魔戦士ウォルター16
森の中を行く。馬車は入れなかったので茂みに隠しておいた。
身重のイーシャを除いてハーピィ達は空を行き、ウォルターらはリザードマンの長、アックスの後に従い歩いている。
イーシャはウォルターが抱いていた。
「で、その古城の主はどんな奴なんだ?」
ウォルターが問うとリザードマンの民の一人が応じた。
「あなたと同じ人間です。名をワイアットと言いました。考古学者と名乗ってました」
「コウコガク? まぁ、学者なんだな」
「義兄さん、考古学者は過去と歴史を調べる学者です」
ローサの夫トリンが言った。
「過去ね。世の中いろんな物好きがいるな」
ウォルターはそう言いつつ、内心では己の過去を思い起していた。
戦、戦、金と金の人生だった。
だが、そんな俺がこんな一団に加わることになるとは思わなかった。
珍妙な一団だ。ハーピィにリザードマン、エルフにドワーフに人間。
そんな俺達を快く迎え入れてくれる奴もまた珍妙なんだろうな。
歩き続けると、木々の間から古びた城壁が見えてきた。
「イーシャさん、もう少しだよ」
ローサが同じ身重の義姉を励ますように言った。
それで気付いたのだが、イーシャは呼吸が苦しそうだった。
「イーシャ、どうした?」
「卵が、私とウォルターとの卵が産まれそうだ」
突然のことにウォルターはうろたえていた。
「何だって?」
「もう、お兄ちゃんがそんななんじゃイーシャさん落ち着かないよ。ちゃんと励ましてあげなきゃ」
ローサが言い、ウォルターも夫としてもっともだと痛感し、何か気の利いた言葉を探し始めた。
「大丈夫。ウォルターの温もりが最大の励ましだ」
ハーピィの長、イーシャは誇り高くそう言った。
そうして一団は目的地の前で停止したのであった。
二
空を行っていたハーピィ達が降下し、一同に加わった。
古びた城だ。コケや蔦に覆われていたが、まだまだ頑強そうな石壁を備えている。
一同を代表してリザードマンの長、アックスが声を上げた。
「ワイアット殿! 居られるか!? 我ら一行、今日よりこの城の一員とさせていただこうと思うが、いかが!?」
しばし静寂があり、開け放たられた門扉から一人のウォルターより長身の男が現れた。
茶色の外套を羽織っているが、ウォルターは見た。腰の左右に長剣が佩かれているのを。
二刀流?
だが、そんな疑問はしまわれた。
「アックス殿、それに皆さんもようこそおいで下さった。私はショーン・ワイアット三世。考古学者だ」
「ご紹介痛み入る。私もこちらの主要な者達を紹介しよう」
リザードマンの長、アックスがこちらを振り返る。
「あの男がウォルター。そして抱かれているのがハーピィ族の長のイーシャ殿。そしてエルフのエスケリグ殿に、ドワーフのオルスター殿だ」
俺だけ呼び捨てか。まぁ、良い、ウォルター殿。なんて柄じゃ無いからな。
ウォルターは進み出た。
「アンタのことは何て呼べばいい? 王様か?」
「ショーンでもワイアットでも、好きに呼んでくれて構わん」
「じゃあ、ショーン。さっそくだが、イーシャの部屋を用意したい、良いか?」
「城の部屋ならどこを使ってくれても構わんよ」
「分かった、礼を言う」
ウォルターはイーシャを抱えたまま歩き出した。過去には噴水があったのだろう。中庭に濁った池があり、雑草が生い茂っている。それを潰しながらウォルターは開け放たれた城への入り口へ向かった。
入口を潜ると、かび臭いにおいがした。足元もホコリが溜まっている。ダンゴムシが這っているのを見つけた。
やはりひとまずは一階だろう。どんな時にも対応しやすい。
ウォルターは上と地下に続く階段と左右に分かれた回廊まで来ていた。
「案内もせずに悪かった。東は広間やキッチンだ。居住区に向く個室なら西側に多くある」
いつの間にか追いついてきたショーン・ワイアットが言った。
「分かった」
ウォルターは西側のすぐにある一部屋に決めた。
ホコリと窓以外、何も無い。
ここにイーシャを下ろすわけにもいかない。
そう思っていると、ローサとエスケリグの妻メアリー、そしてエスケリグ、リザードの女衆が箒と雑巾を持って現れた。
「お兄ちゃんはイーシャさんをお願い。すぐに皆で掃除するから」
ウォルターは外に出て、養父ドワーフのオルスターとローサの夫トリンと共に女衆の動きを見ていた。
リザードマンの年かさの女性がテキパキ指示を出している。
「イーシャ様は私達の恩人よ。少しでも綺麗にしなきゃ」
簡単な清掃が終わり、リザードマンが用意してくれた絨毯の上にイーシャを下ろす。
「辛かったろう?」
そう言って後悔した。まだ終わっていない。辛いのだ。
イーシャは苦しがっていた。
「ウォルター、出産の方は私達でやる。お前は外に出ていろ」
ハーピィ達が言った。
「頼んだ」
ウォルターは外に出ようとしたが、イーシャが名を呼んだ。
「ウォルター、好きだ」
「俺もだ、イーシャ。お前だけ苦しんで何もできなくて悪いな」
「そんなことはない。立派な卵を産んで見せる」
そうして女衆が目配せで出ていくようにウォルターを促した。
女衆の中にはローサとメアリーもいた。
扉を閉じる。
イーシャの苦しそうな声が聴こえた。
何もできない自分がもどかしかったが、行くだけ邪魔になることは分かっている。イーシャにも余計な気遣いはさせたくない。
トリンが駆けてきた。
「ローサなら中だ」
「そうでしたか。義兄上、実は古いですが工房と炉を見付けました」
「おお、やったじゃねぇか。これで親父と鍛冶ができるな」
「ええ」
トリンは嬉しそうに言った。
その時、扉がゆっくり開かれ、ローサが顔を出した。
「卵、産まれたわよ。入って」
「分かった」
「おめでとうございます」
トリンが言った。
「ひとまずはそうだな。お前達も早く子供が生まれると良いな」
ウォルターが入り口を潜ると、リザードマンの女達と、ハーピィ達が道を開けた。
絨毯の上に壁を背にしてイーシャが息を切らしている。その隣に少し大きな白い卵があった。
「これからイーシャは卵が生まれるまで温めなければならない」
ハーピィが言った。
「そうだな」
ウォルターはイーシャの下へ歩み寄ると、その肩に手を触れた。
イーシャが瞳の無い目でこちらを見る。
「ウォルター」
「イーシャ、よくやったな。あとは俺達の子供が生まれるまで二人で守って行こう」
「ああ」
イーシャはそう頷く。だが、何かせがんでいるように見え、ウォルターは彼女の両頬に軽く手を添え、口づけしたのであった。
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