魔戦士ウォルター61

 斧を薙ぐ、鋼の音が木霊し、たちまち二人のエルフが倒れた。隣では得物は違えどギャトレイが同じことをしてやって退けた。

 倒れたエルフ達は半身を起こし、顔を見合わせ頷いた。そして立ち上がる。

「我々の一撃を捌くとは、なかなかやるな」

 一人のエルフが言った。

 力量の差が分からないのだろうか。エルフとはかくも馬鹿な種族だったのか。

「狼牙、後の憂いになる、殺してしまおう」

 ギャトレイが目だけこちらへ向けて言った。

 確かに、カランとベレの安寧の日々を邪魔する奴を野放しにはしておけない。

 ギャトレイと共にウォルターは武器を引っ提げて敵に歩み寄って行く。

 エルフ達は、じりじり後退した。

「どうした、俺達が怖いのか?」

 ギャトレイが声を上げて問うが、エルフ達はこちらが進むと下がり、止まると止まる。

 ん? もしや。

 と、ウォルターが気付いたときには遅かった。歩んだ足が突然下へと滑り落ちた。

 穴の深さは六メートルぐらいのものだろうか。

「ちいっ、掛かっちまったな。誘いの手だ」

 ウォルターの隣で同じく尻もちをついているギャトレイが言った。

 頭上でエルフ達が顔を覗かせた。

「ハハハハッ、愚か者どもよ、我らの策に引っかかったな」

 ウォルターはここで反論すれば負けを認めたようなものになりそうな気がしたので怒りで揺れる口を閉じた。

「草原エルフの獲物を捕る常套手段だ」

 ギャトレイが上を見上げて言った。

 すると顔を覗かせるエルフの数が増えた。一人、二人、三、四。合計で八人だ。八人の草原エルフは揃って美麗な顔に勝ち誇った笑顔を見せていた。

 ファイアスパーもさすがに起きただろうな。奴一人でも充分と言えば充分だ。

「さて、ダークエルフ狩りの再開だ!」

 エルフ達が歩み出す。と、風を切る音がし、エルフが一人穴に落ちて来た。

 矢が額に突き立っている。

「侮らないで、自分の身くらい、自分で守れます!」

 カランの勇ましく厳しい声が聴こえた。

「その通りだ!」

 ベレの声も続いた。

「カランさん!? ベレも! ちいっ、ファイアスパーは何やってんだ!? 狼牙、肩を貸りるぜ!」

 こちらが応じる間もなく屈むとホブゴブリンの傭兵はウォルターの右肩を踏み台にして上へと跳躍した。

「見たか、ゴブリンの跳躍力を! カランさん、あとはこのギャトレイにお任せあれ!」

 ギャトレイは勇躍し消えて行った。が、頭上では、剣戟の衝突が鳴る音と、ギャトレイの咆哮の様な声と、エルフ達の断末魔が聴こえていた。

 ウォルターは暴れたりなかった。このような醜態だけで終わるとは自分が情けなく思った。

「退け、退け!」

「逃がすかよ!」

 ギャトレイの声の後に再び断末魔の声が聴こえた。

 一つ、エルフの死体が穴に転がって来た。外套の下には丈夫な布の防具を着ていたようだがギャトレイの剣がしっかり心臓を貫いていた。

「おい、上はどうなったんだ!?」

 ウォルターが問うとギャトレイが顔を覗かせた。

「始末した」

「ファイアスパーは?」

「信じられん、寝てやがる。後でとっちめてやる」

 と、ギャトレイの顔が曇った。

「早く出してくれ」

「そうはしたいんだが、ロープが無い。エルフ共の死体を重ねて上がろうにも届かないだろうしな」

 そこでわきから紫色の魔術の光りを帯びたロープが投げ込まれた。

「すまん、失態だった」

「ファイアスパー! この野郎! もう少しでカランさんが危なかったんだぞ!」

 ギャトレイが憤怒の表情で言った。

「以後気を付ける。さぁ、ウォルターを引き上げて、エルフの死体を落としてしまおう」

 ウォルターは魔術のロープを掴んだ。身体中が拘束されるのを感じた。

 それをファイアスパーとギャトレイが掴んで引き上げた。

