魔戦士ウォルター85

 己以外見えるものと言えば敵だ。

 ウォルターは戦場の狼となった。その牙で次々肉を裂き、返り血を浴び、ひたすら凶刃を避け、受け止め、屍を積み上げて行った。

「狼牙! 狼牙!」

 ギャトレイの呼び声がようやく耳に入り我に返る。

 ホブゴブリンの傭兵は隣に並んでいた。

「何だ?」

「このままじゃ、押し切られる。包囲される前に手を打とう!」

「手? 分かった」

 ウォルターの懸念は背後に倒れているまだ息のあるコボルト達だった。屍は残念ながら守れそうもない。

 残された手段、それは魔術だ。

「根性と覚悟だけじゃ、無理だったか」

「違う、無理じゃない! その根性と覚悟を持ちながら新たな戦術を使う時が来た!」

 ギャトレイが剣を振るい、敵と対峙しながら言った。

「一度退こう。森を焼くなら仕方が無い。だが、焼かずに潜って来るならいくらだってやりようはある」

 森に埋伏するということか。

「焼くなら焼くで仕方が無い。その時は全員で逃げてアスゲルド殿やオーカスと合力した上で取り戻す!」

「分かった! だが」

「分かっている怪我を負ったコボルトを見捨てるわけにはいかない。王よ、ハーピィ族に命令を! それまで持ち堪えましょう!」

「よし、ハーピィ達は! 怪我をしたコボルトを連れ帰れ!」

 ウォルターの声にハーピィ達は驚いた声を出す。

「我々が抜けて戦線は保てるのか?」

「ああ、それと全軍に伝令を、コボルト達を収容し次第、退却する! しんがりは」

「私に任せてもらおう! 私には灰色の外套がある!」

 シュガレフの声が聴こえた。

「……分かった! さぁ、頼むぞ!」

 ハーピィ達が後方へ下がる。

 上空でかく乱する者がいなくなったため、敵勢は悠々と剣を入れて来た。

 ウォルターは受け止め弾き返した。

 魔術の目標を定めている暇が無い。

「オール・エンチャント炎!」

 ウォルターは魂の叫びを上げた。

 味方勢の全ての武器が火で燃え上がった。

「敵の鎧兜ごと溶かし斬ることができる! 行くぞ! まだまだ意地を見せる時だ!」

 ウォルターは魔力が枯渇しフラフラの状態になりながら声を上げた。

「なるほどこいつは便利だ!」

 ギャトレイが鬼の如く敵を斬り捨てている。

 ウォルターは僅かな隙を見て魔力回復薬を手に取り一気に呷った。

 そして腰のポーチに空き瓶を戻す。

 再び戦列に復帰し斧を振るう。敵は次々斬られ、炎に包まれ炭となって斃れる。

 その鬼気迫る最後の抵抗に敵勢が慄いた。

「怯むんじゃねぇ! 数ではこちらが優位だ! 押しまくれ! 包囲しろ!」

 敵の指揮官の声が轟く。

 勢いを盛り返し、敵勢が動く。

 ハーピィ達の状況は?

「ウォルターさん、これ以上は戦線が保てないぐらい私達だって知ってます。だから、負傷した仲間達を捨てて次の行動に移りましょう!」

 あのコボルトの女が馳せて来て言った。

 それは甘い誘惑みたいなものだった。だが、ウォルターはかぶりを振る。

「今のまま、負傷者達を収容し次第、退却する! 分かったな!? 弱気になってる暇はねぇぞ!」

 ウォルターはそう叫んだ。

 白刃が次々眼前に現れる。ウォルターは弾き返し、手を分断し、首を刎ねる。炎の刃はたちまち敵を包み込み炭へと変える。

 ハーピィ達が上空に舞い戻って来た。

「生きていた者は収容を完了した!」

「分かった。全軍退け! 森の中へ!」

 ウォルターはやっと出したい指令を出すことが出来た。

 だが、誰も動こうとしない。

「王の命令だ! 退け、退くんだ! 止まる者はシュガレフだけだ! 大丈夫! まだ負けた訳じゃない!」

 ギャトレイの鼓舞、激励に古城の面々はコボルト、リザード族と、退き始めた。

 ウォルターはいつの間にか傍らに来たファイアスパーと共に惜しみない魔術を打ち込んだ。

「爆発せよ!」

「エクスプロージョン!」

「エクスプロージョン!」

 大爆発が起き敵勢が吹き飛ぶ。

「さぁ、退こう! シュガレフもこの有様ならしんがりに立たなくても大丈夫だ!」

 ギャトレイが言った。灰色の外套を脱いだシュガレフが側に居り、四人は最後の最後に退却した。

 コボルトの屍に心で詫び、森の焼かれた場所へと駆けて行く。

 追撃は当然あった。

 敵が騎兵で無いことが幸いした。このまま距離を離して森へ飛び込めば、幾ばくかの勝機は見えるかもしれない。

 ようやく森へ駆け込んだウォルターらは、茂みに身を置き待ち伏せた。

 走ったため荒い呼吸をどうにか押さえようと試みるがなかなか上手くいかなかった。

 ファイアスパーも肩を上下させていたが、ギャトレイとシュガレフは平然としていた。

 と、反対側にアックスが顔を出した。

 ウォルターが頷くと相手は再び身を潜めた。

 これが最後の策だ。数で優っていると油断し、追ってくることを願った。だが、森を焼き払おうとする前例もある。来てくれるのは五分五分といったところだろうか。

「来るぞ」

 シュガレフがエルフの聡い耳に敵の足音、あるいは息遣いを捉えたらしい。

 敵勢が現れた。無造作に広がり、警戒する様子も無く歩んで来ている。

 しばしやり過ごし、列の中ほどと判断すると、ウォルターらは声を上げて敵に襲い掛かった。

 驚く敵勢だが、反対側からはアックス達が襲い掛かった。

 一同は必死に敵勢を切り裂き、あるいは打ち殺した。

「退け!」

 どこからかエスケリグの声がし、一同は藪の中を駆けた。

「手応えは?」

「五十人ぐらいは動けなくはできただろう」

 ギャトレイがウォルターの問いに応じた。

「まだ来るだろうか」

 ファイアスパーが尋ねた。

 と、再び反対側にアックスの顔とエスケリグの顔が見えた。

 ウォルターは頷いた。

 伏せて奇襲あるのみ。

 辛抱強い戦いが始まった。

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