魔戦士ウォルター87

 コボルトの里を奪った人間達との戦いに勝利した後、アスゲルドとゴブリンの頭領オーカスは援軍に現れた。

 ウォルターは焼け焦げた森の入り口からエスケリグと共に両者を案内した。

 そこで古城を見てアスゲルドもオーカスも大層驚いていた。

 イーシャと対面し、大将軍に任ぜれたアックスらと共に、ここに古城、コボルト、アスゲルド、オーカスのゴブリン領、そして賊がいなくなり古巣の山脈へ帰還したいと願い出た一部のハーピィも合わせて五領平和協定を結んだ。

 だが、オーカスはともかく、恩あるアスゲルドには対価を支払う必要性があるとウォルターは考えていた。アスゲルドの軍勢こそこの中では精強で古城を含めた他の四領を容易く手に入れられる武と軍勢、物資がある。

 アスゲルドは快く辞退したが、そこに手を挙げるものがいた。

 ファイアスパーだった。

「私は魔術師だ。この力をアスゲルド殿のところで役立てよう」

 彼はそう言った。

「そんなこと言って、キカが恋しいんだろう?」

 ギャトレイが言うと、ファイアスパーは顔を真っ赤にして咳払いした。

「いかがだろうか、アスゲルド殿。私があなた方のお役に立とうと思う」

「魔術師が来てくれるのはありがたいが、良いのか?」

 その目がイーシャを行きウォルターに止まった。

「ファイアスパー、後悔はしていないんだな?」

 ウォルターが問うと彼は頷いた。

「ええ、ここには兄上がいます。魔術師なら足りているでしょう」

 そうしてファイアスパーはアスゲルドとオーカスの軍勢と共に去って行った。

 ウォルターは寂しかったが、ギャトレイの言う通りならば止めはしなかった。近いうちに甥か姪ができることだろう。キカとの関係が無くともファイアスパーは色男だ。引く手数多。誰かしら良い相手を見つけるだろう。

 さて、アスゲルドらの帰還を見送り、ウォルターらは里の入り口を作ることに決めた。もはや隠しても無駄だと悟っていたし、心強い同盟が付近に幾つもある。

 斧を手にし、木を切り倒し、道を整備し、外界との出入り口を作った。ここも他の里のように賑やかになるだろうか。

 ウォルターらは斧を振るい作業に没頭した。



 広大な平地の囲いの中に馬がたくさんいた。

 ペケが産んだ仔馬は特に大きく成長した。

 その様子をウォルターは眺めていた。

 五領平和協定を結んでから三年が経っていた。深い森を苦労しながら広げ、放牧地帯としている。ウォルターは馬達が草を食んだりする様子を眺めていた。

 古城は大きく生まれ変わっていた。畑があり、行商や外部からの旅人が出入りする。彼らを繋ぎ止めるための宿屋の建設も行われると同時に新しい住人達の民家も増えた。

 イーシャは女王をし、ウォルターはその伴侶だ。時に代理として王を務める時がある。

 ギャトレイとカランは結婚し、今は古城で働いていた。一年前に男の子を二人は設けている。ファイアスパーからも便りが届き、キカと結ばれ、新しい生活を送っていると記されていた。

 エスケリグと妻のメアリーとの間にはメリーグの後にもう一人子供が生まれたメリーグは女の子だが、今度は男の子が生まれた。ローサも触発されたのか、オルスターから鍛冶仕事を任されたトリンを困らせていた。オルスターも現役だが、最近はのんびり散策し、鍛冶場以外の場所で会うのも珍しくなかった。その顔は明らかに老いていた。何か孝行できることはないか、と、ウォルターもローサも毎回そんな話をしていたが、オルスターはここで余生を過ごせるほど良いことは無いと言い笑うだけだった。

 シュガレフは、鉱山でこちらこそ正真正銘のドワーフの如く鉱石の採掘に励んでいた。作業員達はシュガレフの大きな背を見て安心していることだろう。

 ショーン・ワイアットは相変わらず古城の調査を続けている。だが、時折、開拓などの時には快く手を貸してくれた。

 ウォルターはベレが馬達を大きな厩舎に集めるために二匹の犬と共に追い立てる姿を見ていた。ベレは動物が大好きだった。

「平和になったな」

 ウォルターはそう呟いた。

「ちちうえー」

 そう呼ばれ、振り返るとアニスが小さい体を翼を羽ばたかせてやってきた。

「あんまり無理はするなよ。飛ぶのも疲れるだろう?」

 過去に真紅の鷲となった経験もあり、ウォルターはまだまだ小さな我が子に向かって言った。

「つかれましたー」

 アニスはそう言うとウォルターの懐に飛び込んで来た。

「抱っこして連れて行って下さいー」

 娘に甘えられ、ウォルターは仕方なしに抱き上げて歩き始めた。

 道々、帰宅途中の面々と出会い、声を掛けられた。

「今夜は古城の樽亭で飲むぞ」

 リザード衆はそう言っていた。

 共に死線を潜り抜けたハーピィ族がいなくなったのは寂しいが、仕方が無い。

「お酒はおいしいのですかー?」

 アニスが腕の中で見上げて尋ねてくる。

「大人になれば分かるさ」

「みんなそう言いますー」

 アニスは不満げに応じた。

「大人の特権だからな」

 夕焼けに照らされた城が見えてくる。広場の草は刈られ、噴水も綺麗な水が出るようになった。

 城に入る前にイーシャが飛んで来た。

「アニス、母上の言う通りだっただろう。まだ牧場まで飛んで行くのは早い」

「でも、父上がいましたー」

「父上がいなかったらどうするつもりだ?」

「牧場にはベレお姉さんとペケがいますー」

 ウォルターは思わず笑った。ちゃんと考えているんだなと。

 イーシャは溜息を吐き、言った。

「誰もいなかったらどうするつもりだったのだ」

「それは、うーん、泣いちゃいますー」

 ウォルターはついに笑い声を上げ、イーシャは咎める様にウォルターを見た。

「アニス、四歳までこの庭で飛ぶ練習をしろ。母上がつきっきりで教えてくれる」

「そうなのですかー?」

「父上の言う通りだ。さぁ、中に入って食事にしよう」

「はーい」

 アニスは猛禽の脚で地面に着くと、「ご飯だご飯だ」と先に入って行ってしまった。

 その様子を見てウォルターは微笑んだ。

「どうしたんだ?」

 イーシャが問う。

「いや、まさか、こんな平和で満ち足りた人生がやってくるとは思わなかった。二度と手放したくないほどにそう思う」

「そうだな。それよりもウォルター」

「何だ?」

 イーシャはもじもじしながら顔を上げた。

「平和の証がもう一人欲しい」

「分かった。平和の証なら何人いても良いだろう」

「本当か?」

「ああ」

 イーシャが両翼でウォルターを抱きしめた。こちらも抱きしめ返す。

「ちちうえー、ははうえー、ご飯ですよー」

 城の入り口でアニスが手と翼を振った。

「行こうか、イーシャ」

 ウォルターの言葉に最愛の妻は頷いた。

 そして二人並んで歩き始める。

 ウォルターはふと暮れ行く夕陽を振り返り、一つだけ願った。

 この先も永遠に平和が続きますように。

 


 魔戦士ウォルター fin

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魔戦士ウォルター Lance @kanzinei

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