第88話 宿ランキング

「宿ソムリエとして、この宿を評価しよう」

「まだそのつもりだったんですか」


 王様がもったいつけて、朝の食堂を歩き回る。今更だけど、他にお客様がいなくてよかった。何せ王様のお忍びの現場だもの。


「及第点だな」

「それはどうもです」

「不満か?」

「いえ、嬉しいです」

「王族をもてなす宿としては足りんところはあるが、冒険者の宿としてはこんなものだろう」

「王族って言いましたね? 認めましたね?」


 昨日は三回くらい大浴場に向かっていったし、朝食も完食してる。こんなに満喫してもらえたなら確かに及第点だと思う。

 翡翠亭みたいな高級宿とは方向性は違うけど、あっちは接客サービスまで完璧だった。きちんと教育が行き届いているし、あれはもう技術の一つだと思う。


「評価としてはCといったところだな」

「何基準ですか?」

「Aが王族も唸る宿、Bが平民が仰天する宿、Cがそこそこといったところだ。というか知らんのか? 宿ソムリエの間でひそかにランク付けが行われている」

「まず宿ソムリエが即興の設定じゃなかった事に驚きです」

「ワールド宿ランキング100位圏内を目指していなかったとはな……」


 ワールド宿ランキング。宿通達がそれぞれの宿を評価して、ランキングを決めているらしい。

 専用の雑誌もあるみたいだけど、マニアックすぎてなかなか売ってないとか。そんな状態で何の権威があるのかまったくわからない。


「宿ソムリエ達の評価が高ければ、あっという間に噂は広まる。ただし、宿ソムリエは見た目ではまったく判別できん。だから狙ってもてなすのはまず不可能といっていい」

「まさか王様がそんな俗な情報を知っているとは……」

「この宿は余裕の圏外だ。ま、新しい宿だから仕方ないがな」

「気を引き締めます」

「フフフ……。気をつけるのだぞ。宿ソムリエに嫌われてしまえば……フフ……。宮廷魔術師の道も考えなければいかんな」

「すごく気を引き締めます」


 そんなスパイみたいな人達がいたんだ。もしかしたらすでに来ているかもしれない。

 でもここでふと気になった。もしかしたらその雑誌に、あの人の宿が掲載されているかも。


「王様、その宿ソムリエの雑誌は王都に売ってますか?」

「あぁ、売ってるぞ。ワシもよく購読している。場所はな……」


 王様にしては知りすぎている。しっかり教えてもらったし、後で買いに行こう。

 シェイルさんが帰り支度を済ませてやってきた。昨日の様子とは裏腹に、今は落ち着いている。


「ではレグリーじじい様。お時間です」

「今になってそなたは……」

「ルーデリカ様も」


「先輩! わたくし、また来ますわ!」


 ルーデリカちゃんがフィムに挨拶をしている。いつの間にか上下関係が出来てた。

 かつてない偉そうな態度でフィムがルーデリカの頭を撫でている。


「次はもっと過酷なのです! 何せあのバルバニースで宿をやるのです!」

「バルバニース……?」


 王様もシェイルさんも突然の事で訝しがっている。何かまずい事でもあったかな。王様は食い下がってきそうだけど。


「今、バルバニースといったか? 引っ越すのか?」

「実は……」


 王様達に説明すると意外な反応をされた。てっきり引き留められまくるかと思ったけど、すごい神妙な顔つきになる。同時にフィムを見下ろしていた。


「なるほど。気づかなかったが、そこにいるのはフィルムルスだな。あの国とは久しく交流していなかったから、忘れておった」

「お姫様をかくまっているような形なので一度、けじめをつけたいと思います」

「本来であれば大問題なのだがな。そなたならば任せられる。いやしかし、相手はあの獣王……。そうだ、私から手紙を書こう」

「手紙?」

「国王の後ろ盾があれば、何かと心強いだろう」

「あ、ありがとうございます!」


 ここにきて王様としての真価を発揮するとは。さっそく手紙を書いてくれたところで、ちょっと緊張してきた。

 獣人相手の商売となると勝手が違う。料理だって気を使わなきゃいけない。あのゴロウさん達が来てくれて、いい予行演習になったと思う。

 そして調べてわかったけど、あの国には未踏破地帯がある。そのおかげで人間の冒険者達も頻繁に訪れるらしく、そうなると宿の需要も高い。

 他の宿はどうかわからないけど、転移できる宿なんて他にないはず。強みを活かさない手はない。


「ほれ、手紙だ」

「助かります」

「ではそろそろ帰るとしよう。おっと、そうだ。くれぐれも獣王を怒らせんようにな。今のそなたの態度ではやや心配だ」

「え……」

「それで以前、ヴァンフレムと決闘になったからな」

「何が原因で決闘になったんですか?」

「さぁ……何だったか」


 バルバニースでは商売にしても何にしても、獣王の許可を貰わないといけない。場合によっては認めてもらうのにすごく苦労するとか。

 不安はあるけど、これは転機だ。バルバニースでの商売が許されたなら、この宿の評判も大きく上がる。

 宿ランキングでも何でも載って知名度が上がれば、あの人に知ってもらえるんだから。

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