 ようやく地上へ出られたウォルターは、予想通りの凄惨な光景を見て、口笛を吹いた。鬱憤などどこかへ飛んでしまった。ホブゴブリンの傭兵の腕前に感心するばかりだ。

 ファイススパーが再度一同に謝罪し、ウォルター達は誰も通らないうちにエルフ達の死体を穴に放り込んだ。

 そうして何事も無かったかのように再び足を進めた。

 ベレが愛馬ペケに跨り、カランがギャトレイと並んで御者を務めている。

 ファイアスパーは今回は後方へ様子を見に出かけた。草原エルフの仲間がいれば復讐してくるだろう。

 しかし、一行はそのままリザードマンの里に到着することになった。

「この地で争いは禁じられている」

 若いのだろうか。リザードマンにしては小さく、赤色の肌をした門番が重々しく説くように言った。

「お前達からは血のにおいがする」

 門番はそう付け加えた。

「一、二、三、四、五、ろ……。見間違いか。通るが良い」

 まだ日が高かった。宿を取り、酒場へ赴いて夕食というにも早い。

 と、カランが申し出て来た。

「ギャトレイさん、私に剣を教えて下さい」

「剣? いや、カランさんが覚える必要は無いですよ。我々に任せてください。ファイアスパーも反省してるでしょうし」

 そうギャトレイが言うとファイアスパーは少々不機嫌そうに、エルフ顔負けの端麗な顔を歪めた。

「悪かった。私が迂闊だった」

 しかし、カランは頑なに首を振った。

「ファイアスパーさんがいてもいなくてもあの場は危なかったです。穴がもっと深かったらギャトレイさんでも上がって来れなかったと思います。お願いです、剣を教えて下さい。いつもギャトレイさんが守って下さるとは限らないのですから」

 カランの目は本気だった。

 ウォルターはカランの言うことがもっともだと思った。ダークエルフの里に着けばそこでカランとは別れる。戦争だってあるかもしれない。自分の身を自分で守るしか無いのだ。カランもベレも確かな弓の腕を持っているが、接近戦は、狩猟時の短刀術ぐらいしか備えはない。ウォルターは頷いた。

「教えてやったらどうだ、ギャトレイ」

「狼牙。……分かりました、では、カランさん、リザードマンに許可を取りに行きましょう」

「ありがとうございます、ギャトレイさん! いえ、先生!」

「いやいや、そこまで畏まることもないですよ!? 普段通りでお願いします」

「分かりました、ギャトレイさん」

「ええ。じゃあ、後でまた会おう」

 ギャトレイとカランはリザードマンの中に消えて行った。

「ベレはどうする?」

 ファイアスパーが残された妹に尋ねた。

「姉上の邪魔をするつもりはない。私は私で鍛錬しようと思う。ファイアスパー、罪滅ぼしに付き合ってくれないか?」

「罪滅ぼしか」

 ファイアスパーはガックリうなだれて、気を取り直した様に頷いた。

「ベレには短い槍、つまり短槍術を教えて上げよう。それで合えば続けて鍛錬すれば良いさ」

「分かった」

 ベレは頷き、ウォルターを見た。

「後で合流する」

「ああ」

 ファイアスパーとベレも消えた。

 さて、ウォルターは歩み始めた。元来た道を戻り、門番の目が届かなくなった街道までつけて来るひそやかな足音と、それを凌駕する殺気を聴きながら振り返った。

「ダークエルフをやるんじゃなかったのか?」

 するとバッと風を孕む音を立てて、彼の後ろに灰色の外套を纏ったエルフが姿を現した。

「気が変わった。大将首を上げて、仲間達の供物と捧げん! 大草原エルフの戦士の名に懸けて、この灰色のシュガレフと、いざ尋常に勝負! 狼牙!」

 大柄な草原エルフは灰色の外套を振り払う。と、その下から長剣をヒラリと抜いてウォルターに肉薄した。

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