魔戦士ウォルター7

 傭兵。それは戦場を生業とする職業である。

 ウォルターは幾度も戦や、小さな里同士の小競り合いにも参加したことがある。

 勝てば報酬が手に入るが、負ければ最初に貰った前金だけだ。だから勝たねばならない。己が生きるために。

 人間とエルフが争っている。

 エルフの大きな樹海の里に生える立派な木々を人間達は欲した。

 エルフは降伏勧告には応じなかった。

 住処である大樹海を背に人間達を迎え撃つ。

 エルフは弓に秀で、毎度のことながら欲に支配された浅はかな人間達を次々葬り去っている。

 断続的な弓に盾で防御し人間達は動けなかった。

 盾から少し覗いただけでも顔を射られる有様だ。

 この戦いを当たりにするのか外れにするのか、それは自分自身に掛かっている。

 ウォルターは盾に身を潜めながら最前線でそう感じていた。

 命を捨てる覚悟を持つべきだ。

 どの道、金が無ければ食事にだってありつけない。

 次々飛んで来る矢が分厚い木の盾を揺らめかす。

 魔術師なんてそうそういるものでは無い。それに雇い主も俺が魔術師だから雇ったようなものだ。

「ウォルター殿、伝令!」

 肩越しに呼び掛けられる。

「何だ?」

 振り向かずに尋ねる。

「総大将より、あなたの魔術で状況を打開するようにとの要請です」

「分かった、やってみるよ。どの道、人間いつかは死ぬし、俺だって多くの者を殺してきた」

 ウォルターは盾を放り捨てた。

 すかさず矢が肉薄する。

 だが、魔術の壁によって阻まれる。

「エクスプロージョン!」

 ウォルターの手が差し向けられた一角が爆発する。

 大勢のエルフ達の影が吹き飛んだ。

「エクスプロージョン!」

 ウォルターは立て続けに唱える。

 次々爆発が起こり、敵の最前線から中腹までを吹き飛ばした。

「矢が止んだ! 今こそ攻め込め!」

「おおっ!」

 槍に剣に獲物を手にした人間達が疾駆する。

 ウォルターは瓶薬を飲みながらその様子を後方で見詰めていた。

「相変わらず、不味いよな」

 空になった瓶薬をポーチに差し込み彼も歩き出す。

 もはや乱戦。魔術の役目は終わった。

 ベルトから長柄の手斧を引き抜く。

 エルフは人間に近しい種族だ。それに美しい。人々の目的はそんなエルフへ欲情を吐き出した後、奴隷として使役させようと思っているのだろう。

 だが、今度は人間達が吹き飛んだ。

 風の刃が人間達を分断し、ウォルターの鼻先まで来た。ウォルターは魔術の壁を張り防御した。

「風魔法か。まだまだ俺の出番はありそうだ」

 ウォルターは歩み出した。

 敵味方入り乱れてはいたが、接近戦では非力なエルフでは耐えきれるものではなかったようだ。

 戦場に到達すると、エルフが叫んだ。

「里の危機、我々ごと、葬り去れ! 後は頼んだぞ!」

「何っ!?」

 空気の刃が幾重にも飛び、エルフと人間とを殺して行く。

 エルフにこれだけの胆力があるとは。いや、命懸けなんだ。奴らにはもう、後が無い。女子供のためたった一度きりの生命を投げ出している。

 ウォルターは感じた。

 ああ、嫌な癖が出て来た。

 後ろに提げていた頭巾を深く被ると、斧を振るい、人間の首を刎ねた。

「助かったぞ! 同士よ!」

 エルフの戦士が礼を述べた。

 結局こうなるのか。俺は。

 人間が殺到してくる。

 ウォルターは斧で受け止め、弾き返し、その首を穿った。

 幾度も幾度も湧いて出てくるような人間達を殺し尽くし、彼の斧は血でべったりと汚れ、赤い雫が滴り落ちていた。

「撤退! 退け!」

 人間達が引いて行く。

 エルフが得意の弓矢に持ち替え、次々逃げ行く人間達の背を射抜いた。

「やったな、我々の勝ちだ」

 エルフの一人が話しかけてきた。

「ああ」

「フードを取れよ、敵には魔術師もいたようだが、もう大丈夫だ」

「ああ」

 ウォルターはフードを脱いだ。

 途端にエルフが驚きの声を上げた。

「人間!?」

 その言葉に反応しすぐさまウォルターは取り囲まれた。

「人間だ! 逃げ遅れたのか!?」

「捕縛しろ!」

 次々声が上がるが一人のエルフが進み出て言った。

「待ってくれ。この者は私の危機を救ってくれた!」

 最初に助けたエルフだった。

「この男はフードを被り、種族を偽って我らの味方をした」

