魔戦士ウォルター86

 茂みや乱立する木立に身を潜め、敵が通れば襲い、さざ波のように再び緑の中へと飛び込み消えて行く。

 この戦術で少しずつ敵軍を屠ることができた。

 そのうち、敵軍の士気が落ち始めているのをウォルターにも手に取る様に分かった。もしも自分が逆の立場なら逃げ帰っていただろう。だが、人数と練度を頼みとした敵兵は尚も森の中を侵攻して行く。

 ウォルターもまた森の中では何処が何処だか把握できなかったが、こちらにはエルフのシュガレフがいた。大草原のエルフだが、自然の声を頼りにウォルター達を招き寄せる。反対側ではエスケリグが同じく森歩きには慣れている。こう木が重なると上空からのハーピィの援護は受けられない。

 ウォルターらはギャトレイ、ファイアスパー、シュガレフ、コボルト達が五十人近くいる。反対側はアックス、エスケリグ、ショーン・ワイアット、リザード衆がこれも五十人は固いだろう。誰が戦死したのかまだ報告は入っていない。

 息を潜めて待っていると恐る恐るといった足取りで敵勢が目の前を通過して行こうとする。

 エルフ二人はまるで敵を手玉に取ったかのように見事に敵の進路を読んでいる。

 敵勢が半ば程まで来たとき、シュガレフが咆哮を上げて飛び出した。ウォルターらも続く。反対側からもエスケリグを先頭に手勢が襲い掛かった。

 ウォルターは奇襲に驚く敵兵を三人仕留めて、再び茂みへ入る。シュガレフが先導する。

「向こうだ!」

 敵勢から声が上がった。

「いや待て! これ以上、踏み込んでは帰れなくなる!」

「しかし敵は小勢。この程度の奇襲にそう何度も引っかかるものか。アラン、決断を!」

 そう言うと頭目と思われる男が口を開いた。壮年で頬に傷のある男だった。大剣を携帯している。

「敵に良いように引き込まれている。生き残りは三百。魔術での犠牲が多かったが、二百もの仲間が死んだ。敵の奇襲を見抜ければ良いが、そうもいかん。だが、戦士の勘ってやつだ。引けば引いたで分が悪いことになるだろう。どうにも嫌な予感しやがる。それに魔術師に、ハーピィ、開けたところでは逆に敵を勢いづかせる。このまま進むぞ」

 アランと呼ばれた頭目が言った。

 良い勘してやがる。だが退いたら退いたでウォルターは後を追うつもりは無かった。待っていればアスゲルドやオーカスが来てくれる。そうすれば数も逆転し、悠々敵を駆逐することが可能だろう。

「だが、アラン、何を目指して歩いて行けば良いんだ? コボルトが古城があると言ったらしいが、そんな影は全く、見えて来ないぞ」

「臆病風に吹かれるな。帰りの方角ならコンパスがある。だが、帰らせねぇぞ。ここまで来たら今のうちにその古城とやらを強奪する。さもなきゃ、死んだ連中が浮かばれん」

 アランと言う頭目は敵だが仲間思いのようだった。

 敵でなければ、もしかしたら手を組むことだってあったかもしれない。と、ウォルターは悔やんだ。その思いを察したのか、コボルトの商工会議所の女が告げた。

「あいつらは私達の仲間を無慈悲に殺しました」

 そうその事実は変わらない。奴隷として扱き使い、最後は敵事まとめて殺そうとして、多くがその矢の犠牲になった。

 そうだったな、分かり合えないか。

 敵軍が動かない。

 アランも考え事をしているようで進軍させない。耳を澄ましているのだろうか。

 するとシュガレフがギャトレイの頭をポンと叩き、灰色の外套を纏って、単独で飛び出た。

「うおおおっ? 何だ、貴様は!?」

 敵軍に動揺が走る。

「我が名はシュガレフ。灰色のシュガレフなり! 消えよ!」

 シュガレフの姿が消えるや、敵兵が次々、気味の悪い音を立てて左右に飛んで行った。

 反対側から双剣を手にしたショーン・ワイアットを先頭に、リザード衆が飛び出してきた。

 敵軍にかつてないほど動揺が走っている。これほどの好機を逃せられるか。

「狼牙、俺達は総大将をやる。行くぞ!」

 ギャトレイが駆け、ウォルターも後に続く。

 その間、エスケリグが、アックスが飛び出し、ファイアスパーに率いられたコボルト衆と共に敵に襲い掛かった。

「落ち着け! 落ち着かんか!」

 敵大将アランが声を上げるが、消えたシュガレフを筆頭に古城の面々のしぶとく鬼気迫る攻撃に、慣れない森では配下を宥めすかすことはできなかった。恐慌するばかりの配下を見てアランが言った。

「こうなりゃ、戻って、森に火をかけ……ん?」

 敵大将アランは今や孤立状態だった。

 ウォルターとギャトレイが共に血の滴る武器を持ち、対峙した。

「俺達の故郷をやらせん」

 ウォルターはそう言うと敵大将アランに打ちかかった。

 受け止め、弾き返され、避ける。アランは戦場の収拾など忘れ、その熟練した剣の腕前をウォルターに披露した。

 ウォルターでも苦戦する相手だった。

 ギャトレイが次に斬りかかったが、これもあしらわれる。

「二対一か」

「今更武人を気取る気か? 正々堂々を重んじるつもりなら、コボルトにやった仕打ちを悔やむんだな」

 ウォルターはそう言い躍り掛かった。

 刃と刃が擦れ合い、音を上げ火花を散らす。

 ギャトレイが背後に回った。

「ぬえええいっ!」

 アランは剣を旋回させて距離を取った。

「今だ!」

 ギャトレイが声を上げる。そこへ風切り音が二つ響いた。

 二本とも矢がアランの首に突き立った。

「ぐっ!?」

 よろめく敵の首領に歩んで行くとウォルターは相手を蹴り倒し、斧を力強く振り上げて下ろした。

 一つの首が転がった。

「敵総大将を討ち取ったぞ! これが証拠だ!」

 ギャトレイが声と共に血が流れ落ちる首を持ち上げた。

 と、敵勢は次々逃れようと動き始めたが、ウォルター達は包囲し、散々に斬り捨てた。戦意を失い、森で惑った敵を討つことは容易かった。

「カランさん、ベレ、お見事。今回の論功行賞では一番でしょう」

 ギャトレイが言うと、木の枝から弓矢を手にしたダークエルフ姉妹が下りて来た。

「お役に立てて良かったです」

「勝鬨を上げよ!」

 姿を現したシュガレフが声を張り上げた。

 一同の声は重なり合い咆哮となって森中を揺るがせた。

「どうにかなったな」

 アックスが歩んで来る。

「ああ、全員、御苦労だった。あとは、コボルト達を護衛し、亡骸を埋葬しよう」

 ウォルターはそう言った。

 あるいは初めから森に引き籠って奇襲を仕掛けていれば良かったのかもしれない。

「狼牙、いや、王よ、アンタの考えることは分かっている。だが、奴隷となったコボルト達を見捨てたくなかったんだろう? 犠牲は出たが、それはイレギュラーだった、敵が予想以上に残忍過ぎた。そうだ、アスゲルド殿とオーカスには使いを出そう。カランさん頼めますか?」

「お任せ下さい」

 ギャトレイが言うと、カランとベレが頷いて森の中へと消えて行った。

 こうして古城の侵略は免れたのであった。

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