声だった。ルインが歩みを進める。そして止まる。
灯りの下で相手の様子が良く見えた。身体は太っちょで頭は禿げかけている。耳は尖ってはいない。人間だろうか。
「私はルイン! 壱号ではない!」
ルインが怒りの声を上げた。
「さて、実験台は人間か」
老人の目が赤く光った。
奴もヴァンパイアか。
「特別サービスじゃ、三分だけ遊んでやろう。壱号」
「アトレイシアを! 姫様を返してもらうぞ! ドクターキモリ!」
キモリ!? と、言うと。
「奴が黒幕か!?」
ルインの姿はそこには無かった。既にキモリの頭上高くに斧を振るい上げていた。
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