魔戦士ウォルター17

 イーシャと共に居たかったが、ウォルターはトリンに呼ばれ、イーシャを三人のハーピィに託した。

「何なんだ?」

「それがここでの王様みたいなものを決めるらしいです」

「ショーン・ワイアットじゃ無いのか?」

「さぁ、行ってみないと」

 二人は薄暗くなり始めた回廊を行き、広間に着いた。

 ここも女衆が軽く掃除したらしく、綺麗にはなっていた。

「ウォルター、来たか」

 リザードマンの長、アックスが言った。

 椅子やテーブルは無い。なので全員立ったままだ。

 イーシャとその護衛は勿論、他にメアリーと孤児院の子供、同じくリザードマンの子供の姿は無かった。

「メアリーが面倒を見てる。子供達は未知のお城探索に喜んでいた」

 エルフのエスケリグが言った。

 ふと、ウォルターは気付いた。エスケリグとメアリーの子供はハーフエルフになるのだと。

 だが、アックスの咳払いで、我に返った。

「ここに来て休みたい者もいるだろうが、誰がここの長、つまり統治者に相応しいか決めておくべきだと私は思う」

 アックスが言った。

「ショーン・ワイアットさんじゃないのか?」

 リザードマンの老人の一人が声を漏らした。

 するとアックスの隣に佇む考古学者はかぶりを振った。

「私は辞退するよ。私はここに住まわせてもらい、自分のために研究を進める。それだけが目的だ。統治者は皆の中から決めればいい」

「というわけだ。意見のある者はいるか?」

 アックスが残念そうに言った。

 これはどうやらアックスも乗り気ではないようだ。と、ウォルターは思った。

「エスケリグ殿はどうでしょう? エルフ族の方の寿命は長いです。安定した統治を長く任せられるのではないでしょうか?」

 トリンが言った。

「いや、トリン殿、滅相も無い。私、いや、俺は剣術と風の魔術を多少操れる程度のエルフでしかない。有事の際に皆の指揮を取れるほどの実力はない」

 エルフは答えた。

「ドワーフ殿は? この中では最年長者だ」

 その意見にオルスターはカラカラと笑い声を上げる。

「年長者を敬ってくれるのはありがたい。だが、ワシはもう三十年もしたら逝くだろう。それに本業は鍛冶師で、それしか知らない男だ。エスケリグ殿と同じだ。何かあった時に指揮を取れるほどの経験も無い」

「なるほど、つまりは、何かあった時に指揮を取れる者か」

 アックスが言うと、リザードマン達が声を上げた。

「だったら、うちの族長だ! アックス様なら様々な戦いを経験し、指揮も取れる!」

 リザードマン達はしばらく騒いで黙った。

「イーシャは?」

 ハーピィ族が言った。

 するとアックスが再び騒ぎになるのを感づいてか宥めた。

「私、いや、俺個人としてはイーシャ殿の世話になったのだ。イーシャ殿こそ、ここの女王に相応しいと思う。リザードマン達よ、そうは思わないか?」

 義理堅いアックスの言葉にリザードマン達の間からポツポツと肯定の声が出始めた。

「だが、肝心のイーシャ殿は今は自分のことで手一杯だ。部屋を動けぬ」

 アックスが言うと、なら誰が適任かという声がリザードマンとハーピィの間で論争となり始めた。

「静粛に。俺の意見を言って良いか?」

 アックスが一同を静まらせると、ウォルターに目を向けた。

 まさか。

 ウォルターは虚を衝かれる思いだった。

 しかし、その目が訴えている。

「イーシャ殿の伴侶であるウォルターを代理の王に立ててはどうだ?」

 ハーピィ達は歓声を上げ、リザードマン達は声こそ出さなかったが、かつて命懸けで自分達を救ってくれたウォルターのことを引き合いに出して納得しあっている。

「静粛に。異論がある者はいるか?」

「おいおい、冗談だろう。俺が王だって?」

 ウォルターは思わず声を上げた。

「ウォルター、お前もイーシャ殿と同じ我々の恩人だ」

 アックスが言う。

「ウォルターは我々の恩人でもある。それにイーシャの伴侶だ」

 ハーピィ達が言った。

「待ってくれ、俺はただの放浪者だぞ」

「いや、英雄だ」

 ハーピィ達が言う。

「それに一番場数を踏んでもいる」

 リザードマンの長、アックスが続いた。

 もしかすれば、アックスは初めからこうすることが目的だったのではないだろうか。

 ウォルターはその真面目な視線を見つめ返した。

「ならば、イーシャ殿が復帰するまでならばどうだ?」

 どうだ? そういう視線が向けられる。

「お、親父」

 ウォルターは自分でも情けなく思ったが、オルスターを振り返った。

「何を慌てる必要がある。皆がそう思っているのではないか。お前は自分でも知らないうちに多くの信頼を勝ち取って来たのだ。胸を張って覚悟を決めろウォルター。みんな、何も王としての威厳や治世を求めているわけではない、今のままのお前で充分良いと言っておるのだ。政治なら皆で話し合って決めて行けば良いだろう」

 オルスターはよそ行きの編まれた顎髭の奥で微笑んだ。

「国王代理、ウォルター万歳!」

 アックスが声を上げる。

 ああ、やっぱり、このリザードマンの長の筋書き通りだったのかもしれない。戦だけかと思ったが意外と知恵が回る。だが、イーシャを立ててくれたのは嬉しかった。

 皆の信頼厚いイーシャのためにやるしかないだろう。

「いいえ、やるべきよ」

 心を見透かしたように妹のローサが明るい笑みを浮かべて言った。

 ウォルターは内心溜息を吐いた。

「分かった。だが、イーシャが復帰するまでだ。それと何と言えば良いのか、色々決めるのは俺であってお前らでもある、それが条件だ。忘れるな」

「では、国王代理、まずはどうすれば良い?」

「決まってるだろう、飯の支度だ」

「異議なし!」

 多くの賞賛の声が上がり、人々は動き始めた。

 ウォルターはそれを見届けると、話し合いの結果をイーシャに伝えに戻った。

 部屋に入ると蝋燭の灯りが彼女を照らしていた。

「イーシャ、具合は?」

「もう、大丈夫。後は私達の子供が殻を割るまで温めるだけだ」

「そうか。悪いな。で、だ。実は誰をここの国王にするかという話が合ったんだが、お前に決まった」

「私がか」

 イーシャは言葉ほど驚いた様子もなく応じた。

「嫌なら今からでも断りを入れてくる」

「いや、良い。やらせてくれ。皆が私に期待するならそれに応えたい」

 ウォルターはイーシャに惚れ直していた。うろたえていた自分とは違う、肝が据わり、先を見据えたような目をしている。

 適任だ。

「ただ、今は卵が」

「そのことだ。だから、代理で俺が王に選ばれた」

「ウォルターが王なら任せられる」

 イーシャは頷いてそう言った。

「そうかな」

「そうとも。自信を持てウォルター。お前はもうアッシュじゃない。悩んだら多くの仲間を頼れば良いんだ」

 そう励まされウォルターは軽く笑った。

「そうだな、良い国にしてゆこう」

「ウォルター」

「何だ? ああ、分かった」

 ウォルターは腰を落としイーシャの顔に自分の顔を近づける。

 そして深く口づけを交わす。

 顔を離すとイーシャが言った。

「大丈夫、私もいるし、皆もいる」

「そうだな」

 そうしてもう一度口づけを交わしたのであった。

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