第79話 フィムはどこの子?
お城から戻ってきて、私を涙ぐんで迎えてくれたミルカ。死刑、幽閉といろんなパターンを想像してたらしい。
本当に死刑になろうものなら大人しく執行を待つわけないし、幽閉なんて転移魔術の前じゃ成立しない。それでも心配するのがミルカらしかった。
「もう何も手につかなくて……。洗濯、部屋掃除、お風呂掃除、お料理の仕込みを終えるのにお昼近くまでかかったんですよ」
「いつも通りだね」
「でも、フィムちゃんがいてくれたおかげで何とかなりました」
「床に頭をつけて平伏するのです!」
そこまでするか。でも、きちんと戦力になってくれて嬉しい。
確実にミルカの負担は減ってる。宿によっては採用難で苦しむところも多い中、恵まれていると思う。そしてシスティアお姉様がやかましい。
「アリエッター! ごはんー! ごっはん!」
「夕食の時間は他のお客様に合わせるからダメだよ」
「ところでそこにいる獣人の子ねー、なーんか見た事あるんだよねー?」
「フィムのこと?」
「うんー。どこだったっけなー?」
お姉様がテーブルに頭を擦りつけながら、必死に思い出そうとしてる。
そういえばフィムがヴァンフレムお兄様に睨まれたと言ってたっけ。
今までスルーしてたけど、フィムの素性を無視するわけにいかないか。とはいえ、本人が言いたくないなら無理に聞き出すわけにもいかない。
ちょうどフィムがミルカの手伝いをしにいったタイミングで、お姉様に話すことにした。
「ヴァンフレムお兄様もフィムを知ってるみたいなんだよね」
「兄様がー? うーん、そーなるとねぇ。どーなるかねぇ」
「やっぱり本人に聞いたほうがいいかな」
「おねーちゃんが聞いてあげるっ!」
「え、ちょっと待っ……」
「フィムちゃーん!」
いきなり暴走した。厨房に走って、野菜でお手玉をしてるフィムに質問している。
なんかとんでもない現場を見てしまった気がするけど、ミルカに一任してるからノーコメント。
「フィムちゃんってバルバニースから来たんだよねー?」
「ギクッ! まさかフィムに興味津々なのです!?」
「この前、ここにすっごい目つきが悪い魔術師のヴァンフレムって人が来たんだよねー? なんかフィムちゃんの事を知ってるみたい?」
「アリエッタが密告しやがったのですか!」
「ゲッ! いやだってあれはお兄様には言わない約束だったし……」
頬を膨らませて睨まれた。悪い事をしたけどいい加減、ここはハッキリさせるべきだ。
子どもとはいえ、素性がわからない人物を雇うのは宿としてはいかがなものか。
「フィムがいい子なのはわかるけどね。こっちに言えない事情や悩みがあるなら聞くよ?」
「うー……それは深い事情があるのです」
何らかの魔術の影響を受けている様子はない。ウィザードキングダムの記憶操作みたいな魔術ならお手上げだけど、ここにはお姉様がいる。
そっち系なら、私よりも詳しいはずだ。お姉様は椅子に座ってから足をぱたぱたさせて黙ってるし、その線は薄い。
「お父さんとお母さんはバルバニースにいるの? 出稼ぎに来たみたいだけど、お手紙を出す気はないの? 気まずいなら私が届けてあげるよ」
「ダメなのです! それだけは断固として許されないのです!」
「許されないのかー……じゃなくてね。宿屋はお客様との信頼関係が大切なの。どこの誰かもわからない人を雇っている状態だと、示しがつかないでしょ」
「正論を盾にしやがるのです!」
「どうしても言いたくない?」
「い、言わないのです!」
「そう、じゃあしょうがないね。お兄様に直接、聞いてくる」
有無を言わさず、お兄様が住んでる隊舎へ転移した。ところが遠征中みたいで、居場所を聞けばなんと海上だとか。
妹だと自己紹介をしたら、大体の場所を教えてくれた。
* * *
「というわけで、お兄様。フィム……あの獣人の子を知ってるの?」
「アリエッタ! 今は任務中だッ!」
武装船の上で警戒中のメギド隊の真っただ中に転移したものだから、すごい攻撃されかけた。
お兄様も今回ばかりは本気で怒ってる。と、思う。
「ごめん。でも、ハッキリさせておきたくてさ」
「任務中だと言っているッ!」
「アリエッタ殿。実は我がミドガルズが誇る海上部隊、リヴァイア隊がとある少女を目撃したと報告しておりましてな」
バトラクさんが冷静に説明してくれた。海の上で少女だなんて、なんかホラーチック。
「特級に指定されているネームドモンスター、帝王イカをその少女が討伐したようなのです。あの悪魔はリヴァイア隊すらも手を焼いていたほどでしてな。そんなものを討伐した少女とくれば、我ら本隊が動く他はありません」
「そうだったんですか。大変な時にすみません。でもそれ多分、私です」
「つきましてはヴァンフレム隊長。無事、解決したようなのでお話を聞いてあげてもよろしいのでは?」
「馬鹿なッ!」
お兄様が膝から崩れ落ちるほどショックを受けている。軍を動かすにもお金がかかるし、悪い事をしちゃったかな。
ようやく落ち着いたところで、お兄様が話す気になってくれた。
「アリエッタ! あれがどこの誰か、わかってなかったのか!」
「うん」
それからお兄様が語り出した事実に、さすがの私も膝から崩れ落ちる。
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