魔戦士ウォルター15

 最後の馬車が駆け付けて来る。

 アックス率いるリザードマン部隊は死と運命を共にし、我らを逃す。そういう話し合いだった。

 残ったハーピィの戦士達もそろそろ引き上げてくるだろう。

 オルスターは御者のメアリー、つまりエルフのエスケリグの妻を見た。

「これで全員か?」

 イーシャが尋ねる。

 リザードの民達がすすり泣いている。

「申し訳ありません、ウォルターさんはここにはいません」

 メアリーが言うと、イーシャもローサも瞠目したが、オルスターは笑いたい気分だった。

「どういうことだ?」

 イーシャが身重の身体を飛翔させてメアリーに迫った。

「彼は戦場へ戻った」

 荷台からエスケリグと、傷ついたリザードの戦士達が現れる。

「な、何故!?」

 イーシャの悲痛な声にオルスターは笑い声を上げた。

 気でも狂ったのかという周囲の視線を受けてオルスターはかぶりを振って応じた。

「捨てきれなかったのだろう。あいつらしいことだ。イーシャ殿、何も捨て鉢になったわけでもない。ウォルターには魔術がある。魔術を駆使し必ず帰って来る」

 イーシャは地に下り、いくらか表情を落ち着かせていた。

「オルスター殿、前々から気になっていた。ウォルターは何故魔術を?」

 若き威厳あるハーピィ族の長に尋ねられるとオルスターは答えた。

「生まれつきのものだ。魔術の素質のある者、無い者、どちらかといえば、魔術の素質がある方が人間は少ない。あるいはその中でも自分の素質に気付けない者もおる。ウォルターには素質があり、それに気付けた」



 二



 大きな炉の前にウォルターはいた。

 歳は十。

「親父みたいに上手く火を起こせないんだよな」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 七歳のローサが尋ねてくる。

 二人は工房の掃き掃除をしていたが、ふと、ウォルターは、自分が薪ですら火を起こすのに苦労していることを考え、すぐに火を起こせる父オルスターを素直に尊敬していた。

「俺でも簡単に火が起こせたらな。ウォルターが命じる、炎よ起きろ!」

 ウォルターが炉に向かって手を突き出す。

 すると炉の中が明るくなった。

 パチパチと残った炭を焼く音が聴こえた。

 ウォルターは目を瞬かせた。

「お兄ちゃん、凄い! 魔法使いだ! 私お父さんに言ってくる!」

 魔法使い? 俺が?

「火は完全に消したはずだが」

 オルスターがローサに引っ張られてくる。ローサが指さすと、オルスターは炉の炭がくすぶっているのを見たのだった。

「ウォルター、もう一度やってみせてくれ」

 オルスターは積み上げていた薪を炉に放り込んで言った。

 親父の奴、怖い顔をしているな。怒られるか?

「ウォルター、やってみせてくれ。何、別にお前をどうこうするわけでも無い」

「分かったよ」

 ウォルターは炉に向き直って手を突き出した。

「炎よ、燃えよ!」

 途端に炉の中の薪が一気に燃え上がった。

「魔法だ! 魔法だ! ウォルターは魔法使いだ!」

 ローサがはしゃぐ。

 その頭を撫でてオルスターは言った。

「お前達、数日留守にするが、良い子で待っていられるか?」

「どこかに行くの?」

 ウォルターが問うと、養父ドワーフのオルスターはその右肩に手を置いて頷いた。

「ウォルター、ワシが帰って来るまで、その力は秘密にしておいてくれ。薪割を頼むぞ」

「うん、分かった」

 そうしてオルスターは長いあごひげをよそ行きに整えて、鍛冶で打った品々を荷馬車に満載にして出て行った。

「お父さん、早く帰って来ると良いね」

 ローサが言う。

「そうだな」

 そう思いながらウォルターは父が言ったことを思い出していた。

 この力は秘密にか。何でだろう。

 ウォルターはローサと共に父の帰りを待った。

 薪を割り、パンを焼き、裏の畑の夏野菜を取って調理して凌いでいた。

 父は遅い帰りだった。三週間後だ。

 ローサが心配し始めた頃になって帰って来てくれたのでウォルターは安堵していた。

「お前達、何週間も家を空けてすまなかったな」

「お父さん、品物は売れたの?」

「ああ、全部売れたよ、ローサ」

「じゃあ、大金持ちだね」

「いやいや、残念。そうでも無いのだ」

 オルスターはそう言った。

 ウォルターは父が分厚い本を抱えているのを見て首を傾げた。

「親父、それ、何の本?」

「これはな、魔術について書かれた本だ。ウォルター、これをよく読んで、明日からワシと、ちと練習してみよう」

 オルスターは本をウォルターに渡した。

「見せて見せて?」

 ローサが割り込んできた。

 ウォルターは本を眺めた。分厚く古めかしい本だった。革製の表紙は劣化し、ひびが入っている。

「いや、やはり明日までワシが預かっておこう」

 オルスターはウォルターから本を取り上げた。

 別に不満は無いが、この本を俺に買って来た理由は何だろうか。

 翌日、家の広い庭にオルスターは薪を積み上げた。

 そこであの本を渡してきた。

「説明をよく読み、やってみせてくれ」

 ウォルターは読み始めた。

 頭の中で想像し、放つ。

 要約すればそう書かれている。

「炎をイメージして御覧。炉の薪を焼いた時のように」

 オルスターの隣には六つ桶がある。その中は水でいっぱいだった。

 ウォルターは燃え上がる炎を想像した。絵本でドラゴンが吹くような。本に目を落とす。エクスプロージョンと記されていた。

「エクスプロージョン!」

 積み上げた薪が爆ぜた。

 燃え上がり一瞬にして炭になる。ボロボロと焦げた木っ端は雨となって降り注ぐ。

「親父、これは?」

「魔術だ。ウォルター、よく聴いてくれ、お前には魔術師の素質がある。類稀なる才能だ。明日からはその本を持って制御できるまでワシと共に頑張ろうぞ」



 三



 オルスターはウォルターと魔術との出会いを時折ローサの注釈付きで語り終えた。

「幸い、ウォルターは、魔術を悪用しようという考えには及ばなかったようだな。今は我々やアックス殿達、仲間のために有りっ丈の魔術を放っているであろう。大丈夫切り抜けてくる」

 オルスターの言葉にイーシャは頷いた。

「分かった、オルスター殿。私はここで待つ」

 イーシャが言った。

 程なくしてこちら目掛けて坂を下って来る者達の姿を見た。

 目の良いエルフのエスケリグが言った。

「来た。ハーピィとリザードマンが全員」

「ウォルターは?」

 イーシャが問う。

「アックス殿の隣にいます」

「何だって? 無事なのか?」

 今にも羽ばたかんばかりにイーシャが尋ねる。

「大丈夫、歩いている」

 程なくして戦士達が合流する。

 イーシャがウォルターに飛びついた。

 オルスターはその様子を見て思った。ドワーフの平均寿命は三百年程。今、二百七十歳だ。その間に、ウォルターもローサも、愛する人を見付けてくれて本当に良かった。と。

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