第25話 掃除用魔導具を買おう

 人員募集依頼を冒険者ギルドに登録した。ここは仕事の斡旋所としても機能しているから助かる。

 問題は待ち合わせ先だ。ルシフォル家の屋敷は王都から外れた場所にあって、一人で来てもらうには不便だった。

 キゼルス渓谷までご足労いただくわけにもいかない。普通に死ぬ。

 というわけで冒険者ギルドが用意した伝言投書だ。宛先と用件を書けばギルドが預かってくれる。後は定期的に私が確認すればいい。


「他の宿も求人募集してましたね。なかなかの好待遇です」

「普通は大手に行っちゃうよね。なんて腐ってもしょうがないから地道にやるしかない。それはそれとして……」


 目的は生活魔導具の購入だ。掃除用の魔導具が必須とわかったから、今日は魔導具店に来ている。当然、宿は無人だ。


「宿のほう大丈夫でしょうか」

「宿の入口には『外出中につき、少々お待ち下さい』の張り紙をしておいたよ。外でも転移層内だから魔物が襲ってきても安心なはず」

「こういう時のために人員が必要ですね……」


 いい人が来てくれることを願いたい。

 それはさておき、割と大きな店内には大小用途様々な魔導具が陳列されていた。当然だけどお客さんには富裕層らしき人達が目立つ。


「お屋敷で使っていたのはこの種類ですね」

「たっかぁい!」

「こちらも重量が軽くて扱いやすそうです。ただし掃除範囲は少しだけ狭くなります」

「こっちもたかぁい……」


 お父様から貰ったお金はまだ少しだけある。だけどこの先、何があるかわからないから無駄に使いたくない。その上で慎重にならざるを得なかった。


「んー、予算内だとこれが手頃かな? 私の身長でも持ちやすい」

「いいと思いますよ。軽くて持ち運びしやすいです」

「持ち運びは転移が……いや、人を雇うならそこも重要か。って、なんか向こうが騒がしいね」


「てめぇ! 俺が苦労して作り上げたもんにケチつける気か!」


 揉め事が起こってる。人だかりの中から様子を伺うと、大柄なおじさんが一人の少女に怒鳴りつけていた。

 というか、あれは私のお姉様だ。


「この魔導具ねぇ、呪われてるよ? 何かよくないものを部品に使ったんじゃないの?」

「ふざけるなよ、このガキ! 俺はこれでも王都で名の知れた職人だ! そんなヘマするかぁ!」


 黒い三角帽子に全身黒ずくめのローブ、いかにも魔女といった風貌だ。

 ピンクの三つ編みにクリっとした丸い目。私よりも幼くみられがちだけど、二つ上の姉だと知ると驚く人が多い。


「知らないうちに道具が変な位置にあったり、散らかってたりしてない? 夜中に変な物音がしない?」

「す、するわけねぇだろ!」

「ふーん……。その程度なら気にしない人も多いけど、売り物としてはどうなんだろうねぇ」

「マジでいい加減にしろよ。俺の商売を潰す気か?」


「いや、あんたの商品は受け取れないな」


 駆けつけた店主が冷静に断る。ぎょっとしたおじさんだけど、今にも怒り出しそうだ。


「システィアさんは呪物専門の鑑定士なんだよ。それも超一流のね」

「他にも解呪なんかもやってるから気軽に連絡してねぇ! 今はオフだけどね!」

「シ、システィアって……。闇呪術の?」

「うんー」


 青ざめたおじさんが後ずさりして絶句した。どうやら完全に諦めたみたいだ。

 そうさせるほど、システィアお姉様という存在は恐れられている。鑑定士なんて言ってるけど闇呪術は幅広い。

 闇、呪い、霊といった暗いもの全般を取り扱うし、操るのも然りだ。

 そんなシスティアお姉様が、うなだれたおじさんにひょこっと近づく。


「今日は特別に解呪してあげるけど、どうするー?」

「いいのか?」

「普段はこの呪いだと、十万くらいもらうんだけど今日は特別に無料でいいよ」

「たけぇ!」

「たっかぁい!」


 思わずおじさんと一緒に声を出してしまった。こっちに気づいたシスティアお姉様が目を輝かせる。

 私よりも低い身長で思いっきり飛びついてきた。


「うわぁ! アリエッタァ! 来てたんだぁ!」

「お姉様は大好きだけど今は抱き着いてる場合じゃない」

「そうだったねー!」


 システィアお姉様が私から離れて、おじさんが持ってきた魔導具に触れる。実は私もお姉様の仕事を見るのは初めてだ。

 どんな魔術式をもってして、解呪するのか。私を含めて、この場にいる人達はラッキーだと思う。


「ハァッ!」


 などと叫んだ瞬間、魔導具から黒い何かが爆散した。誰もが目を疑ったけど、お姉様が一仕事終えたみたいな顔をしてるからこれで終わりだと思う。

 おじさんもリアクションに困ってる。


「終わったよー」

「……今ので?」

「曰く付きのものだった金属を加工した部品を使ってたみたいだねー。これで変なことは起こらないはず!」

「そうなのか……」


 あまりに一瞬すぎて疑いたくなるのも無理はない。だけどおじさんがどこか安堵しているようにも見えた。

 お姉様が指摘した変な事も本当は起こってたんだろうな。


「システィアさんに解呪してもらったし、納品を受けつけるよ」

「本当か?」

「あぁ、モノはいいからな」

「すまねぇ……」


 二人のやり取りに周囲が拍手を送る。お姉様も手を叩いて称えていた。

 涙ぐんだおじさんがお姉様に頭を下げて礼を言ってる。


「ありがてぇ! 本当は不安だったんだよ……。夜中に物音で起こされるわ、工具が飛んでくるし……」

「いいってことよー! でも名が知れた職人なら尚更、危ないとわかってるものを納品しちゃダメだからね?」

「実はそんなに名も知れてないんだ……」


 いろいろと暴露し始めたおじさんを慰めるお姉様。見た目と刻まれた魔術式に対して、人格や雰囲気は正反対だ。

 もっとも、それも本人の努力によるところがあるから私は尊敬してる。

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