 助けたエルフが冷静に同胞に呼び掛けた。

 落ち着いたエルフ達はそれでも抜身の剣をしまわず、ウォルターを吟味していた。

 この際、魔術を使ったことは黙っていた方が良いだろう。

 ああ、報酬を貰い損ねた挙句、窮地に陥る。俺は何て不便な生き物なのだろうか。

 ウォルターはそう己自身を嘆きながら敵意が無いことを示すために斧を差し出した。

「何という血の量だ」

 斧から滴る血を見てエルフ達は驚いていた。

「人間がいると聴いた」

 見れば木の冠を被った身なりの整ったエルフが進み出てきた。

 声の調子からすれば男だろう。砂色の金髪が風に流れていた。

「名は?」

「ウォルター」

「ウォルター、何故、我らの味方をした?」

「ただの気まぐれさ」

「だが、貴様は魔術師だ。そうだな?」

 ウォルターは息を吐いた。

「お見通しか」

「お前の魔術で多くの同胞が死んだ。それにその変心、貴様は尊敬される者では無い。明朝、首を落とす。引っ立てろ!」

「待ってください、長、この者は私を助けてくれた」

「くどいぞ、エスケリグ」

 ウォルターは斧を奪われ、周囲をエルフに包囲されながら連行されていった。

 やれやれ、俺は俺自身で死への扉を開いてしまった。愚か者のひねくれ者の末路にはお似合いかもしれない。

 ウォルターは諦めていた。

 初めてだ、死を受け入れたのは。

 だが、最初に助けたエルフ、エスケリグが突如抜刀し、剣を滅茶苦茶に振るった。

「エスケリグ、どういうつもりだ!」

 エスケリグはウォルターの斧を取り戻す。

「それでも俺はこの男に恩がある! 皆を斬りたくはない、抵抗するな!」

 そう叫んでエスケリグは剣を振るう。

 ウォルターの囲みが甘くなった。

「行け、ウォルター!」

 その言葉にウォルターは心が熱くなった。

 俺はお前達の同胞を殺している。だが、それでもここまで律儀な奴がいるとは思わなかった。

「礼を言う!」

 ウォルターは逃走した。

 エスケリグはどうなるだろうか。

 逃げて生き延びる事こそ、奴の心に応えられる最大の感謝だ。

 ウォルターは原野を駆けた。

 後ろに盾の魔術をかけながら。

 幾本か矢が飛んできたが壁の前に弾かれる。

 人の里に戻るわけにもいかず、彼は迂回した。

 夜になり、ウォルターは街道からそれた場所で焚火をしていた。

「ウォルター」

 不意に闇夜の中、自分の名を呼ぶ声にウォルターは立ち上がり臨戦態勢を取った。

 完全に油断していた。狼牙の、狼の異名を持つこの俺が。

 すると焚火の灯りが相手を照らし出した。

 今は火のオレンジ色に染まっているが長い流れるような髪の持ち主だ。

「エスケリグだ。と言えば通じるか?」

 ウォルターは瞠目した。

 エスケリグは涼やかな笑みを浮かべていた。

「何でお前がここに?」

「反逆者として里を追い出された。もう永久に戻ることはできない」

 エスケリグが焚火の前に腰を下ろして言った。

 ウォルターは自責の念を感じた。

「悪いことをしたな」

「いや、恩には報いなければならない」

「だったら、お前はもう報いている。むしろ俺の方がお前の恩に報いていない。あそこから逃げ延び生き延びる事こそ最大の恩返しだと思ったが、そんな都合のいい恩返しがあるわけがない」

 ウォルターが言うとエスケリグは笑った。男なのに美しい笑みだった。

「だったらウォルター、恩を返して欲しい」

「俺を里まで連行するのか?」

「違う」

 エルフのエスケリグはかぶりを振った。

「外の世界を案内してもらいたい」

「それはつまり」

「そう、お前について行くよ、次の別れが来るまで」

 孤高を貫いてきたウォルターだが、命の恩人の頼みを断れなかった。

 俺が誰かと歩く日が来るとは思わなかった。

「良いかな?」

「良いも何も恩に報いる手段がそれしかないんだから仕方が無いだろう。次の別れってのがどんなものになるか、保証はできん。俺は傭兵だからな。戦って食うしかすべを知らない男だ」

「分かっている。お前からはそういうにおいがする。俺をよろしく、ウォルター」

 再び立ち上がり、炎が照らす美しい微笑みを見ながらウォルターは握手に応じたのであった。

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