第27話 次女システィア 後編

「あ、あぁ……しんどいよぉ……」


 冒険者達が寝静まった後、システィアお姉様がテーブルに突っ伏す。さっきまでとは打って変わった雰囲気だ。

 ぱっちりした目はやや据わり気味で、表情も暗い。


「はい、システィア様。ミルクです」

「はぁ……あ、ありがと……」

「お姉様、あまり無理しないほうがいいよ」

「で、で、でも……」


 お姉様はうつむいたまま顔を上げない。魔導具店にいた人達が今のお姉様を見たらどう思うかな。

 カップを両手で持ってモジモジしながら、なかなか口を開かない。


「わ、私の、魔術式って、その。暗くて怖くて……嫌な人、多いし……」

「だからって無理してキャラ作りしても辛いだけじゃないの?」

「この前ね、パパが皆を集めてね……。アリエッタが宿を始めたって話して……それでね。私……嬉しくて……」

「それって絶対、私が呼ばれなかったやつだよね」


 衝撃の事実をさらっと聞かされてしまった。あのお父様が私の為に家族会議を開いたなんて。

 そこまで深刻に考えてくれるのはいいけど、話の内容が気になってしょうがない。

 特にあのヴァンフレムお兄様はどう思ったのかな。実は少し苦手であまり話をした事がないから尚更、気になる。


「さっきも、アリエッタの為に……。何かプレゼントしなきゃって……思って、お店にいった」

「私にプレゼント!?」

「でも、ガッカリされたらとか……思って、考えるのをやめた……」

「やめないで」


 こんな調子だから、お姉様は自分や魔術式に自信が持てなかった。

 塞ぎこんでいたお姉様にかける言葉が見つからなかったけどある日、あのキャラ作りが始まったんだ。

 鑑の前で笑顔の練習をしたり、魔術を磨くようになった。その甲斐があって今は国家公認鑑定士だ。

 お姉様のおかげで王家に怪しいものは持ち込まれないし、呪物を使った暗殺計画も未遂に終わってる。

 内向的なお姉様にとって、人前に出て活躍するなんて苦痛でしかないと思う。それなのになんで急にという疑問が拭えなかった。


「アリエッタはすごいよね……この宿屋も魔術も……。私なんかがプレゼントって……」

「お姉様からはすでに貰ってるからね」

「……え?」

「苦手な事を克服して壁を破ってる。今も苦しんでるかもしれないけど、めげずに頑張ってる。誰にでも出来る事じゃないよ」

「ア、アリエッタ……」


 涙目になったお姉様が照れ隠しに俯く。

 私も十年間、苦もなく黙々と転移魔術の研究に打ち込めたわけじゃない。それはミルカのおかげでもあるけど、システィアお姉様がいたからでもある。

 めげそうになった時はお姉様を思い出した事もあった。どちらかというと魔物や死霊側の力に位置する闇呪術じゃ確かにイメージアップは難しい。

 スタート地点が人から大きく外れている分、私よりも不利だ。


「逆境でも魔術式を磨き上げた。そして自分自身も変えた。そんな強いお姉様を見るたびに、私も壁を乗り越えられたもの」

「私が、アエリエッタにそんな……」

「ねぇ、お姉様。教えて、何がきっかけだったの?」

「それは……」


 お姉様が私から顔を逸らす。言いたくない事を言わせちゃう感じかな。


「……アリエッタのおかげだよ」

「わ、私が?」

「私、魔術式も自分も嫌いで……。でも、妹のアリエッタが、が、頑張ってるのを見たら……。しっかりしないとねって……」

「そう、なんだ……」


 自分がお姉様の活力になっているなんて夢にも思ってなかった。なんだか恥ずかしくて言葉に詰まる。


「ね……アリエッタ。あの、時々だけど、その。泊まりに来てもいい……?」

「うん。いつでも歓迎するよ」

「よかった……。お仕事は疲れるし、嫌な人もいるから……。ここはすごい安らぐの……」

「ありがと。そういう人に一人でも多く泊まってもらいたいよ」


 お姉様が照れて帽子で顔を隠す。かぶり直して部屋に向かおうとしてから、振り向いた。


「頼りないお姉ちゃんだけど……いつでも、力になるから」


 そう言い残して、トコトコと歩いて部屋へと戻った。誰もいないガランとした食堂で、私は天上を仰ぐ。


「もう十分もらってるんだけどなぁ。ミルカといいシスティアお姉様といい、私は幸せだ」


 妹がいるから姉として、というのは私にはない責任感だ。そんなお姉様を本当に救ったのは私じゃない。お父様とお母様だった。

 闇呪術を悪しきものとしないで、きちんと向き合ってくれた結果だ。私にそうしたように、両親はいつだって私達の事を考えてくれている。それもわからずに駄々をこねたのが子どもの私だ。


「いつか家族全員をここに招待したい。来て……くれるかな」


 あの人に加えて、来てほしい人達がいる。目標があるからこそ、今よりもより良い宿屋にしようと思える。

 その為のアイディアをぼんやりと考えたけど、さすがに眠くなってくる。ベッドに転移して眠りに落ちるまで、ずっと考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る