第24話 清掃は思ったより大変

 冒険者達が宿を出ていった後、大量の後片付けが待っていた。

 食器洗いに宿内の清掃、シーツの洗濯。まずは食器を厨房に転移させてミルカにお任せした。


「多いけど大丈夫?」

「この程度の量なら十分程度で終わります」

「そ、そう」


 かなりの人数分なのに、とてつもない時間で終わらせる気だ。何の魔術式か教えてほしい。


「私は部屋の清掃とシーツの洗濯をするよ」

「終わったら駆けつけますね」


 当初の想定よりも忙しい。特に清掃は転移だけじゃ片付かないから、こればかりは正攻法でやるしかなかった。

 これがまたすごい疲れる。ずっと転移で移動していたから、私自身の体力がもたない。とはいえ、いい機会だから運動不足はここで解消しよう。


「それにしても汚いなぁ!」


 お客さんに文句を言うわけにはいかないし、これも仕事だ。だけど床に何かこぼしたら拭いてほしい。

 外で戦ってた冒険者らしく、魔物の毛らしきものがちらほら落ちてる。土埃をこすった後もひどい。これが何部屋もある、と。

 好きな事でも、すべての作業が楽しいとは限らない。


「好きな事をやり通すって大変なんだなぁ……」


 洗濯ものを洗濯室の洗濯用魔導具に転移させる。水魔石と風魔石を組み込んだ魔導具のおかげで、手洗いしていた時代は終わった。

 とてつもない金額だったけど、お父様からもらった資金のおかげで買えて本当に助かる。

 どうせなら掃除を手軽に出来る魔導具も買おうかと考えたけど、やめた。

 床の埃を吸い込むだけの魔導具だけでかなり高額だ。自動で動くものは暴走事故があったらしくて製造中止になった。

 それでもここまで世の中を便利にしてくれた生活魔導具職人には頭が上がらない。


「アリエッタ様、食器洗い及び食堂の清掃が終わりました」

「なんて速度……。こっちはまだ部屋の掃除が終わってないし風呂も手付かずだよ」

「残りは私が全部やりますからアリエッタ様はどうかお休み下さい」

「こっちのセリフだよ。ミルカばかりに無理させられないって。休んで、これは命令だからね」

「……かしこまりました」


 友達感覚なんて言っておきながら、こんな時だけ特権を使うのは気が引けた。

 実際には疲れてないかもしれないし、余計なお世話かもしれない。私の自己満足の可能性だってある。

 だけど、そうじゃないかもしれない可能性が少しでもあるなら休んでほしい。


「夕方まで休んでいいからね。一時間後くらいに仕事しないでね」

「はい。アリエッタ様がそう仰るなら従います」


 すごすごと自室に帰っていくミルカを見送る。

 自信たっぷりに宣言したけど、仕事は山積みだ。いざ再開してみるとやっぱり掃除用の魔導具がほしくなってくる。

 箒で地道に床を掃いた後はモップがけだ。こんな時の為に部屋は絨毯じゃない。


「や、やっと部屋掃除が終わった……。皆、もう少し綺麗に使ってよね……」


 大浴場の清掃に移行してまた一つ重大な事実に気づく。男女、それぞれ清掃しなくちゃいけない。

 お客さんが少ない時は気にならなかったのに。まずい、気が遠くなってきた。


「転移っ!」


 ブラシで円を描くように周囲を磨く。転移して繰り返す。区画ごとに清掃していけばわかりやすい。

 二つの風呂を同じ要領で終わらせた時にはヘトヘトだった。まだ洗濯が終わったシーツを乾燥させてから、セッティングする作業が待ってる。

 宿屋内の清掃も欠かせない。


「少し休憩……」


 シーツを各部屋に転移だけさせて、食堂の椅子に座って休む。うん、清掃は人手が絶対に必要だ。

 宿屋である以上、これも疎かに出来ない。指導はさすがにミルカに頼むとして、一人いれば格段に負担が減るはず。

 などと考えながら、紙につらつらと募集要項を書き出した。こうして一息ついてから筆を置いて清掃開始だ。


「……シーツ張り替えるか」


 各部屋の枕カバーやシーツのセッティングを始めた。次のお客さんの為に丁寧に。

 そして廊下の掃除をしている時、思った以上の長さと広さで困った。これは魔導具購入しかない。


                * * *


 昼過ぎにはすべての掃除が終わった。思ったけどこのタイミングでお客さんが来たら困る。

 水をがぶ飲みした後、ミルカの様子が気になった。ちゃんと休んでるかな。

 ミルカの部屋の前までいって、ドアに耳を当てる。何も聴こえない。


「ミルカ……まさか!?」


 私の言いつけを無視して抜け出すような子じゃ、いや休みを与えても半日で帰ってきてた。

 つまり今回もこっそり仕事をしている可能性がある。思わずドアを開けてしまった。


「ミル……カ?」


 着替えないまま、ベッドに横たわって寝息を立てている。読みかけていた本が片手から落ちていた。

 見た感じ、寝ようと思ったんじゃない。寝てしまったんだ。


「やっぱり無理してたか……」


 変な姿勢だったから、布団をかけてきちんと正してあげた。起こさないように静かに離れようとすると、手を掴まれる。


「アリエッタ様ぁ……」

「起きてる?」

「ここで寝たら風邪ひきますよぉ……」

「寝てた」


 私が研究棟の至る所で寝ていた時にもこうして心配してくれたっけ。

 思い出したらなんだか私も眠くなってきた。少しだけここで眠ろう。ミルカの隣で私も横になった。

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