第26話 次女システィア 前編

 宿に戻ってみると、一組のお客様が来ていた。入口の前で待たせて少し申し訳ない気分になる。

 システィアお姉様に宿内を見せようと思ったけど当然、お客様が優先だ。


「いいよー! ていうか、私も泊まっちゃう!」

「どうぞ、泊まっちゃって下さい! ようこそ、冒険者の宿へ!」


 お客様となれば話は別だ。まさにルンルン気分みたいな感じで宿に入る。

 驚いたのはお客様のほうだ。国内で闇呪術のシスティアの名を知らない人はほぼいない。

 お姉様は国内のオカルト関係のトラブルをことごとく解決してみせた。中でも王族の一人にかけられた呪いを解呪したどころか、犯人を特定して跳ね返した事件は王都内でも語り草らしい。


「あ、あなたが、あのシスティア?」

「証拠みたい?」

「いいですいいです!」


 お姉様がどこからか、生々しいドクロを取り出したところで冒険者の勘ぐりは終了だ。見たくないって言ってるのに。

 取り出したのはいいけど、テーブルに放置しないでほしい。景観に関わる。


「あの、大浴場があるんですよね?」

「はい。そちらの奥になります。ご案内しましょうか?」

「お願いします」

「私も入ろっかなー!」


 冒険者達が明らかにお姉様を避けている。ついてきたお姉様をチラチラと見て、気まずそうだった。

 無理もない。お姉様は闇呪術という字面や響きのせいで、負のイメージが強い。加えて誰かを呪い殺しただの悪霊を引き連れているみたいな噂があるからだ。

 昔のお姉様を知ってるからこそ、そんな誤解を解きたい気持ちはある。


「私もご一緒してよろしいですか?」


 本来はあまりこんな事はしないんだけど、今回はお姉様の本意も知りたかった。嫌がられているのにどうして。


                * * *


 冒険者パーティの女性冒険者が、お姉様から距離を置いて湯に浸かっている。早く出ていってくれとでも言いたそうな顔だ。

 せっかくの宿なのに嫌な思いをさせるわけにはいかない。私は行動に移した。


「お湯加減はどうですか?」

「え? うん、とっても気持ちいいよ。トロッとしてるし、本当に温泉なんだね」

「この温泉は肌にいいんですよ。あ、お客様……綺麗な肌をされてますね」

「え? まぁ冒険者をやってるとすぐお肌が荒れちゃうから。手入れは気を使ってるよ」

「そうなんですか。私はそういったものに疎いので羨ましいです」


「んー! フィルブルの香水だね!」


 すいーっと泳いできてお姉様が割って入ってきた。ぎょっとした女性冒険者は逃げの姿勢だ。


「肌もいいけど香りにも気を使ってるよね! さっきいい匂いがしたもん!」

「わ、わかるんですか?」

「大体ねー! 仕事でいろんなもの扱ってるから大体はわかるよっ! フィルブルもいいけど、おねーさんにはパエンもいいかな?」

「そうかな……?」


 女性冒険者の表情が和らいだ気がする。香水の話で盛り上がり、肌の手入れ方法にまで話題が及ぶ。


「肌は食生活も深く関わっていて、冒険者をやってるとこれが難しいんですよね」

「傷も絶えないもんねぇ……」

「だから私はですね……」


 ありとあらゆる女性の冒険者事情を知る。女性ならではの苦労や危険な目にあった話。私が考えもしなかった事ばかりだ。そりゃ風呂も男女共同で入らせようとする。

 お姉様ばかりに任せるのもいけないから、私も頑張ろう。


「上がったらお背中、流しましょうか?」

「は、はい」

「じゃあ、私はアリエッタの背中を流すね?」

「それなら私はシスティアさんの背中を!」

「三つ巴は厳しい」


 厳しいけどお姉様の希望で実行した。無理があるけど、やれない事もない。

 体を洗い終わった後は湯に浸かり、トークに花が咲いた。もうお姉様への偏見はないように思える。


「その男、十股もしていたんですよ! 私には一生かけて愛するとか言ってたくせに! ひどくないですか!?」

「ひどいねぇ! そういう男こそ呪っちゃいたいよねぇ!」

「アハハ……システィアさんなら出来ちゃいますよね」

「死にたくなるけど死ねない呪いかけちゃうかなー」


 闇呪術の恐ろしさも交えて、本当に盛り上がってる。ところで十股ってなにかな。後で調べてみよう。


                * * *


 風呂から上がって食堂に行くと、女性冒険者の仲間が振り向く。先に風呂から上がったみたいだ。

 お姉様と楽しそうに話しながら出てくるものだから、そんなリアクションになるのもしょうがない。


「お前、大丈夫なのか?」

「何が?」

「いや、その人さ……」

「噂と違っていい人だよ」

「ねー!」


 ねーって自分で言わないでほしい。少しでも打ち解けてほしいからここは一つ、料理を出そうかな。

 厨房に行ってミルカと相談して、つまんで食べられるものを提供する事にした。

 薄くスライスしたポテトを揚げたものとドリンクだ。カリッとした食感と塩味が絶妙で、クセになる。


「これうまいな!」

「クセになりそう!」


 皆でつまんで貰えて嬉しい。ついでにクセになってくれたら立派な人気メニューだ。

 料理については世界各国のものを調べ上げてるから、素材さえあれば作れる。


「塩はねー、霊が苦手なんだよ」

「どこかの国だと、塩を置いて結界を張るらしいけど本当かい?」

「本当だよ。盛り塩っていうんだけど、これ実は低級の霊にしか効かないから注意ねー」

「へぇ! でも多少は効果あるんだな!」

「あと悪魔系とかそっちは無理だね!」


 訝しがっていた男性冒険者の方々だけど、次第にお姉様と打ち解けていく。

 話してみればお姉様がだいぶ世間のイメージと違う事に気づいてくれると思う。

 ここは単なる宿屋じゃなくて、こうして人と人を繋げる場所であってほしい。


「このドクロがねぇ」

「うわっ!」

「ビックリさせちゃった?」

「俺達も死体はある程度、見慣れているがさすがにドクロをいきなり出されちゃな」

「ごめーん」


 そういう意味では今、役割を果たしているはず。とりあえずドクロは締まってほしい。

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