魔戦士ウォルター84
燃え上がる木々に草藪。
ウォルターは咆哮を上げて飛び出した。
「お?」
それが敵の最後の言葉となった。
振るわれた斧は敵の首を分断していた。血煙が上がる中、白煙から次々仲間達が飛び出し、敵と戦う。
「よーし、陽動は成功! アランに使いを出せ!」
敵兵からそういう声が上がり、退いて行った。
ファイスパーに促されウォルターは、魔術の水ですぐさま消化を行ったが、焼け残った痕はあまりにも目立ち過ぎた。ここが古城への入り口だというように。この戦いに勝っても外部との接触は避けられなくなったということだ。
「陽動と聴こえたな」
アックスがリザード衆を束ねてやってきた。
「規模を計ったのだろう。我々がどのぐらいいるか」
ショーン・ワイアットが血に濡れた双剣を手に言った。
「アンタ、斬ったのか?」
ウォルターは軽く驚いて尋ねた。
「ああ。既に殺しは経験済みだ。安心してくれ」
「それは頼もしい」
ギャトレイが言った。
「地が揺れている。来るぞ」
エスケリグの言葉通り遠くの丘を軍勢が下って来た。
「先頭はコボルト集団だ。奴ら、矢面に立たせるつもりだな」
「そんな、残酷な!」
エスケリグが言うと、同行してきたコボルトの女が声を上げた。
軍勢は丘の下からぐんぐん進み、コボルト達の影が見えるところで止まる。馬上の戦士が出て来た。
「降伏勧告!」
相手はそれだけを大音声で言った。
「断る!」
ウォルターは同じく声を上げて応じた。
「なら、死ね! 行け、コボルトども!」
騎兵がそう声を上げると、コボルト達の影が動き、前進し、やがて駆けて来た。
「コボルトの皆さん!」
コボルトの女が叫ぶ。
「そいつらは我々を虐待するだけの連中です! 身をもって分かっているでしょう! 今こそ、傷ついて死んでしまった仲間達への報復の手向けとする時です! さぁ、我々に合流――」
と、矢が空を染め幾重にも飛来した。
ウォルターとファイアスパーは魔術の防壁を築いた。
矢は攻め手だったコボルト達も貫いた。
「そんな!」
コボルトの女もリザード衆達も唖然とした。
「ハハハハハッ! そいつの言う通り、俺達はお前達を散々こき使ってきたからな、そろそろ寝首を掻かれる前に処分しようと考えたのさ!」
騎兵が言い、後方の徒歩の敵勢から笑い声が轟いた。
「よくも、皆を!」
コボルトの女は手斧を手に、飛び出そうとしたがウォルターは首根っこを掴んで止めた。
「お前は見ていろ。仇は俺達が取る」
ウォルターは静かに言った。彼を支配するのは憎悪と嫌悪だった。これほど非道な奴らを許すわけにはいかなかった。生き残りのコボルト達が合流してくる。
ウォルターは頷いてファイアスパーと共に壁の魔術を解いた。
「正直言うと、アスゲルド達の援軍が来る前に勝敗は決するだろう」
「兄上、先ほどの威勢はどこへ行ったのだ? 総大将なのだからしっかりしてもらわなくては困る!」
合流してきたコボルトは五十人にも満たなかった。敵と味方の間で屍となってしまった者、まだ息はあるが動けぬ者、それを踏み拉いて敵は侵攻を開始しようとする。
ウォルターは舌打ちした。コボルトの屍がこれ以上悲惨な姿にならぬように、負傷したコボルト達が雑草を狩るかの如く斬られる前に、ウォルターは多勢に無勢だが声を上げるしかなかった。
「進め!」
ウォルターが先に駆けると、後から仲間達が続いてくる。
重傷を負ったコボルト、屍達を避け、ウォルターの軍勢は、敵勢とぶつかろうとした。
だが、敵の前列が石弓を手にしているの見て、驚いた。
「守れ盾よ!」
「盾よ!」
ウォルターとファイアスパーが魔術を唱えると同時に敵勢から無数の矢が放たれた。
魔術の壁に亀裂が入るのにも構わずウォルター達は突っ込んだ。
魔術を解除し、斧を振り下ろす。
敵の肩から斜めに刃は入った。
よし、コボルトを突破した。後は心置きなく魔術で。
「サイレンス!」
敵勢から魔封じの魔術が飛ぶ。
緑色の鎖のような魔術の光りが宙を速度を上げてウォルターとファイアスパー目掛けて飛んでくる。
「アンチマジック!」
ファイアスパーが反射の魔術を唱えサイレンスを弾き返した。
「ぐがっ!?」
敵のどこかで声が上がった。敵の魔術師が己の魔術を受けたのだろう。
上空を影が覆った。ハーピィ達だ。鋭く強固な足先を使って敵勢に降下し交戦に入る。
「叫べ叫べ!」
アックスの声が轟き、リザード衆が咆哮を上げて敵勢に食い込んでゆく。
「ウオオオオッ!」
戦場の音に負けじとシュガレフの雄叫びも聴こえた。
そうだ、ここでやられたらイーシャやアニスが……。
ウォルターは実はコボルトの内応に僅かながら期待をしていたのだ。それで時間が稼げるのならと。しかしそうはならなかった。その途端に絶望、いや、諦め、いいや、そんな高尚なものではない。いわゆる弱気が彼の心を虜にしてしまったのだ。
しかし、刃を打ち合い鬼気迫る自軍の勇ましくも聞き覚えのある吼え声達を聴き、我に返った。
刃を打ち合い、胴鎧を兜を打ち、打たれ、首を刎ねる。血飛沫を掻い潜り新手と武器を交える。
俺は王なのだ。俺が皆を引っ張らねばいけない!
「イーシャや城に残る皆のためにも! 悲惨な目に合ったコボルト達の仇を討つためにも、刃を振るえ! 交えろ! 首を取れ!」
ウォルターは叱咤激励をした。
多くの声が返って来た。
「我らは勇猛果敢なり!」
アックスの声が続いた。
刃の林と、鎧の壁を次々突き進んで行くようだが、実はそうは上手くはいかない。相手は手練れだ。一発では仕留められない。
上空のハーピィ族達が敵をかく乱する。そして油断を誘って敵を斬る。この方法が今のところ上手くいっている。
「非力なれど我々も続け! 散って逝った仲間達のためにも! 輝かしい未来のためにも! 未来は自分達の手で掴み取るものだ!」
下がっていたコボルト達が合力する。
ウォルターは口の端を歪ませた。
半包囲されているが仲間達は善戦している。
血煙一刀。
ウォルターは斧を斬り下げて朱に染まった顔をニヤつかせている。
殺しが楽しいわけではない、仲間達がこれほど頼もしいと思ったことはなかったのだ。
凶刃を弾き、手首を分断し、瞠目する敵の顔面に斧を叩き込む。
気付けば咆哮を上げ、戦場の狼と彼はなっていたのだった。
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